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〖第二十五話〗
しおりを挟む出来ることなら、この事実は隠しておきたい。今日を最後にこんな時間がなくなってしまうのはとても辛いが、それは彼を欺く事になるだろう。
「その、」
口を開きかけたネロの言葉は、しかし次のステファンの行動にさえぎられた。
「え──·····っ?」
首元を撫で上げられたネロは、ちくりと走った痛みに小さく叫び声をあげる。
「これは·····」
言葉を止めたステファンに、ネロは血の気が引くようだった。
彼が見つけたのは、首輪の跡だ。
まさか自分が相手をしていた人間が卑しい奴隷だったなんて、彼は予想もしなかっただろう。
ステファンの顔を見るのが怖くて、ネロは俯いてしまった。
再び伸びてきた長い指に、体を強ばらせる。
烏滸がましいと知りながら、そばを離れなかった。
きっと罰が与えられるだろう。
果たしてステファンの行動は、ネロの予想を遥かに上回るものだった。
「可哀想に···」
「·····?」
ネロは恐る恐る顔を上げる。
研ぎ澄まされたブラックブルーの瞳は、こちらが切なくなるほど美しい輝きを秘めていた。
ネロは戸惑った。彼の眼差しが、あまりに優しかったからだ。
「診せてごらん」
弱く首を振るも、彼は軽々とネロを持ち上げ、膝の上へのせた。
「ス···ステファン様····!」
「じっとして」
ステファンが、落ちたら危ないと警告する。
「ひっ·····」
首元を撫でた指先が、髪を撫で付けた。
「痕にはならなさそうです」
良かった、と息をついたステファンを見つめる。
彼は、自分の膝に乗っているのが奴隷だということに気づいている筈だ。
なぜ普通に言葉を交わし、身体に触れ、傷を心配するような素振りをするのだろう。
「ステファン様、もう·····」
ネロは申し訳なさでいっぱいになった。
「僕のような身分の者に、こんな···」
いつか見たスラム街の奴隷を思い出す。
奴隷は卑しい身分で穢れた人種らしい。彼らは家畜よりも酷い扱いを受けていた。
それが今の自分だ。
「下ろしてください、ステファン様が、汚れてしまいます···」
ネロの語尾が、しりすぼみに消える。
ステファンが、首元へ顔をうずめた。
「ひぁっ、…?」
熱く濡れたものが首筋に触れ、傷口を拭うようにそっと離れてゆく。
「え····──ぁ·····っ」
事態を理解するより早くもう一度同じ動作を繰り返され、慌てて両手で口元を押さえつけた。
柔らかく濡れた触感は、彼の舌だった。
「なんで·····」
「汚くなんかありません」
濡れたリップ音が響いた。
ネロは混乱する。
甘い刺激が首筋を駆け、足の先から抜け落ちてゆくようだ。
「あっ···ゃ、ステファンさま、駄目···──ひぅっ?」
震える手で胸元を押すも、逞しい身体はビクともしない。
さらに引き寄せられ、耳元へそっと甘い声が囁かれた。
「こんなにも愛らしい」
「へ───?·····っ」
とろけそうなほど優しい声だった。
"愛"という単語は、今まで、あまりにも自分とは無縁すぎた。
「あっ」
驚いているうちに再び彼の顔が首元へうずめられる。官能的なスキンシップが再開された。
「ひ、っ·····だめ、」
ステファンがそれをやめる気配はなかった。
なんで、どうしてと、ネロは混乱する。
身体はしっとりと汗ばみ、甘い痛みに震え出した。
温かい唇が、吸い付くように首筋を愛撫する。
ネロはステファンの服を握りしめた。
「ぁ·····っ」
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