あの部屋でまだ待ってる

名雪

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五話

地下鉄を降りて、階段を上る。日光が眩しい。
人混みの中、馨くんの後について行った。

自動ドアをくぐり、映画館に入る。
ここも人で溢れかえっていた。ざわめきが途切れない。

「ええと、スクリーン番号は……」

チケット売り場の列に並んだ。少し、時間がかかりそうだ。

なんとなく選んだ流行りの恋愛映画。
深い意味はないけれど、なんだか特別に思える。

「あれ、馨くん?」

気付けば、恋人の姿は消えていた。
トイレかな。それか、ポスターでも見に行ったのかもしれない。

――ああ、そうだ。出かける時はいつも、こんな調子だった。

二人でいても、いつの間にかふらりといなくなる。そしてまた、ふらっと戻ってくるのだ。

……この感じ、久しぶりだな。

チケットを受け取って振り向いたとき、ちょうど戻ってきた。

「あっ、馨くん。チケットはもう買ったけど……」
「ん」

片手に、紙の箱。赤と白のストライプ。

「……ポップコーン?」
「一番小さいやつ。お前、どうせ食い切れないだろ」

無造作に差し出される。
受け取って、中を覗き込んだ。

「キャラメルだ」

甘い匂いが香る。僕の好きな味。
馨くん、甘いもの苦手なのに。

「どこ?」
「あっ、七番シアターだよ。少し後ろの席で、空いてる辺り」

なんでもないように歩き出す彼。
急いで、隣に並ぶ。

歩きながら、ひとつ摘んで口に入れた。……甘くて、美味しい。

キャラメルがゆっくりと溶けていく。
指先に残った甘い匂いを、無意識に擦り合わせた。

『7』の文字が書かれた扉をくぐる。

中のシアターは薄暗い。
足元だけが、ぼんやりと照らされている。

正面のスクリーンには、コメディ映画の広告が流れていた。

「……あ、ここ」

後ろの方。端すぎない、ちょうどいい場所。

馨くんが先に座った。
隣に腰を下ろすと、座席がわずかに軋む。

ポップコーンは肘掛けのホルダーに置いた。

スクリーンが暗くなり、照明は静かに消えていく。
館内のざわめきも次第に小さくなった。

ひとつ、またひとつ。
キャラメル味を口に運ぶ。

隣の馨くんは、前を向いていた。
頬に淡い光が当たっている。

――ちゃんと、観る気なんだ。

初めて二人で映画館に来た時もそうだったな。
あの時と同じ、真剣な横顔だった。

家では簡単に触れてくるのに。
こういう場所では決して、こちらを見ない。

肘掛に置かれた手が、すぐそこにある。
伸ばせば触れられる距離。

指先に、さっきの甘い匂いがまだ残っている気がした。
そっと手を重ねる。温かい。

馨くんの指がわずかに動いた。

一瞬、目が合う。
視線はスクリーンへ戻っていった。

手は重なったまま。
明滅する光に照らされていた。


♢♢♢


悲運によって引き裂かれた二人はすれ違いながらも結ばれる。
内容はありきたりだけれど、演出が綺麗で。

何より、隣には彼がいた。

エンドロールが終わり、明かりが戻る。

重ねていた手を離す。
馨くんが立ち上がった。

「おい、行くぞ」
「うん」

置きっぱなしだったポップコーンの箱。
まだ、半分くらい残っている。

両手で抱えてシアターを出た。
映画館の外は、夕暮れのオレンジに染まっている。

冷たい風に、ふるりと身を震わせた。
ふと、横から腕が伸びる。

ポップコーンの箱に無造作に突っ込み、ひと掴み。
馨くんは、そのまま口に放り込んだ。

「……あま」

眉をひそめる。次の瞬間には、もう前を向いていた。

箱を抱えたまま、彼の背中を追った。
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