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松川×姫宮

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季節は6月に突入した。
初夏の風は生温い。やる気を吸い取られるみたいな空気だ。

校庭のバスケットコートで、爽やかな汗を流す生徒が1人。
松川は適当に走りながら、姫宮を観察していた。

相変わらず華麗な身のこなしだ。
姫宮いるチームに勝てるわけねぇだろと、キレ気味な相手チーム側の荒井。
彼の講義は完全に無視されて、休み時間終了のチャイムがなる。

あちこちから注がれる視線には気付かないふりをして、姫宮の隣を歩く。
いつものスタイルだ。

姫宮は、同じチームだった奴とじゃれあったり軽口を叩いたり。
無造作にネクタイを緩めて、第二ボタンまで開けたそこを、パタパタとつまむ。
どんなところまでじっくり観察する。

ここに隠れストーカーがいますよヒメミヤサン、と、脳内で歌ってみる。もちろんお首にも出さない。

姫宮みずきという美しい人間は、最近少し変わった。
歯車が狂わないように、ソシャゲの画面を開きながら彼の隣に座る。
彼の右側、それが、大体のポジションだ。

汗ばんだシャツから、優しい柔軟剤が香る。
胸がいっぱいになる。


「松川」


「ん?」


他の奴にするのと同じように返事をする。


「今日昼飯、教室で食う?」


おっと、これは何事だろうか。
現在攻略中のギャルゲーのミニイベントと同じような言葉だ。選択を間違えなければ、だいたい「決まってないなら一緒に食べよう♡」と来る。


「んー、特にきめてないかな~」


同じ調子で返答する。


「学食行かね?」


今すぐ2chを立ち上げて「キタキタ( ゚∀゚)::キタキターーー!!!\\\神\( °Д° )/降\(°Д°  )/臨///」と打ち込みたい。
幸せの女神はこっちに振り向いたようだ。松川は端末をポケットにしまった。


「みずきくんが俺の事誘うとか、珍しくない?」


例の後輩くんはいいの?と、貼り付けた笑みを崩さずに聞く。

体温で温まった舌ピアスを、舌の先で掬う。
松川の密かな癖だった。
平常心を装うときの、癖だ。


「·····」


姫宮がピタリと足を止めている。
どうしたのだろう。数歩進んだ松川が振り返ると、彼の瞳がこちらを見つめてきた。

綺麗な目だ。
吸い込まれそうになる。否、吸い込まれたいと思った。


「どうし·····」


たの、と、松川が言い終わる前に、突然、目の前で大きな音がした。
思わず目を見開く。
顔の前に合わせられた両手は、すぐに下ろされた。

驚いたままの視線を姫宮へ向けると、彼は悪戯っぽく笑った。
もう立ち止まることはなく、松川の肩へ手を回す。


「どうなんだよ」

「もちろん、おおせのままに」


わざとらしく肩をすくめ、返答する。

聞き出したかった話をやっと振れたのに、はぐらかされた。


昼食の時間、姫宮と松川は2人で学食に向かった。
3、4人あるいはもっと多い人数は良くあるが、2人きりは今日が初めてだった。

彼から個人的に昼を誘われたこと自体、初めてだ。
本当に自分は単純なヤツだ。
正直、悔しいくらい嬉しい。

俺ってなんて可愛いやつ。独りごちながら、姫宮より先にAランチの食券を買う。
彼の好みなら全部知っている。

同じものを口にしたい。
正に病気だ。
別にバレなきゃ問題ないのだ。

先に席を取っておこうとした松川だが、姫宮は何故か、どんどん奥の方へと歩いてゆく。

姫宮は人気の少ない奥の端の席へ腰かけ、松川を手招きした。
いただきますと軽く手を合わせ食べ始める。
彼のこういうところもたまらなく好きだ。

出来るだけ姿が見たくて、スマホをいじるふりをしつつ、姫宮を盗み見る。
やはり完璧だ。

どうしてこの世には人間を綺麗なまま保存できる技術がないんだろう。
だっておかしいじゃないか。


「早く食えば?」


食べる時までスマホいじくんなよと軽く注意する姫宮のバブみ(注:バブみとは、世話焼きだったり包容力がある等母性を見出せる相手に対して使う。多分ネット用語───引用先:松川辞書)に身悶えそうになり、うんと頷く。


「みずきくんと食べると、普段の倍美味しいな」


いつものように軽口を言ってみせる。


「なー」


不意に、間延びした声が松川を呼ぶ。
幸せと引替えに辛くなる。
だからあまり甘やかさないで欲しい。

姫宮はどうしてこんな無責任なことするのだろう。


「お前ビョーキなの?」

「え?」

「松川」


不躾な様子の姫宮もたまらない。
いや、そんなことを考えている場合ではないか。

病気。
歪んだ愛を勘づかれたのかもしれない。
焦るが、どうやら違うらしかった。


「ココ最近顔色悪ぃし、部活でも普段のお前じゃありえねぇミスしてたじゃん」


どしたん?と聞いて、首をかしげながらこちらを覗き込んでくる。


「そんな事ないよ」

「ほら」

「?」

「今だって、そーゆー返答、珍しくね?」


今の返答は変だっただろうか。
どこら辺がと聞くと、姫宮は少し考えるように視線をさまよわせてから、分かんねぇけど、何となく、と言った。

なんだそれ。
些細な異変にも気づく程、自分を気にしてくれていたということだろうか。
今日は少し、おこぼれが多過ぎやしないだろうか。

ずっとずっと、変わらない関係。
こんな感情を持った自分が悪いと思っていた。
彼はとても遠くて、崇高な存在だから。

けれどそんな彼は、呆気なく出会ったばかりの、それも年下の男といい雰囲気になったのだ。

姫宮をいやらしい目で見たり、その対象にすることは罪だとさえ思っていた。
あまりにも呆気なかった。

だから、今まで我慢してきた事を続けられなくなる。
彼といる時間はご褒美のはずなのに、幸せより切なさを占めるようになってしまった。


「まじで、大丈夫かよ」


おい、腕を伸ばされ、思わず手を引っこめる。
彼の視線には、確かに心配するような色が浮かんでいた。


「大丈夫だよ」


いつもどうしていたっけ。
胸が、とても苦しい。


「松川」


自分を呼ぶ声。
本当は、名前で呼ばれたい。

ずっとずっと手の届かない存在でいて欲しい。
そう思わせてくれないと壊れてしまう。

"みやび"
そう呼ぶ優しい声が自分のものにならないことを、思い知る度、胸が張り裂けそうになる。


「言えよ」


姫宮は松川の隣にまわり、背を撫でる。
1年の夏季試合。
あの頃もカッコつけだった自分が、楽勝だと笑いながらも、実はプレッシャーで上手く呼吸を吸えなかった時と同じように。

当時、彼がとても力強く、格好よく見えた。
キラキラと光る彼を、ずっと追うのに必死だった。
隣にいる姫宮はあの頃よりずっと格好よくなって、自分はあの頃より、彼を、ずっとずっと××になった。

だけど、駄目だ。
だからもう優しくしないでくれ。
苦しい。本当に苦しくてたまらない。

撫でられたって落ち着くわけが無い。


「みずきくんって、ぶっちゃけ」


乱れた呼吸を整える事は忘れた。
格好悪い所を見られたくなくて、誤魔化すようにクスリと笑う。


「庵野とそーゆー関係っしょ?」


ぽかんとした彼の顔があった。

何を言おうとしてるんだ。
口は止まらなかった。
醜い感情がとめどなく湧き上がって、自分を侵食してゆく。

自分はこれから、彼のせいで沢山苦しむ。
今までだって苦しくて切なくて辛かった。
それなのに彼は、他の奴と幸せになるんだろう。
この想いを伝えるわけにも行かない。

「みずきくんのこと悪く言いたくないけどさぁ」


引きつった笑みを作る。
自分の意思に反して、抑えの聞かなくなった想いを隠すように、言葉を紡ぐ。


「会って2週間もたってない奴とそんな関係になるって、思ったよりアレだよね。しかも男って·····男としてのプライドとか無いのかな?正直、見損なったかも」






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