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第5章

第1話『思わぬ訪問者』

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《SRside》

 アーサー皇城に反逆者がいると知ってから一週間。
 おれは、毎晩陛下の部屋で過ごしている。おれが眠った後にベッドに入って来て、起きる前にベッドから抜けていく。そんなすれ違いの生活が続いてはいるが、つい先日、三度目の熱い夜を共にした。

「あらやだ。皇后陛下、顔に出ていますわよ」
「へっ、何が…?」
「昨晩は皇帝陛下とお楽しみだったという思いが、ですわ」

 テレシアは赤い唇を、意地悪に吊り上げて笑った。おれはかぁっと顔を赤らめ、視線を外す。
 陛下。ルカ。噂とは、随分と違う人…。おれのことを気にかけ、おれの身を案じてくれる。妻だから、とも言えるかもしれないが、おれと陛下は初対面で結婚したようなものだし。もしかして、陛下。少しはおれのことを想ってくれているのかな。
 頬が緩むのを必死に堪えるが、テレシアにはバレていたようだ。

「今のは、好きで好きで仕方がないって言った顔ですわね!」
「な、何で分かるの、そんなこと…」
「ふふふ、私を誰だとお思いで?」

 おほほほほ、と口元を隠して、わざとらしく高笑いをするテレシア。と、そこへ「皇后陛下、失礼致します」と、凛とした声が響いた。桃花色の美しい瞳が、キリッとテレシアを睨みつけた。

「また皇后陛下を困らせているのですか?テレシア」
「ラ、ラリサ!違いますわよ~!」

 テレシアは、ラリサの咎めるような視線と声色から必死に逃れようとしている。ラリサは、小さく溜息を着いて、おれへと視線を移した。思わずビクッと体を反応させてしまう。

「皇后陛下にお会いしたいと仰るお客様がお見えでございます」
「お客様…?」

 ミューゼだろうか、と思うが、つい先日も話したから、違うだろう。わざわざおれを訪ねて来る人が、いるなんて…。

「アイシクル王国第三王子殿下、レグべルーグ次期公爵にございます」
「っ…!?」

 おれは、思わず息を呑む。カタカタと手が震える。先程まで子供のようにはしゃいでいたテレシアも、黙って何かを考え込んでいる。
 ラティファールとエドュアルドが、今《雪華宮》に来ているというの?おれに何の手紙もよこさず?

「失礼ですが、皇后陛下。彼らには会うべきではないと私は思いますわ」
「こればかりはテレシアに同意です。今すぐにでも断りましょう」

 テレシアとラリサがおれに訴えかける。彼女たちの言う通りなのかもしれない。でも、ここで会わなければ、おれが逃げたことになる。ラティファールからも、エドュアルドからも、そして自分自身からも。万が一、殺されそうになったとしても、おれには神霊術がある。常に気を張っていれば、詠唱を唱える時間くらい確保できるだろう。
 本当にラティファールがおれを殺そうとしている首謀者なのか。そして、エドュアルドへの想いは消え去ったのか。自分で確認しなければ…。
 おれはもう、アーサー大帝国の皇后。気高きアーサー皇帝を支えるたった一人の妻だ。恐れるものなど、何もないだろう________。
 おれは無言で立ち上がり、準備をし始める。

「こ、皇后陛下…」
「会うと伝えて。応接間…いえ、まで案内を」

 意思の揺るがない強い言葉に、テレシアとラリサは深々と頭を下げた。
 応接間になんて通す必要はない。今のおれは、本来ならばラティファールとエドュアルドさえも、会うことを許されないほどの身分なんだから。弱気でいって、隙を見せてはいけない。
 結婚式以来の冠を被り、絶対的強者であることを示唆する青いマントを羽織る。マントを引き摺らないよう、アリスがマントを持ち上げ、一歩また一歩と歩き出す。
 玉座の間まで着くと、大きな両開きの扉が開かれ、中へと促された。中央の青で統一された玉座へと腰をかけ、かなり離れた位置で頭を垂れる二人を目に入れる。

「面をお上げください」

 ラリサの言葉と同時に、二人は顔を上げた。
 会うのは数月ぶりだが、全くあの頃と変わっていない。

「お久しぶりですね、スティーリア兄様。お会いできて嬉しいです」

 桃色に色づく唇が、弧を描く。全く嬉しいなどと、思ってはいない笑顔で。黄金の瞳が煌めき、おれを静かに睨みつけている。おれは、動揺することなく、笑顔を返すこともなく、ただ淡々とラティファールを見下ろしていた。

「ラティファール」
「?…はい」
「兄様ではなく、でしょう?」

 そう言うと、ラティファールはただでさえ大きな目を更に大きく見開いて、絶句した。唇をワナワナと震わせ、瞳は信じられない!と訴えかけている。ラティファールの隣にいたエドュアルドも、驚愕の表情を浮かべていた。
 あなたも、何も変わっていない。格好良かったあの頃のまま、またおれの目の前に現れた。

「皇帝陛下に気に入られたからって…もう一人前に完璧な妻になった気でいるのですか?」

 挑発するような歪んだ顔。エドュアルドの顔の血の気がサァッと引いていくのが分かった。

「嫁入り前なのにも関わらず、その体を使って皇帝陛下に取り入ったくせにっ!!!」

 大声をあげるラティファール。エドュアルドが声を発しようとしたその瞬間、ラティファールの体が一瞬で地へと沈んだ。小さな叫び声を上げて地に伏せるラティファール。あまりにも一瞬のことに、隣のエドュアルドも反応できなかったようだ。

「皇族への侮辱は謹め」

 凛とした美しい声。臙脂色の髪が衝撃に靡き、翡翠色の瞳は足元のラティファールを睨みつけていた。


「ツィンクラ卿…」





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