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第二章
《第8話》小さな嘘
しおりを挟む「歓迎会、行けなくて悪かった」
本当に調子を狂わせるやつだ。
謝るタイミングさえ無くされてしまいそうなので、無理矢理続ける。
「ごめんな、昨日いきなり具合悪くなってさ、帰ってから部員に連絡入れようとしたら、部室にスマホ置いてっちゃってて」
適当な嘘をつく。
本当のことを言う訳にはいかない。
何より、行きたくないから行かなかったという解釈をされたら、彼を傷つける。
それでも後ろめたさを感じながら、背の高い後輩を見上げる。
やはり何度見ても嘘のように綺麗な顔立ちは、たちまち苦渋に歪まれた。
「そんな·····具合は大丈夫なんですか?」
なんだその顔は、やめてくれ。
あまりにも心配性な庵野に、いっそこちらの方が恥ずかしくなってしまう。
「もう平気だよ」
「本当ですか?」
そっと差し出された手が、こちらへ伸ばされる。
顔の前まで来たそれに驚くが、今の状況で嫌な顔をするのも気が引けた。
とりあえずは受け入れてやろうと放っておく。
長い指が頬へ添えられた。
「顔色は、悪くないようですが····」
それでも心配だ、とでも言いたげな視線が、じっとこちらを見つめている。
至近距離で見る瞳は薄茶色だ。その奥がベージュ、さらに奥に知的な黒が透けている。
まつ毛は少しウェーブして、アーモンド型の目元を縁どっていた。
「·····?」
もちろん昨日出会ったばかりの後輩だ。
だが、こちらを見つめる瞳に、見覚えがあるような気がした。
「うん、大丈夫だから······──っ?、」
指先が首元へ滑り、不意に耳の後ろを撫でる。
姫宮は反射的に距離をとった。
「?姫宮先輩·····」
「っと!もう時間やべーから、とりあえず····」
部活で、と言いかけて、今日は放課後の練習がないことを思いだす。
どうやら、大分調子を狂わされているらしい。
「庵野、今日放課後空いてる?」
庵野は少し驚いたように眉を持ち上げる。
「いいえ、全く、何も」
短い三拍子で予定がないことを伝える庵野は、何かを期待するような眼差しでこちらを見ていた。
ふと、昨日の更衣月が重なる。
全くタイプの違う二人なのに、一瞬似ているような気を覚えた。変な話だ。
姫宮は「じゃあ」と提案した。
「二次歓迎会しよーぜ」
「二次歓迎会」
オウム返しに呟いた庵野に、そ、と笑ってみせる。
「新入部員と部長だけだけどな」
遠回しな遊びの誘いに、彼は嬉しそうに笑った。
予鈴がなる。踵を返した庵野を見届け、姫宮は教室に入った。
彼が嬉しそうにしてくれているので結果オーライだろう。
席に着いたところで、斜め後ろから自分の名を呼ぶ声がした。
「もう終わったのか?」
荒井が大きな欠伸を交えながら聞いてくる。
彼は庵野が姫宮を待っていたことを知っていたようだった。
「アイツ昨日滅茶苦茶お前のこと心配してて、今日も7時前からあそこに立ってたって話だぜ」
姫宮は訝しげな表情を隠すことなく時計に目をやる。
時刻は8時28分。
ホームルームの始まる2分前だ。
「つまんない冗談やめろよ」
このクラスメイトは普段からくだらない事ばかり言うが、今回の話は全く笑えない。
マジだよ、と荒井の発言を肯定したのは、隣の席の松川だった。
香ってきたのは、女物の香水。しかも昨日とは違う物だ。
朝から匂いが着くほどベッタリくっついていたなんて、彼も飽きないやつだ。
長く待っていたなんて知らなかった。
庵野は一言も言っていなかったのに。
「なんでだよ?」
「みずき君~、あの後輩に相当好かれてるね」
茶化すように言った松川は、担任が教壇に経つのを確認すると前へ向き直る振りをしつつ、机の下でスマホをいじり出した。
「·····」
庵野雅。
腹の底がわからぬ笑みを覗かせる時もあれば、自分を心から慕っているような態度を見せる。
成績優秀、スポーツ万能、オマケに顔よし。性格も明るく、周りに慕われる好青年だ。
しかし時折見せる妖しげな影が、姫宮の中に小さな蟠りを作っていた。
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