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第七章
《第45話》晴れ
しおりを挟む庵野を引っ張ってきた姫宮は、更衣月の前で立ち止まった。
「昨日あったこと、話せ」
庵野の怪我はお前がやったのか、と、姫宮が更衣月に問いかける。
更衣月は、何度も反芻していた謝罪の言葉を、紡げなくなった。
「先に手出してきたのは向こうっす」
前にも言ったようなセリフだ。
今の状況を呑み込めずにいると、姫宮は呆れ返ったため息をついた。
「お前さぁ···」
姫宮の口調から、もう説教すんのもめんどくせーという感じが読み取れる。
が、庵野も更衣月も、互いに視線すら合わせない。
○ねばいいとさえ思っている相手だ。当然だろう。
「みずきさん」
更衣月の方へ近寄ろうとした姫宮は、庵野にそっと手をとられ、ごく自然に引き寄せられた。
なんだその態度は。
いつの間に"みずきさん"呼びになったんだ。
大分カチンときた更衣月が、眉を顰める。
「おい」
「なんだよ」
剣呑な雰囲気が流れ出す。
姫宮は庵野の手を振り払い、俺の話を聞けと声を上げた。
「お前ら、次昨日みたいなことがあったら2人一緒に退部してもらうから」
「は?!」
更衣月が叫ぶ。
「あと俺にも話しかけんな。一生」
庵野の方はといえば、訳が分からないという顔をしてから、こっちの胸が痛くなりそうな程悲しげな視線を向ける。
そんなふうに見つめられてもダメなものはダメだ。
「だから」
姫宮は2人の腕を掴み、引き寄せる。
「今、ここで仲直りしろ」
なんだって、高校2年にもなった後輩の仲を取り持たないといけないんだ。
「無理っす」
低く唸る更衣月。
庵野は彼と同時に首を横に振る。
合わせたような調子だ。
「あっそぅ。へぇ」
姫宮はさっさと2人から離れる。
「じゃ、お前らが仲良くなるまでどっちとも口聞かない」
「·····」
「·····」
庵野の可哀想な視線が辛いので、誤魔化すように更衣月の方へ視線をやる。今度は殺気立った眼力と目が合って、これまたふいと視線を外す。
妥協するまで、本当に口を聞くつもりはない。
「·····」
はぁ、と小さくため息をついたのは、庵野だった。
「この前は悪かったよ」
宿敵の方へ向けられた視線は、相変わらず冷たい。
右手が、更衣月へ投げやりに伸ばされた。
姫宮までため息が漏れそうになった。
誰に対しても社交的な彼がここまで無愛想な態度をとるなんて、むしろ凄いことだ。
更衣月は舌打ち混じりに「悪かった」と唸る。
2人は手を握りあった。
「·····。」
「·····。」
しばらくの沈黙。
その間も2人は手を握ったままだ。
姫宮が視線をやると、庵野のほうは死角で見えないが、更衣月の手に血管が浮き出ているのが伺えた。
「何やってんだよ」
馬鹿野郎、と更衣月の後頭部をはたく。
「あっちが爪たててきたから」
姫宮は、無理矢理2人の手を引き剥がした。
更衣月が不服そうに姫宮を見下ろす。
「姫宮サン」
名前だけ呼んで、その先は特に何もないらしい。
なんなんだ一体。
庵野のほうは胸ポケットから上質そうなハンカチを取りだすと、それで手を拭き取った。
ハンカチは横の柱の影にあったゴミ箱に投げ捨てられる。
「これでもう、恨みっこなしだな」
無理矢理解決させる。
「姫宮サン」
未だ不服そうな更衣月が、もう一度呼ぶ。
んだよ、と、渋々返事をした。
「アンタは、どうなんだよ」
「はぁ?どうって、何が」
だから、と、少し言いにくそうにしてから、更衣月は姫宮へ向き直った。
「·····その男のどこがいんだよ」
「はぁ???」
言ってから、更衣月がチラリと視線の先で捉えたのは、庵野。
姫宮は庵野が好きなのだろうか。
「いや、意味わかんね···」
「···俺も、教えて欲しいです」
庵野が言う。
「みずき先輩は、俺たちのことをどう思っているんですか」
どっちですかと、更衣月が強く姫宮の肩を掴む。
2人は、なにか勘違いしている。
「やめろよ」
更衣月の肩をいくらか強く押した庵野が、姫宮を振り返った。
助けてくれた庵野だが、こっちもこっちで安全では無さそうだ。
「あのさ」
姫宮は場を取り持つように声を上げる。
でかい男二人に迫られると、圧迫感が半端ない。
「いや、いや。なんで俺が、お前ら2人の中から選択することになってんの·····おかしくね?」
伝わるよう、ぐちゃぐちゃした頭を整理しつつ言う。
あれ、思いのほかキツい言い方になってしまったかもしれない。
二人が唖然とする。
「俺に対しても···少しも?」
庵野の質問にはなかなか答えにくかった。
無かったら、あんなことを許すはずがない。
更衣月にあんなことをされて、嫌悪感がなかった理由も、まだ分かっていない。
「どっちも、嫌いではないよ」
その言葉に、1番に顔を上げたのは庵野だった。
「その発言、望み有りという解釈で良いですか?」
え、と声をもらす更衣月。切りかえの早い庵野に発言を先越される。
「知るか」
姫宮は視線を先へ向け、首元を軽く搔いた。
妙に小っ恥ずかしい雰囲気だ。
「姫宮さん、好きです」
今日一、格好いい庵野の笑みと、その庵野を憎々しげに睨んでいる更衣月。
正直、嫌いではない。
すなわちそれは、2人とも、まあまあ、少なからず好きという事なのかもしれない。
暫くは様子見だ。
ホームルーム5分前のチャイムが鳴る。
ふと窓の向こうへ視線をやる。
空は青く澄み渡っていた。
終わり
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※ここまでで本編は一応完結になります。次回からは『松川×姫宮』です。読まなくとも差し支えありません<(_ _)>
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