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〖第四十二話〗

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数分もすれば、ネロはベッドの上で悩ましげに体を揺らしていた。
シーツの擦れからも快楽を拾ってしまうほど、身体は敏感になっていた。

しかし精液を漏らしてはいけない。
彼との約束は、絶対に果たしたい。
告白は蔑ろにされてしまった。けれど、初めから分かっていたことだから、気にしてない。
ネロは自分に言い聞かせて、挫けそうな心を持ち堪えていた。

体に触れる空気までもが快楽へ変わる。身震いすると、余計に快楽を拾ってしまう。
時刻は昼過ぎ、あと数時間の辛抱だ。ネロは服を握りしめた。
不意に、扉を叩く音がした。


「ネロ?」


名前を呼んだ優しげな声の主はステファンだ。
彼は鍵が開いていることに気づいたらしく、そっと扉を開けた。
物音にさえ体が反応してしまう。ステファンに説明しなければと思うが、ネロは言葉が浮かばない。


「少しいいですか?」


彼が聞いてくる。
少しなら、きっと我慢できる。
ネロは僅かに頷いた。
人間離れした相手の美貌が、たちまち困ったように歪まれた。


「イヴァンの大切にしているものが無くなったんです」


「·····イヴァン様の?」


聞き返したネロに、ステファンはため息を着く。


「イヴァンが胸元に着けてるブローチ」


ブローチ。聞いた事はあるが、貧しい場所で育ったネロは実物を見たことがないので分からない。


「ご両親の形見らしく····本当に大切にしているそうなんだけど」


困ったな、と呟くステファン。ネロは寂しげなイヴァンの背中を思い出した。


「思い当たる場所があるんだけど、家具同士の隙間だから、俺の身体ではとても確認できないんだ」


固定された家具を退けてから探すとしたら、少なくとも数日はかかるだろう。
隙間。ステファンの身体で無理があると言うくらいだから、もしかしたら自分なら入ることが出来るのではないだろうか。


「あの、僕が試してみてもいいですか」

「手伝ってくれるの?」


ステファンが形の良い眉を持ち上げる。
ネロが頷くと、彼はこちらへ手のひらを差し出した。
握ることを躊躇ったのは、たった一瞬。

約束を破ってしまっても、気づかれなければ大丈夫。
気づかれてしまったとしても、イヴァンの大切なものを見つけることが出来れば、彼は自分との約束なんかよりもずっとそっちを喜ぶだろう。
足元をふらつかせながら、ネロはステファンの後に続いた。

足裏から感じる冷たい大理石に、声が漏れそうになる。
通された部屋は、閉じ込められていた部屋よりもずっと開放的な一室だった。
ベットがある為、誰かの部屋のようである。生活感がないほど整えられているところからして、貴賓室といったところだろうか。


「·····ネロ」


扉を占めると、振り返ったステファンは案ずるようにこちらを覗き込んだ。


「大丈夫ですか?とても具合が悪そうだけれど····」

「ひっ·····」


低い声が近づいてきて、ネロは思わず声を漏らした。


「顔が真っ赤だ」


伸びてきた腕から逃げるように、壁へ手を着く。
拒むような反応をしてしまった。罪悪感を覚えるが、対するステファンは嫌な顔ひとつしなかった。


「飲み物を持ってくるから、少し待っていてください」


彼は部屋の奥へ消えてゆく。


そうだ。どうしようもなく身体が熱くて、喉が渇く。
水が飲みたい。

直ぐに戻ってきたステファンが、コップを差し出してくる。ネロはそれを一気に飲み干した。
喉の渇きが癒されたのは、たった数秒間だった。


「·····っ?」


強く歪んだ視界に、ネロはバランスを崩しかけ───身体は、たくましい腕に支えられる。


「ネロ」


驚いたように、耳元で自分の名前を呼ぶ低音と、身体を引き寄せた強い衝撃が、全身二襲いかかる。


「ぁ····~~~っ♡」


ネロはそれだけで絶頂した。


「·····ネロ?」

「へ·····?♡あ、だめ·····っ」


自分でも理解が追いつかないまま、身体はガクガクと震え出す。
身体中に熱が滞り、逃げ場なく暴れ回っているようだ。

感じたことの無い興奮とぼやける視界に、ネロは怯えながら首を降った。
早く元の部屋へ戻らなければ。



「困ったな·····」
 

聞こえてきたのは、ぼそりと呟くようなステファンの声だった。
心配してくれている彼から快楽を拾って達するなんて、最低だ。

困るだけでは済まないだろう。ごめんなさいと謝りかけたネロの言葉は、しかし続いたステファンの声に遮られた。


「·····ネロがこんなにも薬の効きやすい体質だったなんて、誤算だったよ」


「·····え?」


とうとう意識さえ朦朧とし始める。しゃがみ込んだネロは、ステファンに抱き上げられた。

どこに行くのだろう。
漠然とした恐怖に彼を見上げると、こちらを見下ろした美しい男は、静かに微笑んでみせた。
安心してと紡いだ声が、鼓膜さえも犯すようだ。


「気持ちいいことをするだけですから」


深く沈んだベッドに身を委ね、ネロは熱い身体に怯えた。
喉が焼けるように熱い。死んでしまうのではないかとステファンを見上げるが、彼の視線は変わらず冷静だった。


「それに、乱暴なんてして"跡"がついてしまっては計画が台無しだ」


麻痺した脳内で、彼の言葉の意味を理解することは不可能だった。


「こんなに濡らして·····耐え症のない」

「·····ひぁ···っ♡」


触れた人の肌の温もりに、ネロは唾液を垂らしながら口を緩める。
何も考えることが出来ない。ただただ熱くて、腹の奥は耐え難いほどに疼き出した。

「ああ·····そうだな。あまり煩くされると気づかれてしまう」


シー、と、長い指は彼の唇へあてられた。


「イヴァンに気付かれたら不味いでしょう?」


約束も破ったんだから、彼を傷つけてしまうかもね。そう囁いた声に、ネロはきゅっと口を結ぶ。


「ぁ·····っ!」


伸びてきた両腕は、躊躇なくネロの股を開いた。
上品で紳士なステファンからは想像もつかない行動だった。


「動いちゃ駄目だよ」





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