6 / 6
六話
しおりを挟む
翌日。気だるい月曜日。
今日も松方君に誘われて、屋上に来ていた。
ベンチで横並びになり、弁当を広げる。
「先輩って休みの日は何してるんですか?」
「うーん……料理とか、掃除とか。あまり外には出ないかな。昨日は、映画館に行ったけれど」
松方君の表情は、ぱっと明るくなる。
「映画ですか!俺も最近、流行りの恋愛ものを観に行ったんですよ!先輩は何を観たんですか?」
「あ、多分同じ。テレビでCMしてたやつ」
「あの映画、すごく面白かったですよね!」
跳ねるような声、身振り。
犬耳とシッポの幻覚が見えそう……。
「先輩もああいう恋愛もの、観るんですね。美人やイケメンを見ても、スーンとしてそうなのに」
「ええっ、どんなイメージなの。僕だって、綺麗な俳優さんは好きだよ」
「あはは。でも、やっぱり先輩は他の人とは違いますよ」
この子は僕を、清廉潔白とでも思っているんだろうか?
どんどん期待値が上がっているような……。
じとりと視線を送る。返ってきたのは、眩しい笑み。
「……ねぇ、先輩。昨日は誰と行ったんですか?」
こちらへ寄って、内緒話をするような姿勢になった。
自然と距離が縮まる。
……彼氏、と言ったら驚かせてしまうかな。
「えっと……学生時代の、同級生と」
地下鉄に乗って、大きな映画館で。
ポップコーンが甘くて美味しかった。
話しながら、口角が上がっていくのがわかった。
何気なく松方君を見やる。
――表情が、消えていた。
「……へぇ。恋愛映画を、二人で」
低い声音。視線は逸れる。
松方君は立ち上がり、フェンスに手をかけた。
「楽しかったですか……その人と」
「う、うん……」
背中を向けたまま。
風が吹く。金属が軋む音。
「俺も先輩と、行きたかったな」
「あっ、えっと……。誘わなくて、ごめんね?」
表情が、わからない。
彼の求めている言葉も。
「――先輩のこと、好きです」
「……え!?」
松方君は振り向いた。
「松方君……?」
そこに、いつもの笑顔はない。
どこまでも吸い込まれそうな、漆黒の瞳。
カァ、どこかで烏が鳴いた。
「尊敬してるって意味です。上司として」
「あ、ああ。そうだよね……」
ニコッと、大袈裟に笑う。
「うわ、もう時間ですね!戻りましょ、先輩」
スタスタとドアの方へ行って、手招きする松方君。
――さっきのは多分、気のせいだよね……。
広げた弁当箱をまとめる。
立ち上がって、彼の方へ向かった。
♢♢♢
――吉井 琉榎です。よろしくね、松方君。
長机が並ぶオフィス。
斜め向かいを見れば、いつも先輩がいる。
「吉井君、この資料も頼むよ。君は仕事が早いからねぇ」
「あっ……わかりました」
ああ、また余計な仕事を任されている。
優しい先輩。そんなクソハゲの言うことなんて、無視すればいいのに。
「先輩!さっきのデータ、まとめておきましたよ……って、あれ。また仕事増えてません?」
「ああ、うん。さっき、課長がね……。みんな忙しいから、仕方ないよ」
優しいから、クズ共に利用される。
「でも課長、お茶飲みながら休んでましたよ?……俺、課長に言ってきます!」
「えっ、ちょっと!僕なら、大丈夫だから。ね?」
優しいから、全部受け入れる。
「でも……。俺、心配で。なにか、俺にできることはありませんか?」
「ふふっ、本当に大丈夫だよ。でも、ありがとう」
俺なら迷わず切り捨てるものを、いつまでも大事にしている。
素直で、無害で、ほんの少し強引で。弟のような後輩。
先輩の内側に入るには、この顔が一番いい。
先輩に見せる仮面はひとつだけ。
――しょうがないなぁ。俺が代わりにやってあげますよ。
「課長、お疲れ様です~。どうしたんですか?そんなに慌てて」
「松方!?私は、少し休んでいただけでっ……」
唾をまき散らしながら、何かを背に隠す。
こんな奴が、先輩と同じ空気を吸っているなんて。
「部下に仕事放り投げておいて、給湯室でスマホですか。いいご身分ですね」
「なっ、なにを……!大体お前、上司に向かってなんて口の利き方だ!」
上司、か。
――「尊敬してるって意味です。上司として」
先輩。
俺の『上司』は、あなただけですよ。
「ああ、そうだ。業務用PCであんなサイト見るの、やめたほうがいいですよ。消したつもりでも残るものは残りますから」
「そ、それはっ……誰にも言うな」
「なら、さっさと働けよ。資料、机に置いといたんで」
課長の喉が、ひくりと鳴る。
もう一度見下すと、だらしなく走り去っていった。
ため息をつく。
「……うわっ!」
背後で、短い悲鳴。――先輩の声?まさか。
後ろを振り返る。
「松方、くん……。資料が無くなってたから、知らないかなって……」
「先輩……」
迷い子みたいな表情の、先輩。
そんな顔させたいわけじゃないのに。
「今の、聞いてました?」
取り繕えない。
ごめん、先輩。怖がらせてるよな。
「聞いて、ないよ」
先輩は小さく首を振った。
けれど、すぐに視線は落ちる。
「……ううん。本当は、少しだけ」
沈黙。
換気扇だけが、動いている。
「すみ、ません……。俺のこと、嫌いになりましたよね」
唇を噛み、俯く。
先輩はゆっくり息を吐いた。
「ありがとう」
「えっ……?」
顔を上げた。
「僕のために、ありがとう」
目が合う。澄みきった瞳。
「助かったよ」
きれいな、笑みだった。
――ずるいよ、先輩。
せっかく仮面を被ってたのに。
剥がしたら、意味ないじゃないですか。
俺、大型犬なんで。
あんまり油断してると、噛んじゃいますよ?
今日も松方君に誘われて、屋上に来ていた。
ベンチで横並びになり、弁当を広げる。
「先輩って休みの日は何してるんですか?」
「うーん……料理とか、掃除とか。あまり外には出ないかな。昨日は、映画館に行ったけれど」
松方君の表情は、ぱっと明るくなる。
「映画ですか!俺も最近、流行りの恋愛ものを観に行ったんですよ!先輩は何を観たんですか?」
「あ、多分同じ。テレビでCMしてたやつ」
「あの映画、すごく面白かったですよね!」
跳ねるような声、身振り。
犬耳とシッポの幻覚が見えそう……。
「先輩もああいう恋愛もの、観るんですね。美人やイケメンを見ても、スーンとしてそうなのに」
「ええっ、どんなイメージなの。僕だって、綺麗な俳優さんは好きだよ」
「あはは。でも、やっぱり先輩は他の人とは違いますよ」
この子は僕を、清廉潔白とでも思っているんだろうか?
どんどん期待値が上がっているような……。
じとりと視線を送る。返ってきたのは、眩しい笑み。
「……ねぇ、先輩。昨日は誰と行ったんですか?」
こちらへ寄って、内緒話をするような姿勢になった。
自然と距離が縮まる。
……彼氏、と言ったら驚かせてしまうかな。
「えっと……学生時代の、同級生と」
地下鉄に乗って、大きな映画館で。
ポップコーンが甘くて美味しかった。
話しながら、口角が上がっていくのがわかった。
何気なく松方君を見やる。
――表情が、消えていた。
「……へぇ。恋愛映画を、二人で」
低い声音。視線は逸れる。
松方君は立ち上がり、フェンスに手をかけた。
「楽しかったですか……その人と」
「う、うん……」
背中を向けたまま。
風が吹く。金属が軋む音。
「俺も先輩と、行きたかったな」
「あっ、えっと……。誘わなくて、ごめんね?」
表情が、わからない。
彼の求めている言葉も。
「――先輩のこと、好きです」
「……え!?」
松方君は振り向いた。
「松方君……?」
そこに、いつもの笑顔はない。
どこまでも吸い込まれそうな、漆黒の瞳。
カァ、どこかで烏が鳴いた。
「尊敬してるって意味です。上司として」
「あ、ああ。そうだよね……」
ニコッと、大袈裟に笑う。
「うわ、もう時間ですね!戻りましょ、先輩」
スタスタとドアの方へ行って、手招きする松方君。
――さっきのは多分、気のせいだよね……。
広げた弁当箱をまとめる。
立ち上がって、彼の方へ向かった。
♢♢♢
――吉井 琉榎です。よろしくね、松方君。
長机が並ぶオフィス。
斜め向かいを見れば、いつも先輩がいる。
「吉井君、この資料も頼むよ。君は仕事が早いからねぇ」
「あっ……わかりました」
ああ、また余計な仕事を任されている。
優しい先輩。そんなクソハゲの言うことなんて、無視すればいいのに。
「先輩!さっきのデータ、まとめておきましたよ……って、あれ。また仕事増えてません?」
「ああ、うん。さっき、課長がね……。みんな忙しいから、仕方ないよ」
優しいから、クズ共に利用される。
「でも課長、お茶飲みながら休んでましたよ?……俺、課長に言ってきます!」
「えっ、ちょっと!僕なら、大丈夫だから。ね?」
優しいから、全部受け入れる。
「でも……。俺、心配で。なにか、俺にできることはありませんか?」
「ふふっ、本当に大丈夫だよ。でも、ありがとう」
俺なら迷わず切り捨てるものを、いつまでも大事にしている。
素直で、無害で、ほんの少し強引で。弟のような後輩。
先輩の内側に入るには、この顔が一番いい。
先輩に見せる仮面はひとつだけ。
――しょうがないなぁ。俺が代わりにやってあげますよ。
「課長、お疲れ様です~。どうしたんですか?そんなに慌てて」
「松方!?私は、少し休んでいただけでっ……」
唾をまき散らしながら、何かを背に隠す。
こんな奴が、先輩と同じ空気を吸っているなんて。
「部下に仕事放り投げておいて、給湯室でスマホですか。いいご身分ですね」
「なっ、なにを……!大体お前、上司に向かってなんて口の利き方だ!」
上司、か。
――「尊敬してるって意味です。上司として」
先輩。
俺の『上司』は、あなただけですよ。
「ああ、そうだ。業務用PCであんなサイト見るの、やめたほうがいいですよ。消したつもりでも残るものは残りますから」
「そ、それはっ……誰にも言うな」
「なら、さっさと働けよ。資料、机に置いといたんで」
課長の喉が、ひくりと鳴る。
もう一度見下すと、だらしなく走り去っていった。
ため息をつく。
「……うわっ!」
背後で、短い悲鳴。――先輩の声?まさか。
後ろを振り返る。
「松方、くん……。資料が無くなってたから、知らないかなって……」
「先輩……」
迷い子みたいな表情の、先輩。
そんな顔させたいわけじゃないのに。
「今の、聞いてました?」
取り繕えない。
ごめん、先輩。怖がらせてるよな。
「聞いて、ないよ」
先輩は小さく首を振った。
けれど、すぐに視線は落ちる。
「……ううん。本当は、少しだけ」
沈黙。
換気扇だけが、動いている。
「すみ、ません……。俺のこと、嫌いになりましたよね」
唇を噛み、俯く。
先輩はゆっくり息を吐いた。
「ありがとう」
「えっ……?」
顔を上げた。
「僕のために、ありがとう」
目が合う。澄みきった瞳。
「助かったよ」
きれいな、笑みだった。
――ずるいよ、先輩。
せっかく仮面を被ってたのに。
剥がしたら、意味ないじゃないですか。
俺、大型犬なんで。
あんまり油断してると、噛んじゃいますよ?
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
若頭、初恋を掴む
うんとこどっこいしょ
BL
新人賞を受賞したばかりの小説家・前田誠也。
憧れの作家・小山内のもとに弟子入りし、夢に向かって歩き始めた矢先、彼の裏切りによって誠也の日常は崩れ去る。
逃げ出したホテルの廊下で、誠也は思いがけず“初恋の人”──幼なじみの桐生翔吾と再会する。
かつては隣にいた少年が、今は関東屈指の組織「桐生組」の若頭。
冷たくも優しいその瞳に、誠也は再び惹かれていく。
しかし翔吾は、誠也の知らぬところで警察との危うい駆け引きを続けていた。
守りたいのに、関わればまた傷つけてしまう──。
それでも翔吾は誓う。
「もう二度と、お前を泣かせない」
君に二度、恋をした。
春夜夢
BL
十年前、初恋の幼なじみ・堂本遥は、何も告げずに春翔の前から突然姿を消した。
あれ以来、恋をすることもなく、淡々と生きてきた春翔。
――もう二度と会うこともないと思っていたのに。
大手広告代理店で働く春翔の前に、遥は今度は“役員”として現れる。
変わらぬ笑顔。けれど、彼の瞳は、かつてよりずっと強く、熱を帯びていた。
「逃がさないよ、春翔。今度こそ、お前の全部を手に入れるまで」
初恋、すれ違い、再会、そして執着。
“好き”だけでは乗り越えられなかった過去を乗り越えて、ふたりは本当の恋に辿り着けるのか――
すれ違い×再会×俺様攻め
十年越しに交錯する、切なくも甘い溺愛ラブストーリー、開幕。
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
【完結】もう一度恋に落ちる運命
grotta
BL
大学生の山岸隆之介はかつて親戚のお兄さんに淡い恋心を抱いていた。その後会えなくなり、自分の中で彼のことは過去の思い出となる。
そんなある日、偶然自宅を訪れたお兄さんに再会し…?
【大学生(α)×親戚のお兄さん(Ω)】
※攻め視点で1話完結の短い話です。
※続きのリクエストを頂いたので受け視点での続編を連載開始します。出来たところから順次アップしていく予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる