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第七章

《第42話》悪者

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不思議とパズルは綺麗にあわさって、庵野の脳内に流れ込んでくる。
校内でしゃがみこんでいた生徒。
シャツのボタンはかけ違え、乱れた服装だったのだろう。

目の前の男のシャツに付いているのは、校内にいた生徒の物だ。

瞬間、頭に血がのぼる。
ゆっくりと更衣月へ近づく庵野を、更衣月はどこまでも無感情な瞳で眺めている。

ガツッ、と、激しい雨音の中でも分かるほど、鈍い音がした。

思い切り横顔を殴りつけられ、更衣月は地面に尻をつく。
口の中に、鉄の味が広がった。

少し遅れてから殴られたと知る。
姫宮の血より、鉄臭く、甘くは無かった。


「ふざけんなよ」


雨とともに頭上から降ってきた声は、余裕のあり、スカした庵野とは、別人のようだった。


「あの人はどこだよ?!」


言いながら、胸ぐらを掴んだ庵野の拳は、怒りに震えている。

鷲掴みされた胸元が苦しい。
どうして、こんな事になった。

俺は悪役だ。
そしてこいつは、姫宮を救いに来たヒーローだとでも言うのか?

俺の方が、ずっと。
ずっとずっとずっと、姫宮を好きなのに。


「答えろよ!!」


彼は咆哮しながらも、しかしこれ以上は手を上げないようにと、必死に耐えているようにも見えた。


「···っざけてんのは、どっちだよ?!」


更衣月も、加減無く庵野を殴り付けた。
体制は逆転する。
更衣月は狂ったように庵野を繰り返し殴った。彼は抵抗しなかった。


「お前さえいなければ!!!」


あれだけ息咳切って走ってきたにも関わらず、頬は酷く冷たかった。

それが、本当に彼が姫宮の救世主みたいで、憎くてたまらなかった。


「みずき先輩は、」


どこにいるんだと、殴られてもなお、彼は言った。
鮮血が滴り落ちる。

更衣月の手を止めることも忘れ、彼は姫宮をあんずる。
こちらの方が怯んでしまいそうだ。
そう、俺は悪者だ。
この男には、何を取っても、到底敵わない。


「あの人の血だ」


お前さえいなければ良かった?

違う。


「怪我、してるんだろ?」


庵野が話す度、唇の端から、薄められた赤がこぼれ落ちる。
思わず手を離そうとすると、彼は逃がすまいと、更衣月の手首を掴まえた。


「頼む·····」


彼をどうしたんだ、と、懇願するように呟いた庵野の手に、力が込められる。
いなければ良かったのは、こいつじゃ無い。

とうとう更衣月は、彼に背を向け走りだした。
恐ろしくなった。
気づきたくないことに気づいてしまった。

邪魔者は、俺だったんだ。























家へ帰った姫宮は、シャワー室に直行した。
腰の痛みと違和感に耐えながら、白濁を掻き出す。
その間、更衣月の言葉や表情を思い出したり、はたまた吐き気に見舞われたりした。


「みずき、帰ってきたなら一言言いなさい」


シャワー室の向こうから母親が言う。
嗚咽を飲み込む。


「ただいま!」


声を上げ、彼女が部屋を出ていく音を確認し、とうとう吐く。
部屋に戻っても、脳内は混乱していた。

そうだ、一刻も早く、庵野と話さないと。
庵野の電話番号を探し、しばらくの間躊躇ってから、タップする。

───電源が入っていないか、電波の届かない所に───。

機械的な女性の音声が聞こえてきて、即座に切る。

彼からは何の連絡もない。
きっと、呆れているに違いない。
また約束を破ってしまった。

ベットに座り込む。
ふと見下ろした指先が、震えていた。
予想以上に応えていたらしい。


「っくそ·····」


深く呼吸を繰り返す。
鬼メンタルが自分の長所だと思っていたが、不思議なほど頭が回らない。

覆水盆に返らず。
立ち止まりそうになると、いつもこの言葉が浮かぶ。

カチコチと、時計の針の音が鳴っている。
時刻は23時。
まだ待ち合わせ場所に向かっていない。

外は、相変わらず激しい雨が降っていた。

もういるはずがない。
けれど───。

部屋着の上からジャージを羽織る。


「ちょっとコンビニまで行ってくる」


姫宮は家を飛び出した。
腰の痛みに耐えながら、住宅街を歩く。
人気はない。
だんだんと気分が落ち着いていった。

歩き出して数分も経たないうちに、雨はやんでいた。


「···」


傘を閉じて、ふと夜空をみあげる。
全て洗い流されたように澄み渡った夜空に、いくつもの星が散りばめられていた。
息を吸い込むと、少し湿気のあり、しかし涼しく清々しい空気が身体に満ち溢れる。
綺麗な夜空だった。

勿体ないので、水溜まりは気にせず、空を見上げながら歩く。
次の角を曲がると、校門が見えてきた。

誰もいなかった。
庵野の家の番号を聞いておけばよかった。







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