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三話
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はっと目を覚ます。
起き上がると、日はすっかり昇っていた。
時計は――十時過ぎを指している。隣にあの人はいない。
寝ぼけ眼を擦り、リビングに向かう。
お湯を沸かしてカップにコーヒーを注いだ。
充電していたスマホを取って、椅子に座る。ネットニュースでも確認しようと思った。
――ピコン。
メッセージの通知が来た。
……松方君?
――【matsukata】吉井先輩、ラーメンってお好きですか?
ラーメン?突然、どうしたんだろう。
――【吉井 琉榎】好きだけど……どうして?
――【matsukata】実は行きつけのラーメン屋のサービス券が、今日で期限切れなんです……!たまたま用事があって近くまで来てるんですけど、よかったら先輩もご一緒にどうですか?
送られてきたマップを確認する。
ラーメン屋はここから歩いて行ける距離にあるようだ。松方君のことだから、以前この辺りに住んでいると言ったのを覚えていたのだろう。
少し迷ってから、返信を打った。
――【吉井 琉榎】ラーメン、いいね。是非ご一緒させて。
――【matsukata】本当ですか!こっちはまだ一時間くらいかかりそうなんですけど、大丈夫ですか?
時計の針は十時半を回ったところだ。
あの人はどこに行ったのか分からないけれど、お昼ご飯は食べてくるかもしれない。
一応作っておくにしても、時間には余裕がある。
――【吉井 琉榎】了解。地図のところに行けばいいんだよね?十二時くらいならどうかな。
――【matsukata】大丈夫です!早めに着いたら、先に並んでおきますね!
どこまでも気が利く子だ。
僕が、後輩とご飯に行くなんて。たまたま誘われただけなのに、柄にもなくワクワクしてきた。
「よし」
今のうちに家事を終わらせてしまうことにした。
作った料理は冷蔵庫に入れておけば、あの人は気付くだろう。
思えば、仕事以外で外出するのは久しぶりだ。
あの人が家にいない間、待っているのが当たり前になっていた。
……あの人は連絡も無しに家を空ける。
僕だって外食くらい、たまにはいいだろう。
洗濯物を干し終えて、外出用の服に着替える。
鏡の前に立つ自分は、いつもより心なしか明るい顔で。
鼻歌を歌いながらアパートを出た。
♢♢♢
アイツは、いつもあの部屋で俺を待っている。
寒い日も、暑い日も。
どんなに遅く帰ったって、眠らずに待っていた。
――ルカ、です。
――映画?僕なんかでいいなら。
――本当はあの時、すごく怖かったんだ。……助けてくれて、ありがとう。
――馨くん。僕、ね。
あまり名前を呼ばれなくなったのは、いつからだったか。
ガチャリ。アパートのドアを開ける。
出しっぱなしになっていたスニーカーは、無くなっていた。
物音もしない。……出かけたのか。
――ピコン。
メッセージの通知音。
ポケットから、スマホを取り出す。
――【マナ】馨さん、今日は休みなんですよね?
――【マナ】夜から私の家に来ませんか……♡
――【マナ】美味しい料理も取り寄せてあるので。場所は後で送りますね!
読んでいる途中にも、続けざまに送られてくる。
冷蔵庫を開ける。
ラップのかかった野菜炒めが入っていた。
アイツは……俺が女と連絡を取っているのを知っても、大して怒らなかった。
ちょっと言いくるめただけで、絆されて。
元々、そのつもりだった。
アイツがガラの悪い男共に囲まれていた時、何故か頭にカッと血が上った。
全員殴り倒したら、騒ぎになった。
後から、同じ高校だったことを知った。
派手な女と遊ぶのにも飽きていた頃。少し味見しようと、遊びに誘った。
か弱い癖に、人を見る目はない、嘘をつくのも下手。
好みとはかけ離れた物静かな男。
その程度だった。
ある日、アイツは俺に告白してきた。
ちょうど暇していたし、断る理由もなかった。
飽きるまで。アイツが他の男のところに行くまで。
あれから十年。
ドアを開ければ、いつもアイツがいる。
だから、黙っていても勝手に飯を作り、洗濯をし、風呂を沸かして、家を整えている。
何も求めない。差し出すだけの存在。
――昨日のことを、思い出す。
日を跨ぐ前に帰宅すれば、アイツはもう寝ていた。
暗い部屋に帰るのは、久しぶりだった。
妙に静かで、冷たい部屋。
冷蔵庫には何も入っていなかった。
仕方なくカップ麺にお湯を注ぐ。
テレビを付けても、つまらない番組ばかりだ。
蓋を開けて、麺をすする。
化学調味料の味。
アイツの料理は薄味で、少し甘くて。
――アイツがいなくなったら、あの飯は食えなくなるのか。
「……」
飯にこだわりなんてない。空腹が満たされれば、それでいい。
アイツが勝手に作るから、それを食っているだけ。
アイツが俺を待つのも、一人で寝るのも。
他の男と遊ぶのも、アイツの勝手だ。
好きにすればいい。俺は、止めない。
別れないのは、アイツがそれを選んでいるだけ。
……そうだ。俺には関係ない。
起き上がると、日はすっかり昇っていた。
時計は――十時過ぎを指している。隣にあの人はいない。
寝ぼけ眼を擦り、リビングに向かう。
お湯を沸かしてカップにコーヒーを注いだ。
充電していたスマホを取って、椅子に座る。ネットニュースでも確認しようと思った。
――ピコン。
メッセージの通知が来た。
……松方君?
――【matsukata】吉井先輩、ラーメンってお好きですか?
ラーメン?突然、どうしたんだろう。
――【吉井 琉榎】好きだけど……どうして?
――【matsukata】実は行きつけのラーメン屋のサービス券が、今日で期限切れなんです……!たまたま用事があって近くまで来てるんですけど、よかったら先輩もご一緒にどうですか?
送られてきたマップを確認する。
ラーメン屋はここから歩いて行ける距離にあるようだ。松方君のことだから、以前この辺りに住んでいると言ったのを覚えていたのだろう。
少し迷ってから、返信を打った。
――【吉井 琉榎】ラーメン、いいね。是非ご一緒させて。
――【matsukata】本当ですか!こっちはまだ一時間くらいかかりそうなんですけど、大丈夫ですか?
時計の針は十時半を回ったところだ。
あの人はどこに行ったのか分からないけれど、お昼ご飯は食べてくるかもしれない。
一応作っておくにしても、時間には余裕がある。
――【吉井 琉榎】了解。地図のところに行けばいいんだよね?十二時くらいならどうかな。
――【matsukata】大丈夫です!早めに着いたら、先に並んでおきますね!
どこまでも気が利く子だ。
僕が、後輩とご飯に行くなんて。たまたま誘われただけなのに、柄にもなくワクワクしてきた。
「よし」
今のうちに家事を終わらせてしまうことにした。
作った料理は冷蔵庫に入れておけば、あの人は気付くだろう。
思えば、仕事以外で外出するのは久しぶりだ。
あの人が家にいない間、待っているのが当たり前になっていた。
……あの人は連絡も無しに家を空ける。
僕だって外食くらい、たまにはいいだろう。
洗濯物を干し終えて、外出用の服に着替える。
鏡の前に立つ自分は、いつもより心なしか明るい顔で。
鼻歌を歌いながらアパートを出た。
♢♢♢
アイツは、いつもあの部屋で俺を待っている。
寒い日も、暑い日も。
どんなに遅く帰ったって、眠らずに待っていた。
――ルカ、です。
――映画?僕なんかでいいなら。
――本当はあの時、すごく怖かったんだ。……助けてくれて、ありがとう。
――馨くん。僕、ね。
あまり名前を呼ばれなくなったのは、いつからだったか。
ガチャリ。アパートのドアを開ける。
出しっぱなしになっていたスニーカーは、無くなっていた。
物音もしない。……出かけたのか。
――ピコン。
メッセージの通知音。
ポケットから、スマホを取り出す。
――【マナ】馨さん、今日は休みなんですよね?
――【マナ】夜から私の家に来ませんか……♡
――【マナ】美味しい料理も取り寄せてあるので。場所は後で送りますね!
読んでいる途中にも、続けざまに送られてくる。
冷蔵庫を開ける。
ラップのかかった野菜炒めが入っていた。
アイツは……俺が女と連絡を取っているのを知っても、大して怒らなかった。
ちょっと言いくるめただけで、絆されて。
元々、そのつもりだった。
アイツがガラの悪い男共に囲まれていた時、何故か頭にカッと血が上った。
全員殴り倒したら、騒ぎになった。
後から、同じ高校だったことを知った。
派手な女と遊ぶのにも飽きていた頃。少し味見しようと、遊びに誘った。
か弱い癖に、人を見る目はない、嘘をつくのも下手。
好みとはかけ離れた物静かな男。
その程度だった。
ある日、アイツは俺に告白してきた。
ちょうど暇していたし、断る理由もなかった。
飽きるまで。アイツが他の男のところに行くまで。
あれから十年。
ドアを開ければ、いつもアイツがいる。
だから、黙っていても勝手に飯を作り、洗濯をし、風呂を沸かして、家を整えている。
何も求めない。差し出すだけの存在。
――昨日のことを、思い出す。
日を跨ぐ前に帰宅すれば、アイツはもう寝ていた。
暗い部屋に帰るのは、久しぶりだった。
妙に静かで、冷たい部屋。
冷蔵庫には何も入っていなかった。
仕方なくカップ麺にお湯を注ぐ。
テレビを付けても、つまらない番組ばかりだ。
蓋を開けて、麺をすする。
化学調味料の味。
アイツの料理は薄味で、少し甘くて。
――アイツがいなくなったら、あの飯は食えなくなるのか。
「……」
飯にこだわりなんてない。空腹が満たされれば、それでいい。
アイツが勝手に作るから、それを食っているだけ。
アイツが俺を待つのも、一人で寝るのも。
他の男と遊ぶのも、アイツの勝手だ。
好きにすればいい。俺は、止めない。
別れないのは、アイツがそれを選んでいるだけ。
……そうだ。俺には関係ない。
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