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第五章

《第26話》噂

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生意気で我儘な彼が、いつの間にか真剣な顔をするようになった。


(あいつも成長したんだなぁ···)


親のようなことを脳内で独りごちる。
受けてたってやろう。
それで彼が満足するなら、自分の役割でもある。

教室内は相変わらず呑気だった。
姫宮の机の上に積まれたパンの中から甘い物だけを取っては食べている荒井と、ゲームに集中している松川、そして休み時間を各々自由に過ごすクラスメイト達。


「あ、みずきくん。どこ行ってたの?」


スマホの画面からふと視線を外した松川が、姫宮に声をかける。


「トイレ」

「長ぇトイレだな、うんこかよ」


いつも通り下品な発言をする荒井は、松川に避難される。
本当にいつも通りの日常だ。
こんな日もあと数ヶ月で、永遠に繰り返すことの無いものになってしまう。

らしくないことを考える。
たぶん、さっきの後輩のせいだ。

荒井と松川の言い争いは、いつも通りヒートアップしていっく。
最終的に「まあ姫宮のうんこなら食える」などと抜かした荒井を、松川が思い切り殴り付けた。


「てかみずきくん、さっきまでお客さん来てたよ」

「ん、誰?」


姫宮ははてと首を傾げた。


「ほら、例の『王子様』」


周りに女子いっぱいはびこらせてな、と付け足す荒井。
全員パッとしない感じだったけどね、と、松川が嫌味っぽく言う。


「だれそれ」

「庵野雅だよ」


松川は不機嫌そうだ。
姫宮は彼の態度をスルーして聞いた。


「なんか言ってた?」

「また後で声かけるから気にしなくていいとさ」


松川の代わりに荒井が答える。


「近くで見るとガチのイケメンだなありゃ」


今日はスマートフォンを家に置いてきてしまっていた。
昼食の時庵野と落ち会えなかったので、その件だろう。

毎日昼を一緒にするとは決めている訳では無いが、最近は彼に食券を買わせるのが定着していた。
なんとなく申し訳なくなる。


「·····てかさー、みずきくん」

「ん?」

「最近、庵野と仲良過ぎない?」


松川にしては珍しい発言だ。


「仲·····そうか?」


周りにはそう見えているらしい。
しかし問題はそれではないようだ。
続いて松川は、うーん、と、何かを言い淀むように呟く。


「庵野雅が、何らかの脅しをかけてる」

「はあ???」

「っていう噂、流れてるよ」

「いや、ないだろ。あほか」

「だよねえ」


ないない、という、姫宮に、彼はすぐに同調する。
しかし、

「もう一個あんぜ」


荒井の一言に、松川の笑みが凍りつく。


「もう一個?」


聞き返した姫宮の耳は、大きな手に塞がれる。


「ちょ、なにすん·····」

「いや、みずきくんなんでもないんだよ、全然ありえないことだから、まじで」


松川の様子がおかしい。
わけが分からず荒井の方を見るが、荒井はやれやれと首を振るだけだった。

荒井の様子を見る限り、そこまで変な噂でもないのだろう。

そもそも、学園内ではなぜか目立つ存在だ。自分でもそれは自負している。
だから、噂や話題の種にされることは慣れてしまっていた。
この時はいつもと同じようなものだと思っていたのだ。

後に思わぬ事態を引き起こすなんて、予想すらしていなかった。




















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