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〖第三十一話〗
しおりを挟む語りかけるステファンに、ベッドから身体を起こした彼女は儚く微笑んだ。
きっと、と呟いたのは、妹のフィーネ。
この夢を見るのも、もう何度目だろうか。数年前の記憶の中で、彼女はただ哀しく微笑んでいる。
「あのね、今日は····」
青白い頬が薄く染れば、フィーネはあの男の話をした。
月日と共に彼女の顔は朧気になってゆく。
人間というものは薄情だ。忘れたくないものも、忘れてはいけない事柄も、時間と共に記憶の中から褪せてゆくのだから。
だからもう、一刻の猶予もないのだ。
「ステファン様…?」
ステファンは、ふと向かいの少年に視線をやる。
鎖の痕は殆ど消えているものの、首筋には新たな赤斑が刻まれていた。
貧相な腕には、分厚い本を抱えている。
「読みたい本は見つかりましたか?」
微笑んだステファンを見上げ、隣に腰かけたネロはキョトンと首を傾げた。
ネロとステファンが出会って、早4日。
鎖から解放してもらえる時間は、こうして彼と話をするのが日課となりつつあった。
ステファンがネロから本を受け取る。
いつもなら輝くネロの黒目が、今日はどこか不満げだった。
「どうしたの?」
長い指先で頬を撫でられ、ネロは思わず目を細める。
ステファンの微笑は、見た者全てを虜にしてしまうほど美しい。
しかし、一瞬垣間見えた彼の瞳に、見覚えがあった。
淋しい瞳の色は、水面に映ったいつかの自分と似ていた。
「···何かあったんですか?」
ステファンの手がピタリと止まる。
「いいえ?」
ネロはほっと息を付いた。
ステファンはいつもと変わらない様子だ。自分の見間違いだったのかもしれない。
ネロは伸ばされたステファンの腕へ、ぎこちなく触れた。
本当に一瞬──庭園で見た冷たい瞳を思い出し、心細くなった事は、言わないでおいた。
「····ところでネロ」
また、見とれてしまっていた。
ネロは慌てて返事をし、視線を逸らす。
「今度帝都でお祭りがあるんですが、良ければ一緒に行きませんか?」
「お祭り?」
先日国の催しについて記された本を読んでもらったことを思い出す。
町に住んでいた頃、貧しくて働き詰めだったネロは、祭りに行ったことがなかった。
彼はどうやら、その時の話を覚えていてくれたらしい。
ネロは大きく頷こうとし、思いとどまった。
ステファンは、何を隠そうこの国の第二皇子だ。
そんな彼が城下町の祭りへ自分と出掛けるなんて、果たして許されるのだろうか。
自分は奴隷だ。
イヴァンとも、屋敷から出てはいけないという約束をしている。
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