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《216》禁忌

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「彼を油断させるためには必要だと·····殿下は、俺たちが止めるよりも先に、ご自分で片眼を」


ノワはその場にしゃがみこみたくなってしまった。
赤い眼が目の前で押し潰される瞬間が、脳裏に焼き付いて離れない。

もう血は流して欲しくなかったのに。
彼を想うと、本当に心配ばかりさせられる。
イアード本人には、不安や恐怖といった感情が欠落しているのかもしれない。

必要ならば火の中にでも飛び込んでいきそうだ。
ノワはそれが怖くてたまらなかった。


「そうだ·····外の様子はどうですか?!貴族や、平民たちは·····」


ルイセは、全ての家紋が神殿の配下についたと言っていた。
初めこそ出鱈目だと信じて疑わなかったが、ノワは数日が経つうちに、彼が言っていたことが本当の事だと思い知った。

レイゲルは軽く首を振った。


「全国民が催眠にかかってる」


「催眠?」


「解毒剤がないんだ」


レイゲルは、聖水に暗示薬が混ぜられていたことを説明してくれた。


「聖剣で教皇を殺す」


古代書に記された『禁忌』。
どんな願いも叶うのと同時に、この世で最も罪とされる行いだ。


「そんな·····」


突き当たりを曲がった二人は立ち止まった。


「なんだ、これ·····」


ノワは思わずつぶやく。
太い茨が数本、床を突き破り、天井へ伸びている。行き先はすっかり塞がれていた。

(デリックの仕業だ)


聖女は、自然と生き物のマナに語りかける力を持つ。特に意思を持たない植物は、思い通りに操ることが出来るのだ。

しかし、大規模なマナの操作には相当な力がいる。例えば自分がキースを救った時は、聖力の大量消費のせいで意識を失った。


(デリックが暴走したら、イアードが危険だ)


「はっ!」


レイゲルが剣を振り上げる。
彼の力を持ってしても、茨には傷一つ付けられなかった。


「ああ、クソ!」


普段は柔和な声が怒号をあげる。
切り倒すなどとても無理そうだ。


(どうしよう·····)


ノワは辺りを見渡す。
振り返ったレイゲルが、ふとこちらの手元に視線を止めた。


「聖剣·····」

「?」


ノワは握っていた短剣を見下ろす。


「それだ!」

「これ?」

「ノワ」


レイゲルがノワを手招きする。彼は茨と短剣を交互に指さした。


どんな障害も切り裂く剣。

しかし、剣が従うのは持ち主に限る。
そもそも皇帝候補でない自分が聖剣を握れていることさえ不思議だ。レイゲルに不安げな視線を向けると、彼は「早く」と促した。


重心がぶれないよう聖剣を構える。

はなから諦めたらだめだ。自分に言い聞かせ、思い切って茨に剣を突き立てた。









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