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松川×姫宮
③
しおりを挟む更衣月と一言二言返し、そのまま行ってしまう。
完全に、何か良からぬ勘違いをされた。
しかも、ただただ軽蔑の眼差しだ。嫉妬とか怒りは全く無い。
庵野は焦って、半ば強引に彼女たちを引き剥がし、姫宮の後を追った。
「みずき先輩!」
「·····。」
姫宮が振り返る。
見返り美人ってこのことを言うのかもしれない。
「時間がある時に、お話できませんか?俺はいつでm·····」
「悪い、体調あんま良くねーから」
間髪入れない回答に玉砕する。
ここ数日、姫宮は前にも増して素っ気ない。
そしてどこが元気がない。
あっけなくフラれた庵野は、颯爽と立ち去る姫宮の背中を眺め、諦めて踵を返す。
後ろには同じように姫宮に玉砕した更衣月がいた。
目が合うと腹が立つほど気まずかった。
「あ?見てんじゃねぇよ」
「こっちのセリフだ」
2人して悪態をつく。
そして2人して、がっくりと方を落としながら階段を下って行ったのだった。
『正直見損なったよ』
友人、松川が先日自分に放った言葉はあまりに予想外なものだった。
姫宮は言葉の通り、まさに言葉を失った。
日本語のはずだが、なかなか頭に入ってこなかった。
彼の後ろ姿が見えなくなった頃、やっと、しっかりと意味を理解出来た。
彼とは、出会って三年目になる。
へらへらチャラチャラとしているのは見かけだけ。
実は人一倍気遣いが出来て、努力家だった。
格好つけるのが好きで、意外と自分のことは語らない。
軽口を叩いたりふざけて見せたり、誤魔化しながら時には本音をこぼして、それでもいつでも真っ直ぐ自分を見つめてくる。
なんだかんだ真面目な奴。
どんな時も、信用してくれていると感じることの出来る相手だった。
そんな彼が、自分を見損なったらしい。
昔から、何故か自分は目立つ存在で、良くも悪くも人々の注目を集めてきたと思う。
時には、アイドルみたいに騒がれて、何かと自分を語りたがる人間もいた。
自分と話したことの無い人間が、アレは彼らしくなかったとか、こういうこと言うと思わなかったとか。
自分は芸能人でも偉人でもない。
勝手に期待されたり決めつけられるのは嫌だったが、中々わかって貰えなかった。
なら、それでもいいと思うようになったのは、中学に上がった頃くらいからだ。
いちいち気にしていても埒が明かない。
信念を持って、後ろ指さされることがないように。もし刺されたとしても、自分が自分を嫌いにならないよう、正直な人間でいよう。そう決めていた。
姫宮がバスケ部に入ってすぐ、実力が認められ、レギュラーへ異例の仲間入りをした頃。
当時、3年生の1人に、しつこく言い寄られていた。
姫宮は相手にしなかった。
それからまもなくして、事件が起こった。
「姫宮、まじで次の試合でるらしいよ」
「あいつ、頑張ってたからな」
ベンチの先輩たちが、更衣室でガヤガヤと盛り上がっていた。
その中の1人が、割り込むようにして告げた。
「けど姫宮みずきって、俺らベンチのことバカにしてるよな」
「·····は?」
何度も言いよってきた3年だった。
「んでガチゲイらしいぜ。まぁ見た目からして妙にそんな感じの漏れてるよな」
彼の口は止まらなかった。
あっけに取られてそれを聞いている他の部員と、扉の向こうにちょうど居合わせた姫宮。
よく話したことも無いでかい先輩たちの群れ。
ただでさえレギュラー入りしたばかりで、謙虚に接していた姫宮は、部屋に入ることを躊躇い、立ち止まっていた。
今まで勝手な噂を流されたり、あることないこと言う奴はいたが、ここまで酷いのは初めてだった。
悔しさに似た感情に、溺れそうになった。
その場を離れようとした時だった。
「いやいやいやいや、嘘はやめてくださいよ万年ベンチ先輩」
調子のいい声がその場に響いた。
「···んだお前?」
姫宮を貶していた三年が、ドスをきかせる。
しかし明るい声は、ペラペラと先を続けた。
「姫宮クンに朝から晩までしつこく言いよってるって有名っすよね先輩。前は同じクラスの○✕さんストーカーしてたらしいじゃん。しかも自分だってベンチのくせにこの前同じベンチの先輩達のことバカにしてんのばれて監督に説教くらって半泣きだっじゃないすか。え、さっきの姫宮クンについて言ってたことって自虐も混じえた自己紹介っすか?流行んないっすよ~」
なんなら、証人はストーカーされてたっつー人も監督だっているんすよ、と。
弾丸のような言葉の攻撃を続け、しまいには、イタタター、なんて脇腹を抱えて笑っている。
「は、お前、何言って·····んなわけねーだろ!」
怒鳴りかけた男の声は、ほかの3年にかき消された。
「·····もう良いよ、お前の話聞き飽きたから」
「ほんと恥さらしだな」
どうやら、この手のことは初めてではないようだ。
ぷっ、と笑ったのは、先程饒舌だった人間。
あんなふうに人を馬鹿にして、楽しそうにしている人間を初めて見た。
そして彼のそんな声に救われた。
その日から、姫宮は松川という人物に特別注目するようになった。
なんの用も無いのにいつでも傍にいたり、何を求めるわけでもなく自分に尽くそうとする松川。
彼を不思議に思っていた。
他の友人と同じようで、なんだか違う距離感だった。
後日礼を言うと、彼はまたあははと笑っていた。
「みずきくんは絶対そんなことしないじゃん」
出会って間もない自分の何を知っているのだろう。
でもそれは、今までの適当な評価とはまるきり違う、嬉しいものだった。
そんな彼が、見損なったらしい。
仕方ない。
松川がそう感じたのなら、そうなんだ。
そう思うのに、今までのどんな心無い言葉よりも、それは辛かった。
松川にはわかって欲しかった。
いつも寄り添っていた温もりがいなくなると、教室は涼しく感じた。
「あほらし·····」
窓際に寄りかかり、つぶやく。
生暖かい風が、ワイシャツの間を通り過ぎていった。
「イイよな」
姫宮って。
そう言ったのは、格闘技選手にでも居そうなほどガタイのいい荒井。
隣の松川は、これ以上ないほどゴミクズを見るような視線を向けてきた。
「·····。」
まさかお前も、と言いたげな彼。
「いや違ぇよ」
荒井は吹き出した。
部活動後、教室へスマートフォンを忘れた松川と、暇を潰している新井。
2人は意味もなく、教室に居残っていた。
荒井はスポーツドリンクを飲み干しながら、ひとしきり笑い終わる。
数日前から、松川の様子はどこか腑抜けている。
その原因は、彼の脳内の大半を占めている姫宮が原因だろう。
3日前から松川と姫宮は口を聞いていない。
松川が日々疲弊していっているのは、目に見えて分かった。
「マジのガチなやつだったんだなお前」
ボソリと呟いた荒井の言葉に、松川は「トートロジー乙」と、揚げ足を取る。
暗くなった窓の向こうを眺める目は、なんだか泣き出しそうにも見えた。
「姫宮と何かあったろ」
参ったものだ。
取り敢えずストレートに、そう言ってみる。
「だったら何?」
松川はやはり薄っぺらい笑みを崩さない。
いくらか辛い時こそ、良く見せようとする友人だ。
女々しいが、ここまで来ると寧ろ逞しいきもする。
「お前それ大丈夫なん?死ぬべ」
ナルシストなこじらせ片思い男は、実はめちゃくちゃな天邪鬼だ。
姫宮に嫌われた日には首吊って死ぬ、なんてガチで言っていたような人間である。荒井は割と冗談抜きで聞いた。
「いや、なんかもう、どうでも良くなったって言うか」
そーゆーのじゃなくなったんだよね、と言った松川の声は、力がなかった。
「熱、冷めたんだよね。みずきくんって俺が思ってたような人じゃなかったっぽいし」
「お前」
荒井の低い声が、1度松川を咎めるように呟き、それからため息に変わった。
「言やいいじゃん」
「·····」
「どうせ、誰も聞いてねぇよ」
松川はそっと自分の頬に触れる。
生暖かく濡れていた。
椅子にどっかりと腰を下ろした荒井は、こちらを見ていなかった。
「今更、じゃあ、どうすれば良かったんだろ」
言葉を探した松川の口から、とめどなく溢れそうになるのは、姫宮への想いと後悔だった。
「俺が壊した、作ってきたもの全部、俺が、みずきくんを傷つけたんだ。俺が」
続けた言葉は、夜の空気にふるえている。
唾液と一緒に昂りを飲み込む。
だから、本当に、と、繰り返した唇は、小さく痙攣していた。
「だからほんと·····好きだったんだよ」
初めて口にした本心。
しばらくの沈黙の間、荒井はまるで聞こえていないかのようにスマートフォンに意識を向けていた。
そして、不意に口を開く。
「───だってよ、姫宮」
「··········は?」
ここには居ないはずの人物に向けられた言葉。
静かに戸の開く音がした。
嫌な予感は的中した。
「悪ぃけど、埒開かねーし、俺が呼んだ」
新井は悪びれる様子もない。
扉の前に立っているのは、姫宮だった。
「·····。」
彼は幻のようにそこへ立っていて、それにしては存在感が強すぎる。
「なんで·····」
松川は次の瞬間、姫宮の横を通り抜け走り出した。
「松川!」
この前は追いかけてこなかった彼。
もうとっくに自分のことなど忘れて、他の人間とつるんでいるふうに見えた。
「待てよ!」
なぜ追いかける?
何も話すことなど無いはずだ。
オマケに、今の話だって聞いていたなら、嫌われたに決まっている。
ずっと隣にいたやつがそういう目で見ていたなんて、気持ち悪くて仕方ないだろう。
使われていない多目的室に入った松川は、とうとう足を止めた。
後ろから、扉の閉まる音がした。
「松川」
頼むからこれ以上、惨めにしないで欲しい。
そっと離れようとおもう。
だから、彼本人から拒絶の言葉なんて、聞きたくはなかった。
「·····ごめん」
果たして、姫宮から紡がれた言葉は、静かな謝罪だった。
「·····え?」
振り返った先には、いつもと変わらず自分を見る、姫宮がいた。
何に対する謝罪なのかはわからなかった。
それなのに、その言葉に許されたような気がして、安堵する。
松川はその場にしゃがみこんだ。
「何、これ···何このシチュエーション、おかしすぎっしょ」
「だな」
かえってきたのは、いつもと同じような、適当な返答。
けどさ、と、姫宮が続けた。
「俺、意味わかんねぇままお前に嫌われてんのは嫌だよ」
松川の方は参ってしまった。
彼が好きだ。
だから、自分はずっと彼の傍にいたい。
「みずきくん、俺さ」
彼を、もう決して傷つけたりしない。
姫宮みずきが大好きだ。
「庵野と仲良くしてるみずきくん見て、俺のポジ奪われたような感じしてたんだよね。この前言ったのは、ただのヤキモチで、全然本心じゃない···本当、ごめん。んな事言うの、正直めっちゃ恥ずいんだけど···俺みずきくんのこと」
今後、この選択に何度も後悔するかもしれない。
けれど迷うことはなかった。
「まじで親友だと思ってたからさ」
「·····。」
「ごめんね、みずきくん·····」
これでいいんだ。
落ち着いてきた目元をそっと確認して、顔を上げる。
「だからこれからも、親友でいてよ」
「当たり前だろ」
儚く散った桜と、新しい新芽。
伸ばされた手を握り返しながら、松川は立ち上がった。
石鹸のような柔軟剤の香りに、また目元がツンとした。
「俺も、下の名前で呼んで欲しいな」
その要求に、隣の親友はぶっと吹き出す。
「んだそれお前」
「もしかして俺の名前忘れたとか?」
「なわけねぇだろ」
窓から、いくつか星が見える。
廊下はもうほとんど暗くて、教室に近づくにつれて、呻くようなイビキが聞こえてきた。
「恭弥」
松川は少し立ち止まった。
そして、少し駆け足に進みだした。
──────番外【松川×姫宮】おわり。
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ありがとうございます😆
確実にそうなりますよね((゚艸゚)フフフ
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\(* ¨̮*)/\(*¨̮ *)/
退会済ユーザのコメントです
受けは男らしい聖母()をイメージしました