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13.回想4(ブラッド)
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それから一カ月ほど経った頃、コンラッドが城外の警備を終え帰ろうとしたときに騎士仲間に声をかけられた。
「ベイトソン公爵令嬢が牢に入れられたらしいぞ。それも平民用のだ」
コンラッドがベイトソン公爵家と親戚であることを知っている騎士が教えてくれた。今夜は夜会の警備ではなかったので何が起こったのかは分からない。騎士の話によると夜会では何事もなくそのあと別室でマリオンとクリフトン、そしてライラの三人が話をしていた。そしてクリフトンの指示でマリオンが牢に入れられた。
一体どんな理由で高位貴族の令嬢を平民用の牢に入れるというのか。まずは取り調べがあるはずなのに全てをすっ飛ばしての暴挙に愕然とした。
コンラッドはすぐにマリオンがいる牢に向かったが、クリフトンの指示を受けた騎士が見張っており近寄れない。それならばとベイトソン公爵家に馬を走らせた。父親である公爵が抗議すればまずは彼女を牢から出せるはずだ。ところが公爵は話を聞くなり怒り出した。
「なんて役に立たない娘なんだ。王太子殿下の不興を買うなど!」
「あなたはそれでも父親か?!」
理由も分からない。それを確かめもせずにマリオンに対して怒りを向けるその姿が許せない。今はまずマリオンを救うことを考えるべきだ。
「自業自得だ。今マリオンの醜聞が流れているんだぞ。殿下の目を盗んで男と逢引きをしていたと。夜会で男と抱き合っていた所を見たという目撃者までいる。これでは我が家が責めを負わされる。いい迷惑だ!」
醜聞? コンラッドは知らなかった。だがマリオンに限って不貞などあり得ない。
ベイトソン公爵はマリオンを見捨てた。クリフトンの顔色を窺うことを優先した。ここで心証を悪くして公爵家を継ぐ愛人との間の子が不利になることを恐れている。
コンラッドにはマリオンを救う術がない。せめて牢の近くにいたいと隠れながら見守った。そしてコンラッドは密かに決意をした。
(マリオンを蔑ろにする国など捨ててしまえばいい。助けだし連れて逃げる!)
もう迷いはなかった。牢から近い城門に逃走するための馬を用意した。門番には金を握らせておいた。追手がかかり殺される可能性はあるが、それでもここから彼女を救い出したかった。
昼頃になるとクリフトンが牢に現れた。息を殺し中の様子を窺がうも声は聞こえない。しばらくするとクリフトンが出て行った。今は見張りの騎士もいない。
(チャンスだ!)
その隙にコンラッドは牢に忍び込んだ。酷くかび臭い。こんなところにマリオンが……。一番奥の牢でドレス姿の女性が倒れている。コンラッドは駆け寄りその細い体を抱きかかえた。頬には涙の痕がある。どこか様子がおかしい?
「マリオン。しっかりしろ!」
声をかけても返事はない。マリオンの体は脱力していて反応がない。口元に耳を寄せて確かめると……呼吸をしていなかった。
「そんな……馬鹿な……死んで?」
おろおろと周りを見渡す。目に入った小瓶を手に取り臭いを嗅ぐ。ツンとした刺激臭が微かにある。
「これは毒だ……」
抵抗した様子がない。クリフトンはマリオンに毒を渡し自死させたのか。勝手にコンラッドからマリオンを取り上げ命まで奪った!!
「うわあああああ!! マリオン!! マリオン!!」
許せない!! コンラッドはマリオンを抱き締めて慟哭した。まだ体は温かい。そうだ。もしかしたら仮死状態で目を覚ますかもしれない。
「とにかくここを出よう」
こんなところにいたくない。一刻も早くマリオンを連れ出さなくては。そのままマリオンを抱きかかえ城門を出る。門番は目を逸らしてくれた。そのまま馬に乗るとマリオンを落とさないように抱きかかえ片手で手綱を握る。このままマリオンを諦められない。もう一度目を開けて欲しい。それだけでいいから……。
「死んでなんかいない……」
自分でも気づかぬうちに涙が溢れ出していた。嗚咽を堪えただ馬を走らせる。
(マリオン。守れなくてすまない。こんなことならあの夜会の夜に連れて逃げてしまえばよかった。俺が情けないばかりに……)
最期に見た悲し気なマリオンの顔が頭から離れない。もしマリオンから「連れて逃げて」と言われれば迷わずそうしただろう。でも彼女が言うはずがない。コンラッドが決断しなければならなかった。
何も考えずに馬を走らせ領地から領地へ移動する。無意識に国境を超えようとしていた。馬を休ませるために何度か休憩を入れた。そして森の中を進みとうとう国境を超えた。
街に着くと持ち金をはたいて荷運び用の小さな馬車を買った。マリオンをローブで包み馬車に乗せ移動する。隣国の更に隣の国へ向かう。小さな国なのですぐに国境を超えられる。とにかく少しでもクリフトンから遠ざかりたい一心だった。
「マリオン……どうして目を開けてくれないんだ……」
マリオンが死んでしまったことを受け入れざるを得なかった。国を出て五日。今は冬で寒いとはいえ、彼女をこれ以上連れて移動するのは無理だ。その国の国境を超えたところで小さな寂れた村に着いた。捨てられた村のようで人気はない。奥へ行くとボロボロの神殿が目に入った。様子を窺がい中に入る。
「誰もいなさそうだ」
神殿内は埃が積もっている。祭壇を軽く拭くとそこへマリオンを横たえた。いったん神殿を出て馬車に戻りここまで頑張って運んでくれた馬に感謝を告げ労った。
「ここまでありがとう。すまないがここからは別行動だ。誰かいい人間に拾われてくれ」
馬に餌と水を与えてから放した。
ランプ用に持っていた油を神殿の周りに撒く。油は少ないが乾燥しているしボロボロの建物なのであっという間に燃えてしまうだろう。コンラッドは火を放つとすぐに中に戻りマリオンを抱きあげて床に座る。
コンラッドは腕の中のマリオンの唇に自分のそれをそっと寄せる。本当なら結婚式で誓いの口付けをするはずだった。こんな汚い寂れた神殿ではなく、荘厳な教会で美しい花嫁となったマリオンに……。唇を離すとマリオンの体をぎゅっと強く抱きしめる。冷たくなった体を温めるように、自分の体温を移すように、強く強く。
「マリオン。もし、もう一度会えたなら……」
すぐに真っ赤な炎が二人を包み込む。コンラッドは愛しい人を二度と奪われないためにその腕の中に閉じ込めた。
(俺はマリオンを守ってくれなかった神には祈らない――)
神殿は真っ黒に焼け落ちた。
コンラッドの人生が終わった瞬間だった。
「ベイトソン公爵令嬢が牢に入れられたらしいぞ。それも平民用のだ」
コンラッドがベイトソン公爵家と親戚であることを知っている騎士が教えてくれた。今夜は夜会の警備ではなかったので何が起こったのかは分からない。騎士の話によると夜会では何事もなくそのあと別室でマリオンとクリフトン、そしてライラの三人が話をしていた。そしてクリフトンの指示でマリオンが牢に入れられた。
一体どんな理由で高位貴族の令嬢を平民用の牢に入れるというのか。まずは取り調べがあるはずなのに全てをすっ飛ばしての暴挙に愕然とした。
コンラッドはすぐにマリオンがいる牢に向かったが、クリフトンの指示を受けた騎士が見張っており近寄れない。それならばとベイトソン公爵家に馬を走らせた。父親である公爵が抗議すればまずは彼女を牢から出せるはずだ。ところが公爵は話を聞くなり怒り出した。
「なんて役に立たない娘なんだ。王太子殿下の不興を買うなど!」
「あなたはそれでも父親か?!」
理由も分からない。それを確かめもせずにマリオンに対して怒りを向けるその姿が許せない。今はまずマリオンを救うことを考えるべきだ。
「自業自得だ。今マリオンの醜聞が流れているんだぞ。殿下の目を盗んで男と逢引きをしていたと。夜会で男と抱き合っていた所を見たという目撃者までいる。これでは我が家が責めを負わされる。いい迷惑だ!」
醜聞? コンラッドは知らなかった。だがマリオンに限って不貞などあり得ない。
ベイトソン公爵はマリオンを見捨てた。クリフトンの顔色を窺うことを優先した。ここで心証を悪くして公爵家を継ぐ愛人との間の子が不利になることを恐れている。
コンラッドにはマリオンを救う術がない。せめて牢の近くにいたいと隠れながら見守った。そしてコンラッドは密かに決意をした。
(マリオンを蔑ろにする国など捨ててしまえばいい。助けだし連れて逃げる!)
もう迷いはなかった。牢から近い城門に逃走するための馬を用意した。門番には金を握らせておいた。追手がかかり殺される可能性はあるが、それでもここから彼女を救い出したかった。
昼頃になるとクリフトンが牢に現れた。息を殺し中の様子を窺がうも声は聞こえない。しばらくするとクリフトンが出て行った。今は見張りの騎士もいない。
(チャンスだ!)
その隙にコンラッドは牢に忍び込んだ。酷くかび臭い。こんなところにマリオンが……。一番奥の牢でドレス姿の女性が倒れている。コンラッドは駆け寄りその細い体を抱きかかえた。頬には涙の痕がある。どこか様子がおかしい?
「マリオン。しっかりしろ!」
声をかけても返事はない。マリオンの体は脱力していて反応がない。口元に耳を寄せて確かめると……呼吸をしていなかった。
「そんな……馬鹿な……死んで?」
おろおろと周りを見渡す。目に入った小瓶を手に取り臭いを嗅ぐ。ツンとした刺激臭が微かにある。
「これは毒だ……」
抵抗した様子がない。クリフトンはマリオンに毒を渡し自死させたのか。勝手にコンラッドからマリオンを取り上げ命まで奪った!!
「うわあああああ!! マリオン!! マリオン!!」
許せない!! コンラッドはマリオンを抱き締めて慟哭した。まだ体は温かい。そうだ。もしかしたら仮死状態で目を覚ますかもしれない。
「とにかくここを出よう」
こんなところにいたくない。一刻も早くマリオンを連れ出さなくては。そのままマリオンを抱きかかえ城門を出る。門番は目を逸らしてくれた。そのまま馬に乗るとマリオンを落とさないように抱きかかえ片手で手綱を握る。このままマリオンを諦められない。もう一度目を開けて欲しい。それだけでいいから……。
「死んでなんかいない……」
自分でも気づかぬうちに涙が溢れ出していた。嗚咽を堪えただ馬を走らせる。
(マリオン。守れなくてすまない。こんなことならあの夜会の夜に連れて逃げてしまえばよかった。俺が情けないばかりに……)
最期に見た悲し気なマリオンの顔が頭から離れない。もしマリオンから「連れて逃げて」と言われれば迷わずそうしただろう。でも彼女が言うはずがない。コンラッドが決断しなければならなかった。
何も考えずに馬を走らせ領地から領地へ移動する。無意識に国境を超えようとしていた。馬を休ませるために何度か休憩を入れた。そして森の中を進みとうとう国境を超えた。
街に着くと持ち金をはたいて荷運び用の小さな馬車を買った。マリオンをローブで包み馬車に乗せ移動する。隣国の更に隣の国へ向かう。小さな国なのですぐに国境を超えられる。とにかく少しでもクリフトンから遠ざかりたい一心だった。
「マリオン……どうして目を開けてくれないんだ……」
マリオンが死んでしまったことを受け入れざるを得なかった。国を出て五日。今は冬で寒いとはいえ、彼女をこれ以上連れて移動するのは無理だ。その国の国境を超えたところで小さな寂れた村に着いた。捨てられた村のようで人気はない。奥へ行くとボロボロの神殿が目に入った。様子を窺がい中に入る。
「誰もいなさそうだ」
神殿内は埃が積もっている。祭壇を軽く拭くとそこへマリオンを横たえた。いったん神殿を出て馬車に戻りここまで頑張って運んでくれた馬に感謝を告げ労った。
「ここまでありがとう。すまないがここからは別行動だ。誰かいい人間に拾われてくれ」
馬に餌と水を与えてから放した。
ランプ用に持っていた油を神殿の周りに撒く。油は少ないが乾燥しているしボロボロの建物なのであっという間に燃えてしまうだろう。コンラッドは火を放つとすぐに中に戻りマリオンを抱きあげて床に座る。
コンラッドは腕の中のマリオンの唇に自分のそれをそっと寄せる。本当なら結婚式で誓いの口付けをするはずだった。こんな汚い寂れた神殿ではなく、荘厳な教会で美しい花嫁となったマリオンに……。唇を離すとマリオンの体をぎゅっと強く抱きしめる。冷たくなった体を温めるように、自分の体温を移すように、強く強く。
「マリオン。もし、もう一度会えたなら……」
すぐに真っ赤な炎が二人を包み込む。コンラッドは愛しい人を二度と奪われないためにその腕の中に閉じ込めた。
(俺はマリオンを守ってくれなかった神には祈らない――)
神殿は真っ黒に焼け落ちた。
コンラッドの人生が終わった瞬間だった。
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