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〖第四十九話〗
しおりを挟む「───あん"っ!♡」
温めていた凶器が、腹の中を何度も殴り付ける。
粘膜が破けてしまいそうだ。
やめてと叫ぶと、首筋に深く歯を立てられる。怯えた陰茎から透明な精液が飛び散り、ネロはタガが外れたようにイキ狂った。
喘ぎ声は、叫び声から発狂に変わる。
震えていた体から力が抜けた頃、勢いよく雄が引き抜かれた。
ネロはうずくまり、嗚咽を混ぜながらすすり泣いた。
真っ赤に浮腫んだ蕾から白濁が流れ出す。吐き気がして力むと、とめどなく濁音が溢れた。
「苛立つばかりだ」
ぼやけた視界の端で、彼が髪をかき上げる。
「不良品じゃないか」
もうなんでもいい。ただ、イヴァンに会いたい。それだけだった。
心も体もぐちゃぐちゃだった。
カシャンと、無機質な機械音が響いた。
「·····へ·····」
ベットを離れたステファンがこちらを振り返る。
彼が手にしていたのは、小型の拳銃だった。
「ああ、そうだ」
彼は少し考えるように宙を眺め、和やかに微笑んだ。
急所を避けて、何発まで打ち込むことが出来るか試してみよう、と、こちらを気遣ったことのある声が告げる。
「最後に楽しませてくれよ」
彼といるうちに、ネロは思い知った。
自分は卑しくて、愚かな存在だということを。
いたぶられ、面白おかしく傷つけられるのが当たり前の存在。
もう死んでもいいのかもしれない。そうしたら、彼の幻でも見ることが出来るかもしれない。
銃口がネロを見つめる。
ネロは目を瞑った。
(イヴァン様·····)
まぶたの裏に、いつかの彼が思い浮かぶ。
少し嬉しそうに見えたエメラルドだ。胸が締め付けられて、いてもたってもいられなくて、飛び跳ねたいような、心に閉じ込めておきたいような喜びに満たされた。
───会いたい。
ネロは、少しずつ後ずさった。
ベットから崩れ落ちる。
体を強打するが、構っている暇はなかった。
「鬼ごっこかな?」
ステファンがクスリと笑みをこぼす。
ネロは次の瞬間、彼に背を向けて逃げ出した。
窓際のテーブルによじ登る。
首には鎖が繋がれている。窓から飛び降りたら、首を吊って死ぬのがオチだ。
(どうしよう)
「命乞いでもしてみては?」
ステファンは一歩一歩とこちらへ近づいてくる。
ネロは唇を噛みしめた。
ふと、花瓶の裏に、伏せられた写真立てを見つけた。
「·····?」
こんな場合ではないのに、何故かそれがとても気になる。
ネロは額縁へ手を伸ばした。
影から、少女の微笑みが除き見えた時だった。
「───それに触れるな!!!」
怒号とともに、パァン、と、乾いた発砲音が響く。
「!!」
ずるりと足が滑る。
花瓶がひっくり返る光景を最後に、ネロは窓の外に身を投げ出していた。
苦しみを予感して、グッ、と目を閉じる。
しかし、首が締め付けられる感覚も、落下する予感もない。
ネロの片手は、窓から身を乗り出したステファンに捕まえられていた。
「·····?」
力強い片手に、いとも簡単に引きずりあげられる。
彼はネロを引き上げ、そのまま後ろに倒れ込んだ。
それきり、ステファンはピクリともしなくなる。
ネロはそっと身をよじった。そうすると、たくましい腕は、さらに強くネロを抱きしめた。
床にとびちったガラスが、キラキラと光っている。
おもむろに顔を上げたステファンは、床の水たまりに浸った紙切れを呆然と眺めた。
在りし日の妹の絵画。
しかし、それはもう、ただの紙切れだ。
腕の中の温もりを見下ろし、頬に触れる。
暖かい。涙は甘く、瞬きをする度、光の差した瞳が濡れる。
ネロは生きている。
まるで、凍った心が溶かされるように、胸の中で熱がほどけて溢れる。
ステファンはネロを抱き上げ、ベットへ向かう。
床に沈んだ思い出を拾う必要は無くなった。
翌日は、一睡もできずに朝を迎えた。
微かに聞こえるのは、穏やかな寝息。全身を包み込んだ体温は、丸々一夜離れなかった。
分厚いカーテンの隙間から差し込んだ朝日が、目の前の男の高い鼻の柱を照らしている。
肌に弾いた残りの光は、セクシーな唇と頬へ微かに降り注いでいた。
あまりにも綺麗な顔立ちが、屋敷で見た「デンキ」の神獣を彷彿とさせる。
ネロは、ぎゅ、とまぶたを閉じた。
昨夜の、惨い狂気が脳裏を占領する。
怖くて体が震える。
それから、うって変わった彼の態度は、まるで別人のようだった。
ベットに連れ戻されたネロは、執拗く身体中を愛撫された。
傷口は全て舐め取られ、彼自らの手で治療を施されたのだ。
歪な状況でしか無かった。
彼を起こさないようにと、できるだけ浅く呼吸を吸っては、吐く。
これから、自分はどうなるのだろう。
昨日は運良く殺されなかったが、きっと次はない。
今のうちに逃げてしまいたい。
「ん………」
「!」
ネロは恐る恐る相手を見上げる。
スカイブルーがぼんやりと開かれる。
やがて少しずつ色を増した瞳孔が、こちらを捉えた。
締まらない表情は、初めて見るものだった。
いつも大人っぽくて、頼りになって──そして意地悪なステファンが、こんなに毒気のない顔をするなんて。
ネロはあっけにとられた。
「ネロ…───おはよう」
セクシーな唇が微かに動く。
「…ぇ、」
朝の挨拶も初めてだ。
朝ところじゃない。彼からの挨拶なんて、ここに来てからは1回もなかった。
虐げられ、命令される。それが当たり前だった。
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