あの部屋でまだ待ってる

名雪

文字の大きさ
5 / 6

五話

しおりを挟む
地下鉄を降りて、階段を上る。日光が眩しい。
人混みの中、馨くんの後について行った。

自動ドアをくぐり、映画館に入る。
ここも人で溢れかえっていた。ざわめきが途切れない。

「ええと、スクリーン番号は……」

チケット売り場の列に並んだ。少し、時間がかかりそうだ。

なんとなく選んだ流行りの恋愛映画。
深い意味はないけれど、なんだか特別に思える。

「あれ、馨くん?」

気付けば、恋人の姿は消えていた。
トイレかな。それか、ポスターでも見に行ったのかもしれない。

――ああ、そうだ。出かける時はいつも、こんな調子だった。

二人でいても、いつの間にかふらりといなくなる。そしてまた、ふらっと戻ってくるのだ。

……この感じ、久しぶりだな。

チケットを受け取って振り向いたとき、ちょうど戻ってきた。

「あっ、馨くん。チケットはもう買ったけど……」
「ん」

片手に、紙の箱。赤と白のストライプ。

「……ポップコーン?」
「一番小さいやつ。お前、どうせ食い切れないだろ」

無造作に差し出される。
受け取って、中を覗き込んだ。

「キャラメルだ」

甘い匂いが香る。僕の好きな味。
馨くん、甘いもの苦手なのに。

「どこ?」
「あっ、七番シアターだよ。少し後ろの席で、空いてる辺り」

なんでもないように歩き出す彼。
急いで、隣に並ぶ。

歩きながら、ひとつ摘んで口に入れた。……甘くて、美味しい。

キャラメルがゆっくりと溶けていく。
指先に残った甘い匂いを、無意識に擦り合わせた。

『7』の文字が書かれた扉をくぐる。

中のシアターは薄暗い。
足元だけが、ぼんやりと照らされている。

正面のスクリーンには、コメディ映画の広告が流れていた。

「……あ、ここ」

後ろの方。端すぎない、ちょうどいい場所。

馨くんが先に座った。
隣に腰を下ろすと、座席がわずかに軋む。

ポップコーンは肘掛けのホルダーに置いた。

スクリーンが暗くなり、照明は静かに消えていく。
館内のざわめきも次第に小さくなった。

ひとつ、またひとつ。
キャラメル味を口に運ぶ。

隣の馨くんは、前を向いていた。
頬に淡い光が当たっている。

――ちゃんと、観る気なんだ。

初めて二人で映画館に来た時もそうだったな。
あの時と同じ、真剣な横顔だった。

家では簡単に触れてくるのに。
こういう場所では決して、こちらを見ない。

肘掛に置かれた手が、すぐそこにある。
伸ばせば触れられる距離。

指先に、さっきの甘い匂いがまだ残っている気がした。
そっと手を重ねる。温かい。

馨くんの指がわずかに動いた。

一瞬、目が合う。
視線はスクリーンへ戻っていった。

手は重なったまま。
明滅する光に照らされていた。


♢♢♢


悲運によって引き裂かれた二人はすれ違いながらも結ばれる。
内容はありきたりだけれど、演出が綺麗で。

何より、隣には彼がいた。

エンドロールが終わり、明かりが戻る。

重ねていた手を離す。
馨くんが立ち上がった。

「おい、行くぞ」
「うん」

置きっぱなしだったポップコーンの箱。
まだ、半分くらい残っている。

両手で抱えてシアターを出た。
映画館の外は、夕暮れのオレンジに染まっている。

冷たい風に、ふるりと身を震わせた。
ふと、横から腕が伸びる。

ポップコーンの箱に無造作に突っ込み、ひと掴み。
馨くんは、そのまま口に放り込んだ。

「……あま」

眉をひそめる。次の瞬間には、もう前を向いていた。

箱を抱えたまま、彼の背中を追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

若頭、初恋を掴む

うんとこどっこいしょ
BL
新人賞を受賞したばかりの小説家・前田誠也。 憧れの作家・小山内のもとに弟子入りし、夢に向かって歩き始めた矢先、彼の裏切りによって誠也の日常は崩れ去る。 逃げ出したホテルの廊下で、誠也は思いがけず“初恋の人”──幼なじみの桐生翔吾と再会する。 かつては隣にいた少年が、今は関東屈指の組織「桐生組」の若頭。 冷たくも優しいその瞳に、誠也は再び惹かれていく。 しかし翔吾は、誠也の知らぬところで警察との危うい駆け引きを続けていた。 守りたいのに、関わればまた傷つけてしまう──。 それでも翔吾は誓う。 「もう二度と、お前を泣かせない」

君に二度、恋をした。

春夜夢
BL
十年前、初恋の幼なじみ・堂本遥は、何も告げずに春翔の前から突然姿を消した。 あれ以来、恋をすることもなく、淡々と生きてきた春翔。 ――もう二度と会うこともないと思っていたのに。 大手広告代理店で働く春翔の前に、遥は今度は“役員”として現れる。 変わらぬ笑顔。けれど、彼の瞳は、かつてよりずっと強く、熱を帯びていた。 「逃がさないよ、春翔。今度こそ、お前の全部を手に入れるまで」 初恋、すれ違い、再会、そして執着。 “好き”だけでは乗り越えられなかった過去を乗り越えて、ふたりは本当の恋に辿り着けるのか―― すれ違い×再会×俺様攻め 十年越しに交錯する、切なくも甘い溺愛ラブストーリー、開幕。

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

1日、また1日と他人になっていく。大切なあなたへ

月夜の晩に
BL
好きな人のトラウマを消してあげる代償に、 好きな人から忘れられる攻めくんの話

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

【完結】もう一度恋に落ちる運命

grotta
BL
大学生の山岸隆之介はかつて親戚のお兄さんに淡い恋心を抱いていた。その後会えなくなり、自分の中で彼のことは過去の思い出となる。 そんなある日、偶然自宅を訪れたお兄さんに再会し…? 【大学生(α)×親戚のお兄さん(Ω)】 ※攻め視点で1話完結の短い話です。 ※続きのリクエストを頂いたので受け視点での続編を連載開始します。出来たところから順次アップしていく予定です。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

処理中です...