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第二章

《第11話》豪雨

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姫宮は歌いながら、変な奴、と脳内で呟いた。

彼の方を見ると、案の定バッチリ視線が合う。
出会った時から、不思議な目だと思った。
時折色を変える瞳。例えば今は、怪しい影を落としている。

姫宮は不穏な思考を遮断した。
今は庵野の歓迎会で、彼が楽しんでいる。それで良いはずだ。
何も問題ない。


「先輩、今日最高得点ですよ」


ハッとして画面を見る。
点数が表示された画面を、兎のキャラクターが忙しなく飛び回っていた。

























「雨、止みませんね·····」


庵野のリクエストに答えるまま熱唱すること4時間弱。
21時を回ろうとしていたころ、突然の豪雨が帰路を襲った。


「あー、くそ」


交通機関は皆運転を停止している。
店に入っていたお陰で雨宿りに困るということは無かったが、時計が十時を廻っても、嵐の勢いは留まりそうに無かった。


「先輩の家、ここから遠いですか?」


「こっから○✕線まで歩いて、五駅くらい。△△って駅·····」


言いながら、げんなりとする。
自然の妨害に弱い○✕線。更にここから駅へは30分以上歩く。
下手したら明日の朝も運転見合わせ中だ。
望みは持たない方が良さそうだ。


「運転手に送らせようと思ったのですが···渋滞も凄いみたいです」


お抱えの運転手がいることの方が驚きだ。
姫宮はくっきりした横顔を眺めた。

3階の窓から外を見下ろす高い鼻は、あと数ミリでガラスについてしまいそうだ。
見る限り困らせている。
姫宮は豪雨よりも後輩の方が心配になってしまった。


「庵野、悪いな」


彼の家はこの近くだったはずだ。


「俺は大丈夫だから、先に帰れ」


そう言った姫宮を、庵野は訳が分からないという表情で振り返った。
「は?」とでも言い出しそうだ。
美形が凄むと怖い。


「なんだよ」


気を使ってやったのに、ここで初めての反抗的態度だ。
ぶっきらぼうに問いかける。
庵野は軽く髪をかき揚げた。

形の良い額は、直ぐに柔らかい茶髪に隠された。


「駄目です」

「駄目って···」


"はい"でも"いいえ"でもなく"駄目"とは。
呆れたように庵野の言葉を呟いた語尾は、外の雨音と共に消えてゆく。


「先輩がもし良かったら」


暫くして、口火を切ったのは庵野だった。


「俺の家に来ませんか?」

「いや、流石に悪いよ···庵野の家族も困るだろ」


心配してくれているのはありがたいが、生憎自分は非常識な人間ではない。
断わると、彼は緩く首を振った。


「両親とは別々に住んでいるので、俺一人です」


どうですか?と粘り強く聞いてくる庵野は、謎に期待の籠った視線でこちらを見つめている。
少しの間悩んで、姫宮は再度彼へ確認をとった。


「ほんとに大丈夫?」

「もちろんです」


先程まで曇っていた表情が嘘のように爽やかな笑みだ。
予定が決まると、2人はコンビニまで走った。

傘は全て売り切れていた。
身体中を打つ大粒の雨から、逃げるように走り続ける。
住宅街を進むこと数分で、庵野は立ち止まった。

いわゆる高級住宅街だ。
無駄に小洒落た一軒家が建ち並んでいるのを眺めなる。
続いて庵野が向かっていった方向を振り返った姫宮は、「ええ」と声を漏らした。

高い塀と、車と人用のもんが別々になった入口。
そこには次元の違う豪邸があった。
庵野は、門の端へ、慣れた手つきでカードキーを翳した。

何桁かの暗証番号を手早く押すと、ロックが解除される。
扉をくぐるとレンガの道が続いていた。
柵の向こうには綺麗に揃えられた木や花々が植えられてある。いきなり西洋の花園へ連れてこられたような景色だ。


「先輩、こっちです」


道の先に立っている庵野が手招きする。
晴れの日にゆっくり見てくださいと言いながら、彼は姫宮のために屋敷の扉を開けてくれていた。


「お邪魔します」


廊下を進みながら、姫宮は無言で庵野の後について行った。
扉の数を数えていなければ、どの部屋に通されたのかわからなくなってしまいそうだ。

荷物を下ろすと、庵野は風呂を進めてきた。 


「庵野が入ってからでいいよ」

「先輩が先に入ってください」


意外と頑固なやつだ。
譲らない彼の言葉に甘んじて、姫宮は家主より先に浴室へ向かった。
蛇口から熱い湯が湧き出る。姫宮はほっとため息をついた。

こんなはずじゃなかったんだけどな。
使い勝手の良いシャワー室は居心地が良いが、庵野が雨に濡れたまま待ってると思うと、ゆっくりはしていられなかった。

急いで上がると、丁度、私服に着替えた庵野がいた。

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