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第8章
第5話『夢の中の人』
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《SRside》
ふと目を開けると、そこは見たこともない場所だった。
一面に広がるそこは、大小、色、何から何まで一つ一つ違う花々で埋め尽くされていた。
圧巻の景色に、おれは思わずその場に立ち尽くし、見惚れる。
「綺麗…」
ぽつりと一人呟く。
こんなに美しい場所は、初めて見るかもしれない。それほどまでに大変美しく、優しい雰囲気を感じられる場所だった。心地の良い空間。何処か懐かしさも感じる。これは、まるで………。
「スティーリア」
凛とした女性の声が背後から聞こえた。脳内に反響するように何度も響く。
おれは、この声の主を知っている。酷く懐かしい遠い記憶の中で、確かにその声の主はいた。振り返るのが怖い。だけど本物かどうか確かめたい。少しの恐怖と、好奇心。
おれはゆっくりと、振り返った。
「母、上」
そう呼ぶと、女性は彫刻のように美しい顔を綻ばせた。
エティカリーテ・ナーリア・ジェアダ・アイシクル。アイシクル王国王妃であり、おれの実の母。そして、クロスウェル帝国現皇帝の姉君でもある。
毛先にかけウェーブがかった月白色の髪が、ふわふわと風に揺れる。おれと同じ、白菫色の瞳は、優しさを溢れさせていた。頭に授かったままのティアラは、王妃の象徴を物語っている。皮肉なことに、ドレスは、殺されたときの物だった。赤い鮮血が目立つ、白を基調としたドレスのまま。
母上がいらっしゃるということは、もしかしたらここは天上の世界なのかもしれない。おれは、死んでしまったの?熱を出して?あの世界に、陛下を置き去りにして…?
「久しぶりに母に会ったというのに、あなたは他の人のことを考えているのですね」
「母上…」
「母は知っています。あなたが、どれほどその御方のことを考えているのかを、想っているのかを。母もそうでしたから」
母上はそっと悲しそうに微笑み、おれの元へと近づいてくる。
こうして見ると、本当に現実味がない。だけど、ちゃんと、母上だ。この世にたった一人しかいない、おれの母上。
目頭が熱くなるのを感じる。それに気がついた母上が、おれの頬に手を添えた。ひんやりと浸透するような冷たさに、ビクリと体が震える。
その体温を感じ、おれは嫌でも再度理解した。母上は、もうとっくの昔に死んでいるのだと。この場所は、驚くくらいに暖かいのに、母上は冷たい。
「いつも見ておりました、あなたのことを。苦労を、かけましたね…」
「っ……母上っ!」
おれは、思わず母上に抱き着く。母上は三人も産んだとは思えないほどの奢な体で、おれを抱き留めてくれた。
「申し訳ございませんでした…。おれの、おれのせいで…。守れていたはずなのにっ!」
「スティーリア。世界は知っています。私が死んだのは、あなたのせいではありませんよ。何も悲しむことはないのです」
母上の小さな手がおれの背中を優しく撫でる。こんなにも安心感を感じられるだなんて…。
「それに、あなたの力はとても強力です。使うのは良いですが、正しい使い方をするように。良いですね?」
「は、い…母上…」
「そろそろ、時間のようです。スティーリア。あなたが想う御方と後悔のない時間を過ごしてくださいね」
白菫の瞳が細められる。母上の体が消えかかっているのを見て、おれは必死に縋りついた。
まだ離れたくない。まだ、まだ話したいことがたくさんあるのに!せっかく会うことができたのに!母上!!!
突如、涙で霞む視界が暗転する。
「はは、うえ………!」
最後の最後で母を呼ぶと、パッと目前が晴れ渡ったかのように明るくなった。
ズキンズキンと痛む頭を押さえ、起き上がる。そこは、見慣れた自室だった。ふと自身の右手に違和感を感じ、そこへ目を向けると、何と誰かがおれの手を握っていた。その人物は、というと…。
「陛下…」
陛下が隣で眠っていたのだ。絹のようにサラサラな金糸がシーツの上に散らばっている。肩を上下させていることから、まだ眠っているのだろう。随分と幼く見える陛下の寝顔を拝みながら、握ってくれていた手に御礼を伝えようと、手の甲にキスをした。
サイドテーブルに置いてある物を見ても分かる通り、陛下が一晩中看病をしてくれていたのだろう。どうしようもなく愛おしく感じたおれは、もう一度陛下の隣に寝転ぶ。
「陛下。陛下のおかげで随分と良くなりました…。ありがとうございます」
眠っているから聞いていないだろうけど。
そう思っていると、パチリと瞳が開いた。
「もう良くなったのか?スティーリアよ」
「へ、陛下…。起きていらっしゃったのですか?」
「馬鹿言え。おれはいつも起きている」
「………………」
そんなわけないんだけどな、と思いながらも愛想笑いを浮かべる。
「信じておらん顔だな。おまえが母を呼んだときから起きているというのに」
「えっ…!?」
驚いて大きな声を上げてしまう。おれはすぐに恥ずかしくなり、謝罪をした。
「母に会ったのか?」
「………はい。夢の中で…」
頷くと、陛下は朝に相応しい柔らかな笑みを浮かべ、「そうか」と呟いたのだった。
陛下の見せた、慈悲深い表情に胸が高鳴るのを感じながら、陛下の厚い胸元へと擦り寄ったのだった。
。❅°.。゜.❆。・。❅。
ふと目を開けると、そこは見たこともない場所だった。
一面に広がるそこは、大小、色、何から何まで一つ一つ違う花々で埋め尽くされていた。
圧巻の景色に、おれは思わずその場に立ち尽くし、見惚れる。
「綺麗…」
ぽつりと一人呟く。
こんなに美しい場所は、初めて見るかもしれない。それほどまでに大変美しく、優しい雰囲気を感じられる場所だった。心地の良い空間。何処か懐かしさも感じる。これは、まるで………。
「スティーリア」
凛とした女性の声が背後から聞こえた。脳内に反響するように何度も響く。
おれは、この声の主を知っている。酷く懐かしい遠い記憶の中で、確かにその声の主はいた。振り返るのが怖い。だけど本物かどうか確かめたい。少しの恐怖と、好奇心。
おれはゆっくりと、振り返った。
「母、上」
そう呼ぶと、女性は彫刻のように美しい顔を綻ばせた。
エティカリーテ・ナーリア・ジェアダ・アイシクル。アイシクル王国王妃であり、おれの実の母。そして、クロスウェル帝国現皇帝の姉君でもある。
毛先にかけウェーブがかった月白色の髪が、ふわふわと風に揺れる。おれと同じ、白菫色の瞳は、優しさを溢れさせていた。頭に授かったままのティアラは、王妃の象徴を物語っている。皮肉なことに、ドレスは、殺されたときの物だった。赤い鮮血が目立つ、白を基調としたドレスのまま。
母上がいらっしゃるということは、もしかしたらここは天上の世界なのかもしれない。おれは、死んでしまったの?熱を出して?あの世界に、陛下を置き去りにして…?
「久しぶりに母に会ったというのに、あなたは他の人のことを考えているのですね」
「母上…」
「母は知っています。あなたが、どれほどその御方のことを考えているのかを、想っているのかを。母もそうでしたから」
母上はそっと悲しそうに微笑み、おれの元へと近づいてくる。
こうして見ると、本当に現実味がない。だけど、ちゃんと、母上だ。この世にたった一人しかいない、おれの母上。
目頭が熱くなるのを感じる。それに気がついた母上が、おれの頬に手を添えた。ひんやりと浸透するような冷たさに、ビクリと体が震える。
その体温を感じ、おれは嫌でも再度理解した。母上は、もうとっくの昔に死んでいるのだと。この場所は、驚くくらいに暖かいのに、母上は冷たい。
「いつも見ておりました、あなたのことを。苦労を、かけましたね…」
「っ……母上っ!」
おれは、思わず母上に抱き着く。母上は三人も産んだとは思えないほどの奢な体で、おれを抱き留めてくれた。
「申し訳ございませんでした…。おれの、おれのせいで…。守れていたはずなのにっ!」
「スティーリア。世界は知っています。私が死んだのは、あなたのせいではありませんよ。何も悲しむことはないのです」
母上の小さな手がおれの背中を優しく撫でる。こんなにも安心感を感じられるだなんて…。
「それに、あなたの力はとても強力です。使うのは良いですが、正しい使い方をするように。良いですね?」
「は、い…母上…」
「そろそろ、時間のようです。スティーリア。あなたが想う御方と後悔のない時間を過ごしてくださいね」
白菫の瞳が細められる。母上の体が消えかかっているのを見て、おれは必死に縋りついた。
まだ離れたくない。まだ、まだ話したいことがたくさんあるのに!せっかく会うことができたのに!母上!!!
突如、涙で霞む視界が暗転する。
「はは、うえ………!」
最後の最後で母を呼ぶと、パッと目前が晴れ渡ったかのように明るくなった。
ズキンズキンと痛む頭を押さえ、起き上がる。そこは、見慣れた自室だった。ふと自身の右手に違和感を感じ、そこへ目を向けると、何と誰かがおれの手を握っていた。その人物は、というと…。
「陛下…」
陛下が隣で眠っていたのだ。絹のようにサラサラな金糸がシーツの上に散らばっている。肩を上下させていることから、まだ眠っているのだろう。随分と幼く見える陛下の寝顔を拝みながら、握ってくれていた手に御礼を伝えようと、手の甲にキスをした。
サイドテーブルに置いてある物を見ても分かる通り、陛下が一晩中看病をしてくれていたのだろう。どうしようもなく愛おしく感じたおれは、もう一度陛下の隣に寝転ぶ。
「陛下。陛下のおかげで随分と良くなりました…。ありがとうございます」
眠っているから聞いていないだろうけど。
そう思っていると、パチリと瞳が開いた。
「もう良くなったのか?スティーリアよ」
「へ、陛下…。起きていらっしゃったのですか?」
「馬鹿言え。おれはいつも起きている」
「………………」
そんなわけないんだけどな、と思いながらも愛想笑いを浮かべる。
「信じておらん顔だな。おまえが母を呼んだときから起きているというのに」
「えっ…!?」
驚いて大きな声を上げてしまう。おれはすぐに恥ずかしくなり、謝罪をした。
「母に会ったのか?」
「………はい。夢の中で…」
頷くと、陛下は朝に相応しい柔らかな笑みを浮かべ、「そうか」と呟いたのだった。
陛下の見せた、慈悲深い表情に胸が高鳴るのを感じながら、陛下の厚い胸元へと擦り寄ったのだった。
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