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第六章
《第38話》幻想
しおりを挟む必死にプライド守って、なんでもないふりして、俺がどれだけ耐えたって、あんたはどうせ、あいつのとこに行くんだ。
焦がれるような思いで、遠くに行く背中を引き止めあぐねていることも、何も知らない。
そのくせ姫宮は、遠慮なく人の心に土足で踏み込んでくる。
「···待ち合わせのとこ、行くんじゃないんすか」
上に股がったままの姫宮に問う。
なんで知ってんだよと怪訝そうな顔をした姫宮が、時計を見る。
「うわ、もう4時過ぎてるじゃん」
思い出したように立ち上がった。
この人はきっと、誰にでもこんなことするんだろうな。
黒くどろりとした感情が、とめどなく溢れ出すみたいだ。
「···庵野、校門のとこにいたけど」
呟いてみる。
「まじか」
姫宮は窓の手すりから少し身を乗り出した。
人に注意しといて、自分はやるのかよ。
まるで、もうこっちには完全に興味をなくしたみたいに、あんたは別の男を探してる。
ねえ、姫宮さん。
どうしたら、俺を見てくれる?
校門の方を眺める。
高身長で茶髪の、庵野らしき人物が見える。
空はどんよりと曇っていて、今にも泣き出しそうだ。
ここから叫べば届くだろうか。
息を吸い込んだとき、すぐ後ろに人の気配を感じた。
振り返ろうとすると、後ろの男の両手が、姫宮を挟んで窓の手すりを掴む。
背中に、自分より大きな気配を感じる。
姫宮はそのままの体制で、視線だけを横へやった。
「何やってんだよ」
のばした手は、易々と動きを封じられる。
「どけって、馬鹿···」
「雨」
「!」
更衣月が独り言みたいに呟く。
知っていて、こんなことしてるのだ。
「どけよ」
姫宮が唸り、更衣月の肩口を押す。
そうするともう片方の手首も掴まれて、無理矢理向かい合わせにさせられる。
「っいい加減に、」
「行かせてやると思ったんすか」
更衣月が吐き捨てる。
姫宮は「はぁ?」とでも言い出しそうな顔だ。
あんたの方が、馬鹿だ。
細い腕を、後ろ手に縛る。
「は···?おい、きさら···──んむっ」
噛み付くような接吻をした。
舌を忍ばせながら、抵抗し出す姫宮の唇をきつく噛む。
「···っ」
一瞬怯んだ姫宮は、机の上に押し付けられる。
再び口付けをされながら、シャツを乱暴に破かれる。
口内に、じんわりと鉄の味が広がった。
「んっ·····」
噎せるが、どこかのネジが外れたみたいな目の前の後輩は、息継ぎの間さえ与えない。
切れた唇を舌でなぞられる。
「!」
シャツのボタンが吹き飛ぶ。
はだけた肩口に、熱い口付けを落とされた。
「やめ─────っ!!」
開いた口にネクタイを押し込まれる。
「あんたの口」
くぐもった声は、いつもよりも低く、無感情だ。
「いっつもいっつも、うるせぇんだよ」
「っ!」
その言葉に、希望を与えられた。
惑わされ、期待させられ、背中を押され、心を揺さぶられる。
けど、全部幻聴だったんだ。
もう、あんたの声を聞くのも辛い。
首筋のキスマークに、狂いそうなほど嫉妬して、壊れてしまいそうだ。
希望を与えるのも、それを踏みにじるのも姫宮だ。
「前のミニゲームアンタに勝ったら、ぐっちゃぐちゃに犯してやろうって、」
「·····っ!」
緩められたベルトが、床に落ちる。
「思ったり、したんすよ」
抑揚のない声が、独り言のように、うわ言のように紡がれる。
そうしながら尻へ伸びた指が、なんの前触れもなく姫宮のつぼみを貫いた。
「んっ!」
んな風にして姫宮を汚す事など、元から出来なかった。
勝ったとしても、そんな願いは口にはしなかった。
「あんたが」
喉から手が出るほど、望んだ欲望だった。
好きだから、壊せなかった。
姫宮を想う時、眩しい笑みや温もりに触れたくて、そして壊してしまうのが怖かった。
綺麗なまま、守っていたかった。
けど、その必要ももう、ない。
「ねぇ姫宮さん、俺で何人目すか?」
全部まやかしだった。
彼の心は手に入らない。
その身体だって、誰かに取られてしまった。
綺麗な思い出なんかじゃない。
ただの、辛くて寂しい思い出だ。
「ンー!!」
彼の中は熱かった。
これがみずきさんの体温なんだ。虚しさと平行して、昂りが頭をもたげる。
まだほぐし切っていないそこへ、熱欲を当てる。
「大丈夫っすよ、先輩」
「ん、ン!」
姫宮が一生懸命首を振る。
更衣月は鼻先で笑い飛ばした。
嘲笑は。自分自身に向けてだった。
「多分、どうせそんな酷く出来ないんで」
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