33 / 57
〖第三十三話〗
しおりを挟むネロの答えに、彼はそう、と頷いた。
「もし気が変わったら、いつでも声をかけて下さい」
ステファンに頷き返し、椅子から浮いた自身の脚を見下ろす。
気が変わったら──それが単に外へ出掛けたいという意味だと分かってはいる。
が、もしもイヴァンの元から逃げたいかと聞かれれば、それは否だ。
なぜなら自分は、寡黙なあの主を恋い慕っているから。
もっと彼を知りたいし、傍にいたい。そう思うのだから、自分が外へ出る時はきっと、イヴァンに捨てられた時だ。
「イヴァン様には、充分良くしてもらってるから·····これ以上何かを望むなんて出来ません」
イヴァンを思い出しながら、ネロは思わず口元を綻ばせた。
「·····。」
大好きな主人に気を取られているネロは、凍てついたステファンの眼差しに気付かない。
(──馬鹿な事を)
ネロの微笑みに、ある日の少女が重なる。
あの日から、長い月日が流れた。
イヴァンへの憎悪の気持ちは、とうに冷えきっていた。
否、怒りと悲しみ以外の感情が、あの日と共に消えた。
何をしていても、どんなに美しい風景を目にしても、何も感じなくなってしまった。
復讐をするためだけに生きていた。
それが叶った時、この虚無から開放されるのだと信じて疑わなかった。
そんなステファンにとって、現在込み上げているこの感情は、とても久しいものだった。
イヴァンを想い恥じらうように眉を下げるネロ。そんな彼を目にしたとたん、視線は目の前の少年に奪われていた。
まじまじとネロを見つめていた事に気付かされ、さっと顔を背ける。
イヴァンを憎む筈の奴隷が、恋をした少女のように彼を語っている。
本来なら、聞くに絶えない笑い話だ。
しかし可笑しいはずの事実は不愉快でしかない。
ステファンはとうとう席を立った。
「ステファン様?どこに·····」
「···急用を思い出したので、一度部屋へ戻ります」
ネロの言葉を遮り、扉へ向かうステファン。
とても気分が悪かった。これ以上ここにいては、要らぬ失言をしてしまいそうだ。
「まって」
ネロがステファンを追いかける。
足元が留守なネロがつまずくのと、ステファンが後ろを向くのは同時だった。
「!」
突進してきたネロを咄嗟に抱き止める。
ネロはぎゅっと瞼を閉じる。
前のめりに倒れ込むが、痛みや衝撃はなかった。
「·····大丈夫?」
(た、助かった·····)
ほっと息を着く。
温かな何かが、内腿の下で微かに上下していた。
5
あなたにおすすめの小説
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる