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第六章

《第33話》病人

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誰かの話す声と、暖かな温もり。
目の前はぼんやりと明るい。

心地良い。
こんな気分は、昔にもあったようななかったような、兎に角不思議な感覚だった。

段々と、視界がハッキリしてくる。
自宅のベッドルームだった。
酷く息苦しい。
目の周りが焼けるように熱い。

ふと、傍に人の気配を感じた。
おもむろにベッドの横を見る。

姫宮だった。

なぜ彼がこんなところにいるのだろう。
そもそも、いつの間に自分は家へ·····?

朦朧とした意識のまま、姫宮の方を眺める。
ワイシャツの袖をまくった彼が、スマートフォンをいじっている。
それから、何かを思い出したように立ち上がろうとした。

気づけば、腕を掴んでいた。


「うおっ」


起きてたのか、びびった。
そう口にして、姫宮がベットに腰掛ける。


「·····て、庵野?おーい」


起きてる?と手を振っている姫宮が、膜を張った視線越しから見えた。

やはりまだぼんやりとしている。
体に力が入っているのかも分からない。


「だいぶ辛そうだな」


姫宮がつぶやく。
腕を掴む手が熱い。氷枕を取り換えた方が良さそうだ。


「庵野、一回離せ」

「·····どこに、行くんですか?」

「すぐ来るから」


言い聞かせるように言う。
しかし庵野は、子供みたいに首を振った。


「嘘だ···」


息も絶え絶えだ。


「あなた前も、そんな風に俺に嘘ついて·····」


来ませんでした、と、恨めしそうな声がつぶやく。
熱にうなされているのだろうか。

「嘘じゃない」

「それも、また嘘ですか?」

"また嘘ですか"


前にも庵野から聞いた覚えのある言葉だった。
違和感を覚える。


「もう···逃がしませんよ」


庵野はゆっくりと、姫宮に手を伸ばした。


「俺はあの時の無力な少年ではありません」


仮面は粉々に砕け散った。
そして、虐げられ、忘れられてしまう存在だったあの頃の自分とは違う。


姫宮の腕を引っ張り、ベッドへと引き寄せる。


「っちょ·····あぶねっ·····」


庵野は、転がり落ちてきた姫宮を強く抱き締めた。

普段、バスケのユニフォームや制服で学内を駆け回っている、年上の彼。
とても頼りになるふうに見えて、自分と比べると、こんなにも細くて華奢な身体だ。


「いつも思ってましたけど·····腰、細いですよね。·····折れちゃいそう」


この腰が、前は自分の手でうねり、いやらしく動いていたことを思い出す。


「折れるわけ、ねぇだろ」


離せ、と言った姫宮を無視して、ぐるりと体制を変える。
ベットに組み敷かれた姫宮は、ぽかんとした顔でこちらを見上げていた。


「おい、庵野·····──んむっ」


名前を呼びかけた唇は、ぱくりと塞がれる。
突然すぎるキスに驚く間もなく、長い指が、シャツの隙間から身体に触れた。


「·····!··········んん!」


拳を握り、力を入れかけた手をさ迷わせる。
病人を殴るわけにはいかない。

大きな手がシャツのボタンを外しながら体をまさぐる。
ビクリと身体が跳ね上がった。
味わうように、何度も角度を変えて舌を絡められる。
頭の中が酸欠になってしまいそうだ。


「んっ·····ふ、ン·····っんぅ、·····」


抵抗しようとしていた手は、いつの間にか庵野のシャツを握りしめ、息苦しさを必死に耐えていた。


「みずきくん···」

「·····は?·····───っ!」


首筋に噛みつかれる。
次に、強く吸いつかれる。
せっかく跡が消えてきたのに、また。頭の隅でそんなことを思った。


「俺の事、忘れないで」


ずっと、と、付け足された声は、震えていた。


「忘れて、ない·····っ」


一体何の話をしてるんだ?

教えてくれ。そう言おうとし、開きかけた口を、慌てて閉じる。


「"忘れてない"···?」


ゴツゴツした指が蕾へ2本、根元まで押し込まれる。


「ひ、っい·····っ」

「なら、どうして俺の名前、呼んでくれないんですか?」


体はひとりでに震えた。
庵野を見上げる。
切れ長の目は、完全に座っていた。

熱のせいで少ししっとりとした茶髪が、目元に影を作る。
男の自分が見ても、色気のある男だ。
息をするだけで快感を拾ってしまう。姫宮は浅く息を吸っては吐くのを繰り返した。


「やっ···あ、んの、ぬ、ぃて···っゆび、き、つ····っ···」

「駄目ですよ」

「ひんっ」


その2本の指が、ゆっくりと引き抜かれ、再び奥まで擦られる。


「あっ·····や、め·····んっ、」


またしても指をギリギリまで引き抜かれ、根元まで押し込まれる。
それが何度も、何度も繰り返された。


「あっ···、···っ···ンぅっ···」


必死に声を抑え、下唇を噛む。
じっとりと自分を見下ろす視線にさえ犯されるようだ。
逃れるように顔を背ける。


「はぁ、はぁ··········~~~っ」


されるがままだ。
今日の庵野は、いつにも増しておかしい。


「気持ちいいですか?」


甘い声が、耳元へキスをするように囁かれる。
あ。と、吐息が一文字こぼす。


「今、きゅうって締まりましたよ」


耳、弱いんですね、と、今度は反対側の耳に話しかけられる。
高い鼻が、首筋を撫でた。

指は段々と素早く動き始める。

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