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第七章
《第43話》
しおりを挟む更衣月は、無事家に帰ったのだろうか。
あんな風にされたって、それでもあの後輩のことを気にしてしまう。
彼が自分にだけ微量に表情を変えたりするのが、いつの間にか嬉しく思うようになっていた。
明日、庵野に謝りに行こう。
もしかしたら、許してはくれないかもしれない。
自分を見つめる優しい笑みが、脳内をかすめる。
もうあんな視線は、向けてくれないかもしれない。
珍しく弱気になって、首を振った。
紛れもなく、2人に愛情を抱いていた。
もうすぐ五月だというのに、雨上がりのせいか、吹いた風は肌寒かった。
元来た道を戻ろうとしたところで、ふと、校門の柱の影で、なにかが動いた。
「·····?」
不審に思いながら近づく。
人影が、しゃがみこんで夜空を見上げている。
美しい輪郭だが、ほほなんかが少し不自然に腫れている。
「庵野?」
呟きは、空気を伝って彼に届いたらしい。
庵野がこちらを振り向く。
姫宮はそっと寄っていった。
綺麗な顔が、所々切れて、大きな青あざができている。
「お、前、なんで·····」
見上げるアーモンド型の瞳は、星空のせいで輝いて見える。
「みずき先輩」
澄んだ空に、優しげな声が溶け込む。
安堵したように微笑んだ口元は、腫れのせいで均等にはならなかった。
「来て下さったんですね」
姫宮は、同じようにしゃがんだ。
座ったら濡れちゃいますよ、なんて言う彼は全身ずぶ濡れだ。
「お前、」
高い鼻が視界にチラつく。
頬に触れた指は氷のように冷たく、まだ湿っていた。
「お怪我は···どこも、痛みませんか?」
「みやび、ごめん」
つんと痛んだ目元に力を込め、広い背中を、強く抱き締めた。
「·····え?いや、違うって。そーゆーのじゃなくて·····だからそうだって言ってんだろ·····うん、·····わかったってば、じゃあ」
庵野の家は、相変わらず生活感がない。
切るよ、と言って、母親との通話を終わらせる姫宮。
母は、後輩の家に泊まると言っただけで「ガールフレンドの家ならお菓子でも持っていけばよかったのに」なんて騒いでいる。
ため息をついて、スマートフォンを適当な場所に置く。
日付けは既に変わっていた。
家へ入った途端、後ろから閉じ込めるように抱き締めてきた庵野を何とか風呂へ誘導したところだ。
彼は姫宮と木更月が一緒にいたことを知っているようだった。
帰路の途中、痛むところは無いかと、何度も心配された。
庵野の傷は、恐らく更衣月が関与している。
「あーもー·····」
滅茶苦茶に気が進まないが、更衣月に事情を聞かなければいけない。
先程、自分を襲った後輩の連絡先を探す。
4コール目で姫宮の電話に出た更衣月は、無言だった。
何様なんだ、何とか言えよこのレイプ魔。
脳内で愚痴りながら、彼の名前を呼ぶ。
通話の向こうから、息を吸い込むような音がした。
「あのさ·····」
さっき庵野と、と言いかけた姫宮は、後ろから伸びてきた手に、端末をするりと奪い取られる。
「あ·····」
後ろを振り返ると、半裸の庵野がいた。
浮き上がった筋肉に、思わず呆然とする。
髪から水滴が滴る。
姫宮ははっとして庵野を見上げた。
『·····姫宮先輩?』
通話の向こうから更衣月の声が聞こえる。
チラとスマホへ視線をやった庵野は、続いて姫宮へ戻された。
腕を引っ張られ、力任せに抱き寄せられる。
そのまま言葉もなく、唇を奪われた。
「ン·····」
キスをしたまま電話を切って、姫宮のスマートフォンはソファの上へ投げ捨てられる。
いつもは丁寧な庵野にしては、乱暴な態度だ。
しかしそれさえ様になっていた。
唇が重なるとすぐに、姫宮の唇をあけて舌が入ってくる。
「んっ·····ふぁ···っ··」
流されそうになって、身体に少し力を入れる。
腰へ伸びた手がぐい、と力を込め、姫宮を再度引き寄せた。
「っ·····ぅん·····」
歯茎をなぞって、舌を吸われた。
口の中からじんと痺れて、身体中へと広がる。
引き込まれて、キスが自分の口の中から庵野の口の中へと移る。
迎え入れられた口の中は酷く熱くて、まるで踏み込んできたことを褒めるように、頭を撫でられた。
口の中で、熱の篭った水音が響く。
足から力が抜け、立っていることが難しくなる。
こんなシチュエーションは、おかしい。
膝が折れると、頑丈な手に抱きとめられた。
ベッドへ連れられ、ゆっくりと押し倒されてゆく。
その間も歯の裏を擽られ、甘く舌を包まれる。
キスを続けたまま、服を脱がされ、体中を愛撫される。
触り心地の良いシーツと庵野の手に挟まれて、全身は段々と敏感になっていた。
「っ、···ちょっ、ンっ」
再び口を塞ごうと迫ってくる彼の端正な顔から慌てて顔を背け、その口を手のひらで塞いだ。
やっとまともに空気がすえた。
いくらか息を整えながら、気まずそうに庵野のをほうへ視線をやる。
「·····待てって」
彼がピタリと立ち止まる。
突然、口元をおさえていた手のひらを、悪戯に舐め取られた。
「ちょ·····」
「···さっきの通話、なんの用事だったんですか」
あまりにも真剣な表情だ。
姫宮は、崩されたワイシャツを引きあげた。
「別に····」
嫉妬に燃える瞳が、じっとりと身体中を眺める。
姫宮はいつになく戸惑った。
「なんでもいいだろ」
せっかく起き上がったのに、またベットへ押し倒された。
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