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〖第五十話〗

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ネロは口ごもった。
黙ったままのネロをしばらく眺め、彼は無言でベッドから上半身を起こすと、そのままこちらへ覆いかぶさってきた。

羽毛がはだける。
裸体の銅像みたいにたくましい体が顕になって、ネロは思わず小さく叫んだ。

何をされるのだろう。怯えていると、真上に来た顔立ちが近づいてくる。
頬に温もりが当たった。


「????」


頬にキスをされた。
長い指が顎へ添えられ、唇をなぞられる。
じ、と、青い瞳が見つめてくる。
なんでこんなに綺麗な顔をした男がいるんだろう?いや、今はそんなことを気にしてる場合ではない。

ネロは再び目を瞑って、恐る恐る片目を開ける。
まつ毛の先で、碧眼がそっと微笑む。
初めて向けられた視線でも、それがとても甘いものだと理解することが出来た。


「かわいいね」

「へっ·····?」


ステファンの言葉に、素っ頓狂な声が漏れる。
かわいい。彼が自分に投げかけるにしては、あまりにも相応しくない言葉だ。


「キスしてくれますか」


「ひ、へ??」


近づいたステファンの高い鼻が、急かすようにネロの小鼻を擦る。 
ネロは目眩を起こしかけ、ブルブルと首を振る。 
これは命令だろうか。でなければ、従わなければまた罰を与えられる。

ネロは少し頭を持ち上げると、彼の唇に唇を押し付けた。
パッとはなすが、ステファンはそれを見逃してはくれなかった。


「恥ずかしくなっちゃいましたか?」


耳たぶ、頬、鼻先と、順番に甘噛みされる。
もう1回、と甘えるような声が囁く。

鼓膜が溶けてしまいそうだ。ネロはしどろもどろになって首を振った。


「駄目?」


裸の体を大きな手が撫でる。少しずつ上へ上がってきた指が、ネロの腹筋を撫で、乳頭をこねはじめた。

もしかしてステファンは、自分を助けた時に頭を打って気が変になったのではないだろうか。
そう思わずにはいられないほど、彼の様子は奇怪だった。


「ネロ」


股の間に片足を差し込まれる。


「あ、だめ·····」


慌てて両足を閉じようとするが、ステファンの足はどんどん股下へ近づいてきた。

ネロは追い込まれるような形で足を開かされる。
ステファンからの唇の愛撫は、だんだんと吸い付くような、執拗なものへと変わっていった。

漏れそうになる声を押し殺し、震える身体に力を入れる。


「キスしたくない?」

「ァ·····恥ずかし·····っ」


命令に答えられなかった。


ネロは彼から与えられる罰に怯えた。


「じゃあネロ·····俺からキスしていい?」


しかし返ってきたのは、怒るどころか一層甘くなった囁き声だった。
彼の唇が、許しを迄うようにネロの手の甲へ唇を宛てる。


「·····ん·····っ」


ぱくりと食べるように唇を塞がれる。
柔らかな舌に翻弄され、抗えず声が漏れた。


「は、ふ·····っ·····んぅ·····」


「····ネロ、口、もっと開いて」


こもった声は少し濡れている。
ネロはベットのシーツを握りしめ、そっと口を開いた。


「んっ·····」


しなやかな指が尻を柔く揉み始める。
不意に、扉の向こうからノックの音がした。

淫行に移りつつあったステファンの手が、ピタリと止まる。


「ステファン様、至急お知らせが·····」


助かった。
ネロは胸をなでおろした。


「いい子で待っててね」


彼はネロの額にキスを落とし、ベットから起き上がる。


かちゃ、と、金属のこすれる音がした。
足首には変わらず鎖が繋がれている。
重いし、擦れると痛い。ネロはそっとステファンを伺った。
彼はシャワーを浴び、新しいシャツに袖を通しているところだった。

今のステファンは、少し優しい。
もしかしたら、鎖からは解放してくれるかもしれない。


「す、ステファンさま、あの·····」


恐る恐る呼びかける。
鎖、と、呟いたネロは、ハッとして口を噤んだ。

ステファンはにっこり微笑み、ベットに腰掛けた。
一瞬見えたのは、どこまでも無感情な両眼だった。


「全てネロのためなんだよ」


うっとりと見つめられ、言い聞かせられる。


「痛い?」


心底心配したような表情がネロを覗き込んだ。ネロは思わず、首を横に振った。


「良かった」


ステファンが部屋を出て行く。
ネロは後ろ姿を呆然と見送り、羽毛の中へ身を隠した。

彼は誰だ?
影武者?はたまた双子の兄弟でもいるのだろうか。
いや、あんなに容姿の整った男が、世界に2人といるはずがない。

 こんなことを考えている場合ではない。
彼のいない間に、何とかして逃げ出す策を考えなければ。

視線をさまよわせたネロは、ふと机の上にペーパーカッターを見つけた。
鉄の鎖を引きちぎる術など、いくら考えても思いつかない。




しかし木なら、話は別だ。
鎖を引っ張り、何とかしてカッターを手にする。

柱の方を切ってしまえばいいのだ。
そんなことは無謀だということは、ネロには分からない。この時は微かな希望を抱いていた。

幸いステファンは部屋を出ていったばかりなので、当分帰ってこない。
ネロは小さな刃で柱を擦り始めた。
ひたすらに同じ場所を削りながら、考えるのはただ1人だった。

削り始めてそれほどたっていない頃、既に手首が痛くなる。
それでもネロは、イヴァンを想って作業を続けた。

もう一度会えることを何度も想像する。
遠くから顔を見るだけでもいい。思わずほころんだ時、突然扉の向こうから足音が近づいてきた。


















部屋に入ってきたのは、先程出ていったばかりのステファンだった。
ネロは咄嗟に、刃物を後ろ手に隠す。
彼はネロと目が合うと、やはり優しげな笑みを浮かべた。







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