上 下
39 / 49
第六章

《第38話》幻想

しおりを挟む




必死にプライド守って、なんでもないふりして、俺がどれだけ耐えたって、あんたはどうせ、あいつのとこに行くんだ。

焦がれるような思いで、遠くに行く背中を引き止めあぐねていることも、何も知らない。
そのくせ姫宮は、遠慮なく人の心に土足で踏み込んでくる。


「···待ち合わせのとこ、行くんじゃないんすか」


上に股がったままの姫宮に問う。
なんで知ってんだよと怪訝そうな顔をした姫宮が、時計を見る。


「うわ、もう4時過ぎてるじゃん」


思い出したように立ち上がった。

この人はきっと、誰にでもこんなことするんだろうな。
黒くどろりとした感情が、とめどなく溢れ出すみたいだ。


「···庵野、校門のとこにいたけど」


呟いてみる。


「まじか」


姫宮は窓の手すりから少し身を乗り出した。

人に注意しといて、自分はやるのかよ。
まるで、もうこっちには完全に興味をなくしたみたいに、あんたは別の男を探してる。

ねえ、姫宮さん。
どうしたら、俺を見てくれる?






















校門の方を眺める。
高身長で茶髪の、庵野らしき人物が見える。

空はどんよりと曇っていて、今にも泣き出しそうだ。
ここから叫べば届くだろうか。
息を吸い込んだとき、すぐ後ろに人の気配を感じた。

振り返ろうとすると、後ろの男の両手が、姫宮を挟んで窓の手すりを掴む。
背中に、自分より大きな気配を感じる。
姫宮はそのままの体制で、視線だけを横へやった。


「何やってんだよ」


のばした手は、易々と動きを封じられる。


「どけって、馬鹿···」

「雨」

「!」


更衣月が独り言みたいに呟く。
知っていて、こんなことしてるのだ。


「どけよ」


姫宮が唸り、更衣月の肩口を押す。
そうするともう片方の手首も掴まれて、無理矢理向かい合わせにさせられる。


「っいい加減に、」

「行かせてやると思ったんすか」


更衣月が吐き捨てる。
姫宮は「はぁ?」とでも言い出しそうな顔だ。
あんたの方が、馬鹿だ。

細い腕を、後ろ手に縛る。


「は···?おい、きさら···──んむっ」


噛み付くような接吻をした。
舌を忍ばせながら、抵抗し出す姫宮の唇をきつく噛む。


「···っ」


一瞬怯んだ姫宮は、机の上に押し付けられる。
再び口付けをされながら、シャツを乱暴に破かれる。
口内に、じんわりと鉄の味が広がった。


「んっ·····」


噎せるが、どこかのネジが外れたみたいな目の前の後輩は、息継ぎの間さえ与えない。

切れた唇を舌でなぞられる。


「!」


シャツのボタンが吹き飛ぶ。
はだけた肩口に、熱い口付けを落とされた。


「やめ─────っ!!」


開いた口にネクタイを押し込まれる。


「あんたの口」


くぐもった声は、いつもよりも低く、無感情だ。


「いっつもいっつも、うるせぇんだよ」

「っ!」


その言葉に、希望を与えられた。
惑わされ、期待させられ、背中を押され、心を揺さぶられる。
けど、全部幻聴だったんだ。

もう、あんたの声を聞くのも辛い。
首筋のキスマークに、狂いそうなほど嫉妬して、壊れてしまいそうだ。

希望を与えるのも、それを踏みにじるのも姫宮だ。


「前のミニゲームアンタに勝ったら、ぐっちゃぐちゃに犯してやろうって、」

「·····っ!」


緩められたベルトが、床に落ちる。


「思ったり、したんすよ」



抑揚のない声が、独り言のように、うわ言のように紡がれる。
そうしながら尻へ伸びた指が、なんの前触れもなく姫宮のつぼみを貫いた。


「んっ!」


んな風にして姫宮を汚す事など、元から出来なかった。
勝ったとしても、そんな願いは口にはしなかった。


「あんたが」


喉から手が出るほど、望んだ欲望だった。
好きだから、壊せなかった。

姫宮を想う時、眩しい笑みや温もりに触れたくて、そして壊してしまうのが怖かった。
綺麗なまま、守っていたかった。
けど、その必要ももう、ない。


「ねぇ姫宮さん、俺で何人目すか?」


全部まやかしだった。

彼の心は手に入らない。
その身体だって、誰かに取られてしまった。

綺麗な思い出なんかじゃない。
ただの、辛くて寂しい思い出だ。


「ンー!!」


彼の中は熱かった。
これがみずきさんの体温なんだ。虚しさと平行して、昂りが頭をもたげる。

まだほぐし切っていないそこへ、熱欲を当てる。


「大丈夫っすよ、先輩」

「ん、ン!」


姫宮が一生懸命首を振る。
更衣月は鼻先で笑い飛ばした。
嘲笑は。自分自身に向けてだった。


「多分、どうせそんな酷く出来ないんで」





















しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

彼の素顔は誰も知らない

BL / 完結 24h.ポイント:511pt お気に入り:49

残虐王

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:151

不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:241pt お気に入り:247

ノー・ウォリーズ

BL / 完結 24h.ポイント:873pt お気に入り:5

【完結】悪役令息に転生した社畜は物語を変えたい。

BL / 完結 24h.ポイント:972pt お気に入り:4,768

2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:1,327

【初恋よりも甘い恋なんて】本編・番外編完結💖

BL / 完結 24h.ポイント:497pt お気に入り:1,499

処理中です...