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第4章
第5話『美しき女性との出会い』
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《SRside》
よく晴れた朝方のこと。いつものように、《雪華宮》にて、皇后としての執務を果たしていたとき。
「皇后陛下、失礼致します」
「ラリサ。こんな朝からどうしたの?」
桃花色の瞳が美しく見開かれ、視線がかち合う。
「少し、お時間よろしいでしょうか」
「?………もちろん」
「その、実は…」
ラリサの言葉により、おれは《雪華宮》にある応接間へとやって来ていた。宮の管理者でありながらも、恥ずかしいことに応接間を使うのは今日が初めてだ。
「皇后陛下。お忙しい中お尋ね致しましたこと、どうかお許しくださいませ」
深い青を基調としたソファーに腰掛けながら、深々と頭を下げた女性。礼の仕方にも言葉遣いにも、洗練されたものを感じられる。
背までふわりと滴り落ちるカフェオレのような柔らかい茶色、柴染色の巻き髪に、淡いピンク色に染められたリボンを着けている。長い睫毛の下の桜色の双眸は、とても大きく優しげな印象を与えている。身に纏った服は、アーサー大帝国の魔法士であることを意味している。
「構いません」
「ありがとうございます」
花が綻ぶように笑う女性。
「私は、ミューゼ・レイチェル・ギアヌ・デディードと申します。以後お見知り置きを」
ミューゼ・レイチェル・ギアヌ・デディード。僅か二十という歳にして、先代の死去により名門デディード大公家の当主となった女性だ。あの陛下も認めるほどの魔法の天才。《桜花の大魔女》という異名でも知られている。魔法を志す者であれば、誰しもが一度は憧れる存在だ。
魔法の腕に加えて、この美貌。恐ろしいほどの女性だ。
デディード大公は、そっと微笑んで口を開く。
「まずは、御結婚、大変おめでとうございます」
「ありがとうございます、デディード大公」
「どうぞミューゼとお呼びください」
胸に手を当ててそう言ったデディード大公。有無を言わないような純粋な微笑みに、おれは何も言えなくなる。
ここは、素直に従っておいた方が良さそうだ。
「では、ミューゼ嬢とお呼び致します」
「はい!」
心底嬉しそうに笑うミューゼ嬢に、毒気を抜かれるような気分を感じる。
上級の中でも更に上級の貴族には、珍しい純粋型、素直型の御令嬢だね…。見た目だけではなく、心の内側まで綺麗なんだろう。こんな御方こそが、陛下に相応しいのでは…?
そう思わざるを得ないような女性の存在。マイナスな思いを拭い去るように、首を軽く左右に振る。
「ところで、ここへは何用で?」
「陛下より皇后陛下に挨拶を、との御命令を賜りましたので、足を運んだ次第にございます」
「それは…わざわざ御足労ありがとうございます」
頭を下げたおれに、ミューゼ嬢はブンブンと両手を振って、それを否定した。
「そんなっ、!私も皇后陛下にお会いしたいと思っておりましたので!仕事もサボれるし良い機会にございます!」「………………」
「あ……………」
ミューゼ嬢は、自身の失言にすぐに気が付き、しまった…という表情を浮かべる。
このような御方も仕事をサボりたいんだ…。
「失言でした…。失礼致しました…」
すぐに反省する構えを見せたミューゼ嬢。あまりにも素直で可愛らしいため、おれは思わず笑いを零してしまった。
こんな可愛い人を見るのは、初めてだな。
「何も問題ありませんよ。どうか気になさらないでください」
安心させるようにそう言うと、ミューゼ嬢は驚きに満ちた顔をする。そして、見る見るうちに頬を赤らめて、本音を漏らすように桜色の唇を開いた。
「本当に、お美しいです…皇后陛下」
「戯言はよしてください。ミューゼ嬢」
「いいえ…。貴方様のような素晴らしき御方が、陛下の奥方様で、本当に良かった…」
目尻を下げ、何処か悲しげに笑うミューゼ嬢に、おれは多大なる違和感を感じ取った。ついさっき見せてくれたような笑みとは、まるで違ったから。
どうして、そんな悲しい顔をして笑うわけ?まさか、ミューゼ嬢、陛下のことが………。いいや、そんなわけない。
陛下に曲がりなりにも想いを寄せている、ラティファールに感じる思いとはまた別の感情。心の中を渦巻きながら埋め尽くす、モヤモヤとする渦におれは気持ち悪くなる。
「皇后陛下。陛下に仕える一人として、心よりお願い申し上げます。陛下のこと、どうぞよろしくお願い致します」
再び、深々と頭を下げる。
ミューゼ嬢が陛下に向ける思いは、尊敬か。敬愛か。はたまた恋情か。それを知るのは、今ではない。まだ先の話。アーサー大帝国の皇帝ともあろう御方が、皇妃を迎えないとは思えない。二人目の妻を迎えるとしたら、もしかしたら彼女も候補に入ってくるのかもしれない。
おれはそう感じ取りながら、作り笑顔を浮かべる。
「お任せください。微力でしょうけれど、必ずやお力になりましょう」
そう言えば、ミューゼ嬢は、安心し切った表情を見せてくれた。
ミューゼ嬢が陛下にどのような想いを抱いていようとも、おれには関係ないこと。それなのに、こんなにも気になるのは、どうして…?
。❅°.。゜.❆。・。❅。
よく晴れた朝方のこと。いつものように、《雪華宮》にて、皇后としての執務を果たしていたとき。
「皇后陛下、失礼致します」
「ラリサ。こんな朝からどうしたの?」
桃花色の瞳が美しく見開かれ、視線がかち合う。
「少し、お時間よろしいでしょうか」
「?………もちろん」
「その、実は…」
ラリサの言葉により、おれは《雪華宮》にある応接間へとやって来ていた。宮の管理者でありながらも、恥ずかしいことに応接間を使うのは今日が初めてだ。
「皇后陛下。お忙しい中お尋ね致しましたこと、どうかお許しくださいませ」
深い青を基調としたソファーに腰掛けながら、深々と頭を下げた女性。礼の仕方にも言葉遣いにも、洗練されたものを感じられる。
背までふわりと滴り落ちるカフェオレのような柔らかい茶色、柴染色の巻き髪に、淡いピンク色に染められたリボンを着けている。長い睫毛の下の桜色の双眸は、とても大きく優しげな印象を与えている。身に纏った服は、アーサー大帝国の魔法士であることを意味している。
「構いません」
「ありがとうございます」
花が綻ぶように笑う女性。
「私は、ミューゼ・レイチェル・ギアヌ・デディードと申します。以後お見知り置きを」
ミューゼ・レイチェル・ギアヌ・デディード。僅か二十という歳にして、先代の死去により名門デディード大公家の当主となった女性だ。あの陛下も認めるほどの魔法の天才。《桜花の大魔女》という異名でも知られている。魔法を志す者であれば、誰しもが一度は憧れる存在だ。
魔法の腕に加えて、この美貌。恐ろしいほどの女性だ。
デディード大公は、そっと微笑んで口を開く。
「まずは、御結婚、大変おめでとうございます」
「ありがとうございます、デディード大公」
「どうぞミューゼとお呼びください」
胸に手を当ててそう言ったデディード大公。有無を言わないような純粋な微笑みに、おれは何も言えなくなる。
ここは、素直に従っておいた方が良さそうだ。
「では、ミューゼ嬢とお呼び致します」
「はい!」
心底嬉しそうに笑うミューゼ嬢に、毒気を抜かれるような気分を感じる。
上級の中でも更に上級の貴族には、珍しい純粋型、素直型の御令嬢だね…。見た目だけではなく、心の内側まで綺麗なんだろう。こんな御方こそが、陛下に相応しいのでは…?
そう思わざるを得ないような女性の存在。マイナスな思いを拭い去るように、首を軽く左右に振る。
「ところで、ここへは何用で?」
「陛下より皇后陛下に挨拶を、との御命令を賜りましたので、足を運んだ次第にございます」
「それは…わざわざ御足労ありがとうございます」
頭を下げたおれに、ミューゼ嬢はブンブンと両手を振って、それを否定した。
「そんなっ、!私も皇后陛下にお会いしたいと思っておりましたので!仕事もサボれるし良い機会にございます!」「………………」
「あ……………」
ミューゼ嬢は、自身の失言にすぐに気が付き、しまった…という表情を浮かべる。
このような御方も仕事をサボりたいんだ…。
「失言でした…。失礼致しました…」
すぐに反省する構えを見せたミューゼ嬢。あまりにも素直で可愛らしいため、おれは思わず笑いを零してしまった。
こんな可愛い人を見るのは、初めてだな。
「何も問題ありませんよ。どうか気になさらないでください」
安心させるようにそう言うと、ミューゼ嬢は驚きに満ちた顔をする。そして、見る見るうちに頬を赤らめて、本音を漏らすように桜色の唇を開いた。
「本当に、お美しいです…皇后陛下」
「戯言はよしてください。ミューゼ嬢」
「いいえ…。貴方様のような素晴らしき御方が、陛下の奥方様で、本当に良かった…」
目尻を下げ、何処か悲しげに笑うミューゼ嬢に、おれは多大なる違和感を感じ取った。ついさっき見せてくれたような笑みとは、まるで違ったから。
どうして、そんな悲しい顔をして笑うわけ?まさか、ミューゼ嬢、陛下のことが………。いいや、そんなわけない。
陛下に曲がりなりにも想いを寄せている、ラティファールに感じる思いとはまた別の感情。心の中を渦巻きながら埋め尽くす、モヤモヤとする渦におれは気持ち悪くなる。
「皇后陛下。陛下に仕える一人として、心よりお願い申し上げます。陛下のこと、どうぞよろしくお願い致します」
再び、深々と頭を下げる。
ミューゼ嬢が陛下に向ける思いは、尊敬か。敬愛か。はたまた恋情か。それを知るのは、今ではない。まだ先の話。アーサー大帝国の皇帝ともあろう御方が、皇妃を迎えないとは思えない。二人目の妻を迎えるとしたら、もしかしたら彼女も候補に入ってくるのかもしれない。
おれはそう感じ取りながら、作り笑顔を浮かべる。
「お任せください。微力でしょうけれど、必ずやお力になりましょう」
そう言えば、ミューゼ嬢は、安心し切った表情を見せてくれた。
ミューゼ嬢が陛下にどのような想いを抱いていようとも、おれには関係ないこと。それなのに、こんなにも気になるのは、どうして…?
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