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二話
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正午のオフィス。
ブラインドの隙間から日光が射し込む。
うっかり欠伸が出そうになって、噛み殺した。
「あれっ、吉井先輩。珍しく眠そうですね」
「松方君……」
顔なじみの後輩に声をかけられる。
焦茶の髪が似合う、人懐っこい青年。
「もしかして、夜更かしでもしてたんですか?」
ニヤッとからかうように笑われた。
「うん……ちょっとね」
「はは、そんな日もありますよね。俺もうっかり映画を見始めて、寝れなくなったり――」
快活に笑って話す松方君。
昨日は、なし崩し的にああなってしまったけれど。
そんな悩みを吹き飛ばすような爽やかさは、気を紛らわせてくれた。
「先輩、弁当ですよね?よかったら一緒に食いませんか?屋上で風に当たれば、目も覚めるかもしれないですし」
「……そうだね。ありがとう」
手に持ったビニール袋を掲げて誘ってくれた。
鞄から弁当箱を取り出し、立ち上がる。
「よっしゃ!」
「大袈裟だなぁ。そんなに嬉しい?」
「だって、憧れの先輩ですから」
ニコニコと、本当に嬉しそうにしている。
呆れた目線を送った。
内心、弟のように可愛い後輩から懐かれて、満更ではなかったけれど。
二人で屋上に出て、ベンチに座る。
フェンス越しに、雲ひとつない空を眺めた。
「いい天気ですね~。俺も眠くなりそうだ」
「ちょっと、やめてよ。眠気覚ましに来たんだから」
言いながら笑った。
素直で、迷いがなくて。僕みたいに、恋人との関係で失敗したりしないんだろうな。
「先輩、いつも弁当ですよね。……もしかして彼女さんのお手製とか?」
松方君は、こちらの様子を伺うように聞いてきた。
慌てて否定する。
「違う、違う!彼女なんていないよ。夕飯のついでに作ってるだけ」
彼氏はいるけれど。
昨日のこともあって、恋人がいるとは言い出せなかった。
「えっ、料理も出来るんですか!ていうか先輩モテそうだし、てっきり彼女いるのかと思ってました」
「別に大したことは……大体、僕なんか全然モテないよ」
自分の恋人とも上手くやれないのに、モテるはずもない。
そう思ったけれど、彼の目には違って見えるらしい。
「だって先輩。仕事出来るし、品があるし、オマケに料理も……ってなんか俺、口説いてるみたいですね」
照れたように笑う。
僕は、そんなに出来た人間じゃないんだけどな。
「とにかく、先輩は凄い人です!俺は尊敬してますから」
「もう……僕は君の神様じゃないんだからね?」
キラキラした目で見られて、こっちまで照れてしまう。
こんなに純粋に褒められるのなんて、久しぶりだ。
――料理、上手いんだな。
ふいに、かつての記憶がよみがえった。
あの人も昔は……。
「――い、先輩。吉井先輩、どうしたんですか?急にボーッとしちゃって」
「ご、ごめん!考え事してた!」
「ちょっと~、まだ眠いんじゃないですか?」
またからかうように笑われた。
けれど、その笑顔はどこか温かくて。
「先輩、よかったらこれ。元気が出る飲み物です」
ガサガサと、ビニール袋から何かを取り出す。
小瓶のエナジードリンクだった。
「……ありがとう。先輩なのに、ごめんね」
「そんな!気にしないでください!俺の勝手なお節介ですから」
どこまでも明るく、他人想いな子だ。
僕なんかには勿体ないくらいのいい後輩。
きっと、あっという間に偉くなるんだろうな。
「あっ、そろそろ時間ですね。……先輩と一緒だとあっという間だなぁ。これで、午後も頑張れそうです!」
ニコッと笑って立ち上がった。
僕もそれに続く。
モヤモヤしていた気持ちは、もう晴れていた。
同じオフィスには頑張っている松方君がいる。
そう思うと、辛いことがあっても乗り切れそうな気がした。
♢♢♢
ガチャリ。アパートのドアを開ける。
「はぁ、疲れた……」
誰もいない、真っ暗な部屋。照明のスイッチを押した。
「夕飯は……。ああ、昨日のオムライスがあったんだっけ」
手付かずの余り物をレンジで温める。
静かな部屋に機械的な音が響く。
昨日あんなことがあったのに、彼はまだ帰ってきていない。
浮気はしていなくても、僕には飽きたのかもしれない。
「もう十年か」
元々遊び回っていた彼が、十年も一緒にいてくれた。
それだけで奇跡なのかもしれない。
時間の経ったオムライスは、水気が抜けてパサパサとしていた。
スープで無理やり流し込む。
「潮時、かな」
彼と過ごした日々は、僕の中に刻まれている。
それさえ抱えて生きていければ、きっと大丈夫。
「ちゃんと、お別れしなきゃ」
いつまでも引きずっていてはいけない。
多分それは、彼にとっても良くないことだから。
皿を洗って、温かいシャワーを浴びた。
憑き物が落ちたみたいに、すっきりとした気持ちだった。
彼はまだ帰ってこない。
けれど、待つのはもうやめよう。
布団の中で目を閉じると、すぐに眠ってしまった。
――久しぶりに見た夢の中では、あの人が楽しそうに笑っていた。それを見ている僕も幸せで。
とても、温かかった。
ブラインドの隙間から日光が射し込む。
うっかり欠伸が出そうになって、噛み殺した。
「あれっ、吉井先輩。珍しく眠そうですね」
「松方君……」
顔なじみの後輩に声をかけられる。
焦茶の髪が似合う、人懐っこい青年。
「もしかして、夜更かしでもしてたんですか?」
ニヤッとからかうように笑われた。
「うん……ちょっとね」
「はは、そんな日もありますよね。俺もうっかり映画を見始めて、寝れなくなったり――」
快活に笑って話す松方君。
昨日は、なし崩し的にああなってしまったけれど。
そんな悩みを吹き飛ばすような爽やかさは、気を紛らわせてくれた。
「先輩、弁当ですよね?よかったら一緒に食いませんか?屋上で風に当たれば、目も覚めるかもしれないですし」
「……そうだね。ありがとう」
手に持ったビニール袋を掲げて誘ってくれた。
鞄から弁当箱を取り出し、立ち上がる。
「よっしゃ!」
「大袈裟だなぁ。そんなに嬉しい?」
「だって、憧れの先輩ですから」
ニコニコと、本当に嬉しそうにしている。
呆れた目線を送った。
内心、弟のように可愛い後輩から懐かれて、満更ではなかったけれど。
二人で屋上に出て、ベンチに座る。
フェンス越しに、雲ひとつない空を眺めた。
「いい天気ですね~。俺も眠くなりそうだ」
「ちょっと、やめてよ。眠気覚ましに来たんだから」
言いながら笑った。
素直で、迷いがなくて。僕みたいに、恋人との関係で失敗したりしないんだろうな。
「先輩、いつも弁当ですよね。……もしかして彼女さんのお手製とか?」
松方君は、こちらの様子を伺うように聞いてきた。
慌てて否定する。
「違う、違う!彼女なんていないよ。夕飯のついでに作ってるだけ」
彼氏はいるけれど。
昨日のこともあって、恋人がいるとは言い出せなかった。
「えっ、料理も出来るんですか!ていうか先輩モテそうだし、てっきり彼女いるのかと思ってました」
「別に大したことは……大体、僕なんか全然モテないよ」
自分の恋人とも上手くやれないのに、モテるはずもない。
そう思ったけれど、彼の目には違って見えるらしい。
「だって先輩。仕事出来るし、品があるし、オマケに料理も……ってなんか俺、口説いてるみたいですね」
照れたように笑う。
僕は、そんなに出来た人間じゃないんだけどな。
「とにかく、先輩は凄い人です!俺は尊敬してますから」
「もう……僕は君の神様じゃないんだからね?」
キラキラした目で見られて、こっちまで照れてしまう。
こんなに純粋に褒められるのなんて、久しぶりだ。
――料理、上手いんだな。
ふいに、かつての記憶がよみがえった。
あの人も昔は……。
「――い、先輩。吉井先輩、どうしたんですか?急にボーッとしちゃって」
「ご、ごめん!考え事してた!」
「ちょっと~、まだ眠いんじゃないですか?」
またからかうように笑われた。
けれど、その笑顔はどこか温かくて。
「先輩、よかったらこれ。元気が出る飲み物です」
ガサガサと、ビニール袋から何かを取り出す。
小瓶のエナジードリンクだった。
「……ありがとう。先輩なのに、ごめんね」
「そんな!気にしないでください!俺の勝手なお節介ですから」
どこまでも明るく、他人想いな子だ。
僕なんかには勿体ないくらいのいい後輩。
きっと、あっという間に偉くなるんだろうな。
「あっ、そろそろ時間ですね。……先輩と一緒だとあっという間だなぁ。これで、午後も頑張れそうです!」
ニコッと笑って立ち上がった。
僕もそれに続く。
モヤモヤしていた気持ちは、もう晴れていた。
同じオフィスには頑張っている松方君がいる。
そう思うと、辛いことがあっても乗り切れそうな気がした。
♢♢♢
ガチャリ。アパートのドアを開ける。
「はぁ、疲れた……」
誰もいない、真っ暗な部屋。照明のスイッチを押した。
「夕飯は……。ああ、昨日のオムライスがあったんだっけ」
手付かずの余り物をレンジで温める。
静かな部屋に機械的な音が響く。
昨日あんなことがあったのに、彼はまだ帰ってきていない。
浮気はしていなくても、僕には飽きたのかもしれない。
「もう十年か」
元々遊び回っていた彼が、十年も一緒にいてくれた。
それだけで奇跡なのかもしれない。
時間の経ったオムライスは、水気が抜けてパサパサとしていた。
スープで無理やり流し込む。
「潮時、かな」
彼と過ごした日々は、僕の中に刻まれている。
それさえ抱えて生きていければ、きっと大丈夫。
「ちゃんと、お別れしなきゃ」
いつまでも引きずっていてはいけない。
多分それは、彼にとっても良くないことだから。
皿を洗って、温かいシャワーを浴びた。
憑き物が落ちたみたいに、すっきりとした気持ちだった。
彼はまだ帰ってこない。
けれど、待つのはもうやめよう。
布団の中で目を閉じると、すぐに眠ってしまった。
――久しぶりに見た夢の中では、あの人が楽しそうに笑っていた。それを見ている僕も幸せで。
とても、温かかった。
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