8 / 49
第二章
《第7話》嫌がらせ?
しおりを挟む───────────
母親の啜り泣く声と、父親の咆哮。
立て続けに、何かを殴り付けるような鈍音がする。
薄暗い部屋には酒臭さと煙草の匂いが充満していた。
壁には所々、乾いて赤黒くなった血痕があった。
隅で、少年が膝を抱えている。
震える手で両耳を抑え、ひたすらにこの地獄を耐える日々だ。
もう数日間、まともに食事を摂っていない。
今にもなりそうな腹の虫を殺すように呼吸を止め、この場から己の存在を消す。
「何だ、その目は」
母へ向かっていた男の意識がこちらへ向けられる。
次はまた、自分の番だ。
与えられたのは、永遠に続くような拷問だった。
──────────────
午前七時半。
姫宮は遅刻ギリギリの時間に起床し、学校へ向かった。
大股で飛ぶように走る。
皆勤賞を無駄にするわけにはいかない。
昨日の出来事のせいで、時間を忘れていた。
昨夕、部室を出たあと、姫宮はネクタイを締め直すのさえ忘れて家に走り帰った。
庵野の入部歓迎会には勿論行けていないし、欠席の連絡さえしていない。
スマホの通知を確認すれば、案の定同級生や後輩から連絡が殺到していた。
副部長の荒井からは「庵野がお前の事で気が気じゃないっぽい」と、ふざけたメッセージが来ている。
遅刻は免れそうだ。
姫宮は部員たちのメッセージを流し目に確認し、深くため息をついた。
歓迎会をすっぽかし、連絡のひとつも入れない。
部長でありながら、無責任な対応をしてしまった。
昼休みにでも庵野に謝りにいかなければ。
それもこれも、全てはあの無愛想な後輩のせいだ。
横断歩道を二段飛ばしに進みながら、傷ついたような表情を見せ、去っていった更衣月を思い出す。
同性に性的な目で見られる事や恋愛対象として好かれることは、姫宮にとって珍しいことではなかった。
幼少期から経験がある。
あんな事があった次の日にこうして平静でいられるのも、今までの経験があってこそだ。
しかし更衣月は、今までとは少し違っていた。
自分よりも太い腕に手加減せず押さえつけられた感覚を、未だ鮮明に覚えている。
『アンタが悪いんすよ』
『···アンタのせいで、俺がどんだけ苦しんでるかも、知らないで』
更衣月の言葉を思い出すほど、疑問は深まるばかりだ。
どうやら、彼がキスをした理由は好意からではなく、どちらかというと憎しみに近いらしい。
彼に対する自分の言動を振り返ってみる。
部活に来なければしつこく追い回し、鬼連絡をする。返事がなければしつこく名前を呼び、肩や背中をこずいたりもした。
うん、やはり恨まれていた可能性が限りなく高い。
嫌がらせとはいえ、嫌いな奴にキスをするなんて、彼は相当ひねくれものだ。
「さて、どうするかな·····」
1人悶々と考えながら学校の門をくぐる。
「姫宮~」
おはよ、と通りすがりに声をかけてくる同級生達へ適当に返事をしつつ、一度踏んづけた上履きの踵をしっかり履く。
少し走ってきたせいか、長袖のシャツが鬱陶しい。袖をまくりながら曲がった廊下の先は、始業前にしては大分賑やかだった。
デジャヴュだ。
訝しげに眉を寄せた姫宮は、暫くせずに原因をつきとめた。
「うわ、誰あのイケメン」
「え、知らないの?2年の転校生だよ」
「身長高っ·····」
「超イケメン」
話題の渦中にいたのは、教室の前に佇む庵野。
他の3年生に絡まれたり声をかけられたり遠巻きに囁かれたりしながら、彼は誰かを待っているようだ。
そしてその"誰か"が自分であるということは、安易に理解することが出来た。
「姫宮先輩」
爽やかな声が名前を呼ぶ。
姫宮は、あえて今彼に気づいたような顔をしてみせた。
本当は自分から出向くべきだったが、朝から待ち伏せされていたのなら仕方が無い。
「庵野、」
昨日はごめん、そう続こうとした言葉は、さっさとこちらへ近づいてきた庵野に遮られる。
「良かった。ずっと心配していました。何かあったのかと····」
「?」
予想外な言葉に、姫宮は瞬きを繰り返した。
「やはり、昨日は俺も一緒に残るべきでした」
美しい顔立ちが、約束をすっぽかした理由も聞かず見当違いなことを言う。
「いや」
姫宮は慌てて言葉を挟んだ。
10
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています
七瀬
BL
あらすじ
春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。
政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。
****
初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる