あの部屋でまだ待ってる

名雪

文字の大きさ
1 / 13

一話

深夜二時。

この部屋には、まだひとり。
恋人は、今日も仕事仲間と飲みに行ったらしい。

高校時代からの付き合いだ。
彼は昔からよくモテて、女遊びが激しかった。

同性を好きになったことなんて初めてで、諦めるために告白をした。
あの時はまさか、OKを貰えるなんて思っていなかった。

……あの人は今も、本当は異性が好きなことを知っている。

ガチャリ。扉が鳴った。

「……!おかえり」

現れたのは長身の男。
飲んできたと言うのに、顔色は素面の時と変わらない。

「お前、ここで待ってたの?」
「うん……」
「犬かよ」

さっさと上がって行ってしまう。
慌てて追いかけて、鞄を預かった。

「何か、食べる?」
「腹一杯」
「そう……。お風呂はもう沸いてるよ」

そのまま、脱衣所へ入っていった。

「はぁ……」

鞄を持ったまま、脱ぎ捨てられた靴を揃え、ダイニングに入った。
テーブルの上には、ラップの掛かった料理の数々。

オムライス、スープ、サラダ。ビールとツマミも用意していた。
皿を運んで、冷蔵庫にしまう。最近は、いつもこの調子だった。

ソファに座り、テレビを付ける。
興味もないニュース番組を垂れ流した。

――おい、コイツに手出してんじゃねぇよ!
――お前、名前は?……ルカ、よろしくな。
――なぁルカ。映画行こうぜ。
――料理、上手いんだな。

かつての記憶が過ぎる。楽しかったあの頃。
変わってしまったのはあの人か、それとも僕の方なのだろうか。

小さく水の音が聞こえた。
彼はまだ、シャワーを浴びているようだ。

さっき置いた鞄の中を覗く。
弁当箱と空のペットボトルを取り出した。

――ピコン。

突然、電子音が響く。
鞄の中から聞こえた。彼のスマートフォンだ。

画面が見えないように、そっと取り出す。
メッセージアプリの通知音だった。……こんな時間に、誰?

きっと職場の人だ。
あの人はさっきまで、仕事仲間と飲んでいたのだから。そのお礼の連絡か何かだろう。

整理される思考と裏腹に、心拍数は上がっていく。
勝手に見るなんて。でも、もしだったら。

もしかして。そんな訳ない。不安と否定の言葉を、繰り返す。
だがスマホを持った手は次第に、画面の方へと傾いていた。

――大丈夫、大丈夫だから。少し、確認するだけ……!

ひと思いに、スマホを裏返した。画面に目をやる。

――【マナ】今日はありがとうございました!とっても良かったです♡

女性の名前。語尾に付けられたハートマーク。
絶望が全身を駆け巡った。――浮気、してる?
 
ガラガラッ、と風呂場の扉が開く音がした。
慌ててスマホを鞄の中に戻す。

そして、そっと振り返った。彼はタオルで髪を拭きながら、居間へやってくるところだった。

「ルカ、麦茶」

……よかった。バレていないようだ。
キッチンへ向かい、冷蔵庫から麦茶の容器を取り出す。

ソファに座った彼は、テレビのチャンネルを切り替えた。
バラエティ番組の笑い声が、リビングに響く。

机にコップを置いて、彼に向き直った。

「……ねぇ、今日はどこで飲んできたの?」

あくまで、探りを入れるだけに留める。

メッセージは女性の名前だったけれど、まだ浮気と決まったわけじゃない。
確証が得られるまで、彼を問い詰めたくはなかった。

「何?お前に関係ないから」

テレビから目を離さず、言った。
誤魔化しているのかもしれない。

「それくらい、教えてくれてもいいでしょう?」
「……しつこいな。会社近くの飲み屋だよ」

苛立ちを含んだ声。だが嘘をついている様子はない。
なら、あのメッセージは何?

「そうなんだ……僕、少し外に出てくる」
「は?今から?」

問いかけを無視してリビングを出る。

彼と付き合えているだけで、満足だった。
どれだけ彼の言いなりになっても、僕の元に帰って来てくれるだけで十分。

そう思っていたけれど。

廊下は少し肌寒い。
上着を着たかったけれど、部屋に戻る気にはなれなかった。

靴箱からスニーカーを出し、履く。
靴紐をきつく結び直した。立ち上がり、ドアノブに手を掛け――

「待てよ」

腕を掴まれる。力が強い。

「痛っ!……な、なに?」

冷めきった表情。
腕は、まだ離して貰えない。

「お前、何機嫌悪くなってんの」
「べ、別に機嫌悪くなんか――」
「浮気。俺がしてると思ってる?」

息を飲む。まさか、バレていた?

「……なんで」

喉が張り付いて、うまく声が出ない。
彼は掴んだ手首をドアに押し付け、ゆっくりと近づいてくる。

「顔に書いてある」

耳元で囁かれた。呆れと、面白がるような色が混じった声音。

「お前、分かりやすいんだよ」

目を逸らしたいのに、逸らせない。
それどころか、身じろぎも出来なくなった。

「違う、僕は――」

否定の言葉は、途中で消えた。

「んっ……やめ、っ!」

深くキスされる。
呼吸もうまくできないほどに。

「なぁ、俺の事疑ったんだろ。違うか?」

また、食まれる。

否定できない。
僕は、確かに彼を疑った。勝手にスマートフォンを覗いた。知らない女の名前を見て、浮気だと思った。

全部、本当のことだ。

血の気が失せていく。
キスはやっと終わり、咳込みながら呼吸した。

「ふぅん。後ろめたい事がある……スマホでも見たのか?」

心臓が跳ね上がった。
彼の指先が、頬を這う。

「ビンゴ」

沈黙が落ちる。
遠くで、テレビの笑い声が響いていた。

彼は、小さなため息を吐いた。

「……ルカ」

名前を呼ばれただけで胸が痛くなる。
幸せだったあの頃を、思い出してしまうから。

「俺が、そんなことすると思ってんの」

責められているのか、それとも確かめているだけなのか。
答えなければならないのに、答えは見つからなかった。

信じたい。
けれど、さっき見た文字が頭から離れない。

「だって……!マナって人から、メッセージが……」
「新人の女。飲み屋でわざわざ隣に座ってきたんだよ。思わせぶりなこと言って、気ぃ引こうとしてきたりな」

眉尻を下げ、苦笑する彼。

「こっちも本当に困ってんだよ」
「でも、あの文章はそういうのじゃ……」

彼は、少しだけ目を細めた。

「そういうのって?」

答えられない。
「とっても良かったです♡」――あの一文が喉の奥に引っかかって、うまく言葉にならなかった。

「俺は、何もしてない」

諭すように、視線を合わせられる。

本当だろうか。
その表情は自然で、嘘をついているようには見えない。

昔から彼は、こういう顔をするのが上手かった。

「ルカ」

名前を呼ばれる。

「お前さ」

彼の手が、喉元、肩を通り、ゆっくりと背中へ回る。

「俺のこと、信じてないの?」

傷ついているような、甘えるような声。
胸が締め付けられる。

疑ったのは僕だ。
勝手にスマートフォンを見て、勝手に絶望して、勝手に逃げようとした。

「……ごめん」

気づけば、そう言っていた。
彼のシャツを震えながら握る。

「ごめんなさい……」

彼は、もう何も言わなかった。
僕の頭に手を置く。

「……いいよ」

ゆっくりと撫でられた。
昔と同じ手つき。

「でもさ」

手が、止まる。

「もう、勝手にスマホ見んなよ」

優しい声のまま。
けれど、なぜか少し怖くなった。

背筋に冷たいものが走る。

「……うん」

頷くことしか出来なかった。
彼は満足そうに微笑む。

「ほら、戻るぞ」

肩を抱かれ、部屋へ連れて行かれる。

つきっぱなしのテレビ。
明るい笑い声が、何事もなかったかのように流れていた。

テーブルの上には、彼のスマートフォンが置かれている。
画面は暗いまま。

彼の隣に座る。肩が触れる距離。
それだけで十分だったはずなのに。

気づけば、ソファに押し倒されていた。
彼に覆いかぶされる。

「……イイコト、しようぜ?」

悪戯な笑み。

今日も仕事なのに。もう、眠ってしまいたい。
言いたいことは沢山あるのに、何も言えない。

ただ、彼が望むままに頷いた。

「……あっ、ん」

すべて受け入れて身を任せる。
頭の奥が弾けて、なにも考えられなくなった。

――ピコン。

何処からか電子音が聞こえた気がした。
それもきっと、ぜんぶ気のせい。
感想 0

あなたにおすすめの小説

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

田中家の男たち…

B
BL
田中家… ごく普通のどこにでもいる5人家族… そんな田中家の男たち… 父親-田中駿-Shunー in one's 40s businessman 長男-田中慎二-Sinjiー in one's 10s 男子高校生 次男-田中守-Mamoruー in one's 10s男子中学生 祖父-田中昂-Noboruー in one's 60s free-lance

スウィート・リトル・バタフライ ──恋人のいる親友と唇を重ねる、秘密。

毬村 緋紗子
BL
エブリスタの〈学園BLコンテスト〉佳作受賞作品です。 【 恋人のいる親友と唇を重ねる、秘密── 】 生まれつき口元に、蝶の形の赤いあざのある幸成。 高2になって、クラスメイトになったバスケ部員の松下と親友になるが、いつしか唇を重ねる仲になってしまう。 けれど、松下には、彼女がいて──。 出口の見えない、トライアングル。 気付いた時には、ふたつのそれが絡まり合っていた……。 〈登場人物〉 ・遠野 幸成 (トオノ ユキナリ) 高2 人形めいた顔立ちの、大人しめ男子。 ・松下 涼佑 (マツシタ リョウスケ) 高2 茶色がかった髪の、存在も容貌も派手め男子。 勝ち気な負けず嫌い。 ・緒川 貴宏 (オガワ タカヒロ) 高2 バスケ部副キャプテン。 穏やかで、大人びた性格。 幸成を気にかけているうちに…。 ・中沢 梨絵奈 (ナカザワ リエナ) 高2 松下の彼女。 別クラス。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

親友の好きな人は俺に似てるっぽい

千崎
BL
茅野湊はある日、親友の相沢渚から好きな人ができたと聞かされる。それから毎日好きな奴についての相談を受けていたが、湊はある事に気づいてしまう。ーこいつの好きな奴、俺に似てねぇか? そんな考えはやがて複雑な感情を生み、二人の関係は変化していく。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

愛されたいだけなのに

まさお
BL
我儘令息だったノアは一回目の人生で最愛の人からの裏切りの末、殺される。 気がつくと人生が巻き戻っていて人生二週目が始まる。 しかしまた殺される。 何度も何度も繰り返した人生の中で自分が愛されることを諦めてしまう。