あの部屋でまだ待ってる

名雪

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四話

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――【matsukata】今日は俺の我儘に付き合っていただいて、ありがとうございました!ラーメン美味しかったですね。よかったら、またご飯行きましょ!

ラーメン屋さんからの帰り。
歩いていると、松方君からメッセージが送られてきた。

お礼の言葉と、ぺこりとお辞儀している柴犬のスタンプ。
……彼らしいな。

スマホで返信を打ちながら、アパートのドアを開ける。

――【吉井 琉榎】こちらこそありがとう。松方君の行きつけ、とても美味しかった。今度は、僕のおすすめに連れていくよ。

送信する。小さなやり取りが、なんだかとても楽しい。

「――随分、楽しんできたみたいだな」

はっと顔を上げた。
そこには、壁に背を預ける恋人の姿。

「……カオルくん。帰ってきてたの」

視線が、こちらへ向く。

「……後輩に誘われて。ラーメン屋に」

聞かれてもいないのに、口をついて出た。
まるで言い訳みたいだ。なぜか落ち着かない。

馨くんは何も応えず、リビングに行ってしまった。急いでスニーカーを脱ぎ、後を追いかける。

ソファに座って、スマホを触っていた。近付いてもいいのか、わからない。

「そいつ、男?」
「えっ?」
「後輩。男か」

唐突に発された言葉。咄嗟に反応できなかった。

「男だけど……。松方君は、そういうのじゃないから」
「ふぅん。ま、別にいいけど」

興味無さげに、スマホを触り続けている。

どういうつもりなんだろう。
……僕のことなんか、もう興味ないんじゃなかったの。

「なぁ、明日出かけるか」
「えっ」
「デートだよ、デート」

最近、行ってなかっただろ。当たり前のように言う彼。
本当に、今日はどうしたんだろう。何か変なものでも食べたのだろうか?

「バーカ。お前、俺をなんだと思ってんだよ」
「へっ?いや、別に何もおかしなことなんて……!」

慌てて言い募ってから、失敗したことを悟る。
馨くんは、ふっと笑ってこちらを見た。

「……それとも。お前はデートより、キモチイイ事の方が好きか?」

小馬鹿にしたような笑みだった。
顔が、熱くなる。

「なっ、何を言ってるの!それは、馨くんの方でしょ……!」

クスクスと笑う馨くん。
そういう顔は、久しぶりに見た気がする。

「……僕、映画を観に行きたい」

映画館。初めて二人で出かけた場所だった。
人気の恋愛ものだったはずだけれど、内容は覚えていない。

「映画ねぇ。精々、眠くならなきゃいいけどな」

皮肉っぽく言う。
でも、反対はしなかった。

馨くんは、あの日のことを覚えているだろうか。
僕が不良に絡まれて、それを見た馨くんが凄い勢いで殴りかかっていった。

僕は怖くて、なのに抵抗できなくて。
あの時、馨くんがいなかったらどうなっていただろう。

今思えば、あの時の彼はらしくなかった。
目の前で他人が不幸になろうが、気にするような人じゃない。

どうしてあの時、僕を助けてくれたのか。
それどころか、あの日のことを覚えているかどうかさえも聞けていない。

けれど、それでもいいのかも。
彼は今ここにいて、デートにまで行ってくれる気でいる。

僕が彼を好きでいる理由なんて、どうでもいい。
ただ、一緒にいられるだけで。

どこへ行っても、ここに帰ってきてくれるだけで。
――それだけで充分。

そっと彼の隣に座った。

言葉もなく、二人同じ部屋で過ごしていた。


♢♢♢


「――おい、ルカ。起きろ」

遠くで声がした。
頭の中にまで入り込んできたみたいで、ぼんやりしている。

「……ルカ」

今度はさっきより近い。肩を軽く揺らされる。

「ん……」

重たい瞼をゆっくりと開けた。視界いっぱいに、見慣れた顔。

「……馨くん?」

掠れた声が出た。

「昼になるぞ」

短く言って、手を離す彼。

時計を見る。十一時前。
こんな時間まで寝ていたなんて。

慌てて起き上がると、馨くんはもう背を向けていた。

「顔洗ってこい」

それだけ言ってリビングへ戻っていく。
ぼーっとして、しばらく動けなかった。

……本当に行くんだ。

昨日の会話は気まぐれじゃなかったらしい。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。

ベッドから降り、床に足をつける。冷たい。
けれど不思議と嫌じゃなかった。

リビングから、食器の触れ合う音がする。

冷たい水で顔を洗った。
指先から伝わる温度に、ようやく目が覚めていく。

胸の奥だけが、落ち着かないまま熱を持っていた。
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