あの部屋でまだ待ってる

名雪

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七話

会社帰り。スーパーへ立ち寄る。
客はそれほど多くない。

鶏むね肉は安い。キャベツも買っておこう。
食材を手に取った。

気付けば、カゴはいっぱいになっている。

「お願いします」
「……はい」

レジに向かう。店員にカゴを渡した。

「……ポイントカードは」
「あっ、持ってます」

財布を取り出す。
いつもの場所に……あった。

「……今日も、沢山買うんですね」

顔を上げる。前髪の長い男性アルバイト。

「安くて、つい」

苦笑した。
一人では、食べきれない量。

「袋詰め大変ですよね。いつもすみません」
「……いえ」

ありがとうございます、言って袋を持った。

自動ドアが開く。
ひゅるり、空気が冷たい。

夜空は、高層ビルに遮られている。
月は見えなかった。

――馨くん、全然帰ってきてないな。……それも、いつもの事か。

頭の良いひとは余計に苦労しやすいだろう。
仕事が忙しいのは、仕方がない。

「ただいま」

誰もいない部屋。
照明のスイッチを押す。食材は冷蔵庫へ。

スマホに充電器を挿す。
メッセージが三件。どれも広告ばかり。

目を離し、立ち上がった。

エプロンを被る。
洗った手で使い慣れた包丁を出す。

千切りキャベツ。鶏肉は大きめ。

「――痛っ」

刃が、指にあたった。血が滲んでいく。

パタパタと小走りする。
絆創膏はどこにあったか。

「……?」

見知らぬ箱が目につく。

段ボールの、小さな箱。
シェルフの上に置かれている。

……馨くんが持ってきたのかな。何が入っているんだろう。

蓋を開いた。

「植物?」

鉢に入った観葉植物。
葉は、茶色く萎れかけている。

箱から出す。土はひび割れていた。
コップに水を汲み、湿らせる。

椅子に座り、スマホで検索をかけた。

枯れた葉は取り除きましょう。
水やりはたっぷり。適度な肥料も必要です。

「いけない、料理の途中だった」

足早にキッチンへ戻る。
絆創膏の指は、もう痛くなかった。


♢♢♢


朝。

「ふ、わぁ……」

目覚ましのアラームに叩き起される。
パジャマ姿でリビングへ向かった。

ソファの上には、でこぼこと大きな布のかたまり。
そっとブランケットを掛け直した。

馨くん、今日は午前休かな。

キッチンのシンクは、大皿が一枚置かれていた。
きれいに洗われている。

温かいコーヒーとトースト。それに、ジャム。
ダイニングに並べる。

ほっと一息。

「……あ」

視線の先に、彩りがあった。
朝日を受ける植物の鉢。

今日も水をあげなきゃ。
コップを持ち、近づいていく。

葉は昨日よりピンと張っていた。
数はまだ少ない。

「がんばれー」

水を染み込ませる。
しっとりと土は潤った。

……これ、僕が育ててもいいのかな。枯らせるよりは、いいよね。

仕事帰りに肥料を買ってこよう。
ちゃんと世話をすれば、もっと元気になるはずだから。

歯を磨き、着替えをし、髪を整える。
馨くんはまだ寝ていた。

「……馨くん、行ってくるね」

彼の前髪を払う。
そっと顔を寄せた。

唇が触れそうな距離──止まる。
額に、キスをした。

それから新しい友達にも挨拶する。

「葉っぱ、増えるといいね。肥料も買ってくるからね」

優しく葉を撫ぜ、忍び足で玄関へ行く。
扉は静かに閉めた。

今日も、ここに帰ろう。
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