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25.王子様のお嫁様(ルシンダ)※微

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 ルシンダの婚約者はこの国の王太子だった。ハリスン様は金色の髪に金色の瞳、そして中世的な雰囲気を持つ美しい人。公爵家の娘に生まれ両親に愛され育ち、幸せな日々にさらに恋という彩りを添えて至上のものになる。

「ハリスン様。今日はお茶をご一緒できますか」

「もちろん。ルシンダの好きなお菓子を用意して置いたよ」

「わあ! 嬉しい」

 見た目通り素敵で優しい王子様。ルシンダはハリスンが大好きだった。妃教育は大変だけど彼と過ごせると思えば頑張れる。そう思っていたが年齢が上がり教育の内容が難しくなると努力しても追いつけなくなった。

「お父様。妃教育の先生も王妃様も私のことを出来が悪いと言うの……悲しい」

 クリフトンも応援してくれるけどどうにもならない。その不満をお父様に訴えた。お父様は優しく頭を撫でてルシンダを慰めてくれた。

「ルシンダはよくやっている。何よりも可愛い。それが一番大事だ。殿下の婚約者としていつも笑顔で民を安心させるのが大切な仕事だ」

「そうなの? それなら出来るわ」

 安心すると勉強はほどほどに髪やお肌のお手入れに重点を置き、身だしなみを華やかにするためにドレスや宝石を買い集める。充実した毎日の中である夜夢を見た。

 夢の中で自分はライラという名の伯爵令嬢だった。幼馴染の王太子クリフトンが初恋でいつかお嫁さんになりたかった。『王子様のお嫁様』が夢だった。王妃様もいつも言っていた。

「ライラがクリフトンと結婚して私の娘になってくれたら嬉しいわ」

「はい。私もクリフトン様と結婚したいです」

 だけど彼にはブラックストン公爵令嬢エレンとの婚約が内定していた。身分からいえばライラには勝ち目がない。クリフトンが自分を望んでくれればどうにかなったかもしれないが、彼がライラを妹のようにしか思っていないのは分かっていた。

 ところがエレンが隣国の王太子と結婚することが決まり、ライラはチャンスだと浮かれた。それなのにクリフトンはベイトソン公爵令嬢マリオンと婚約してしまった。王妃様の話だとクリフトン自らの希望だと聞いた。ライラは納得いかなかった。

(私の方が美人だし、ずっと側にいたのに。どうして……)

 マリオンはいつも自信なさげに俯いて辛気臭い。どうして彼女を選んだのか理解に苦しむ。
 二人は順調に過ごしているように見えた。それでもライラは変わらず王妃様のところに遊びに来ていた。クリフトンは忙しそうで顔を合わせることは殆どなかったのだが、時折苦しそうな表情で彼が溜息をつくところを見かけるようになった。

「クリフトン様。どうしたのですか? マリオン様と喧嘩をしたのですか?」

 正式な婚約者がいるのだから誤解をされないよう距離を取るよう周りから注意をされていたが、どうしても気になって話しかけた。

「マリオンは私に好意を抱いていない気がする」

「そんな女性がこの国にいるはずありませんよ。きっと気後れしてるか遠慮しているのでしょう」

 いつも自信に満ち溢れているクリフトンが沈んでいると思うと可哀想で思わず励ました。

「私は……マリオンの気持ちが分からない」

「それならば試してみましょうよ!」

 ライラがクリフトンと親しく過ごして嫉妬するのか様子を見ようと提案した。怒るか悲しむのか、マリオンの性格だと泣いてしまうかもしれない。でもそうでなければクリフトンを何とも思っていないということになる。それなら婚約は破棄して今度こそライラと婚約して欲しい。そういう期待も少なからず持っていた。

 クリフトンは幼いころから女性に言い寄られてきた。それが当然でマリオンのような手応えのない反応が初めてで戸惑っていた。消極的な女性の態度ではクリフトンには物足りないのだ。彼は生粋の王子様なのだから。クリフトンはその提案に乗り夜会でライラと過ごすようになった。ライラは優越感に浸りまるで自分こそが彼の婚約者のように振る舞った。

(楽しいわ!!)

 このまま自分が彼の婚約者になれるような気がしていたのだが、夜会が終わると用が済んだとばかりにクリフトンは側からいなくなる。ライラには全く興味がなくマリオンのことしか頭の中にないのだ。彼が離れると冷水を浴びせられたように心が冷えた。そんなとき――。

「マリオン様は不貞を働いていますよ。夜会を抜け出して騎士と抱き合ってました。私は見たのです」

 コンロン侯爵子息が貴族子息たちや令嬢たちとボードゲームをしている時に言い出した。正直、皆話半分だった。彼は女性にだらしなく自分の保身のために簡単に嘘を吐く人間だと知っているからだ。

「証拠もないのに殿下の婚約者のことを言うのはよろしくありませんわ」

 一人の令嬢が窘めた。すると彼はポケットから手紙を取り出した。

「証拠はあります。でもこれはここにいる私たちだけの秘密ですよ」

 そういって広げた手紙の内容は男性への愛を赤裸々に綴った内容だった。

「まあ、破廉恥ですわ!!」
「これをマリオン様が書かれたの?」
「人は見かけによらないわね~」

 皆醜聞に飛びついた。真実かどうかよりも面白いかどうかが大切なのだ。
 ライラは考えた。もしこれをクリフトンが見たらどうなるだろう。きっと婚約を破棄する。今度こそ自分が婚約者になれるかもしれない。これは最後のチャンスだと思いその手紙をクリフトンに渡した。

 クリフトンはマリオンを呼び出すと手紙を突きつけた。コンロン侯爵子息が出した証拠だから本物かどうかライラには分からない。でもクリフトンが筆跡鑑定を頼んでいたらしくマリオンを責め立てている。マリオンは否定したが頭に血が上ったクリフトンは騎士に命じて牢に入れてしまった。

 でも明日には冷静になって牢から出すはずだ。ライラはクリフトンと長い付き合いだが、彼がこれほど感情を動かすところを初めて見た。必死にマリオンの注意を引こうとしている。上手くいっているようには見えないが彼は本気でマリオンが好きなのだ。

 ライラは溜息をついて、そして諦めた。初恋は叶わないのだ。仕方がないわ。どうせ伯爵令嬢が王太子妃になんかなれない。そのための勉強もしてこなかったので今更なれと言われても現実的ではない。婚約者候補だったエレンがどれだけ大変な思いをしていたのか知っていたのだが、クリフトンのお嫁さんになりたいという夢が諦められなかった。

「でも、もういいわ。私に見合った人を探そう」

 数日後にマリオンが失踪したと聞かされた。後日の調査では騎士と駆け落ちしたと判明した。
 マリオンにそんな行動力があるとは思えなかったが牢に入れられ絶望し、何もかも放り出したくなったのかもしれない。コンロン侯爵子息の騎士との恋の話は嘘だと思っていたけれど本当だったらしい。クリフトンが落ち込んでいるかもしれないと心配したが彼は変わらず冷静に見えた。しばらくすると宰相の後ろ盾を持つ令嬢と婚約して結婚した。

 これ以降、ライラは正しく臣下としての立場で接した。もう大人になったので幼馴染だからと馴れ馴れしくすることはない。王妃様のところに遊びに行くのもやめた。そしてほどなく父親の見つけて来た子爵家嫡男と結婚した。子供に恵まれほどほどに幸せな生涯を送った。



「派手なような地味な人生だったわね……。もしかして前世だったりして?」

 でも今はルシンダという公爵令嬢で王太子殿下の婚約者だ。あのときの王子様のお嫁さんになりたいという夢がもうすぐ叶う。そういえばハリスンにはクリフトンの面影がある。子孫なのだから当然だが。
 ハリスンは優しい理想の王子様だ。最近はそっけないが結婚すればまた仲良く過ごせると信じている。

 それよりも社交の場でルシンダを侮る令嬢がいることに苛立つようになった。妃教育が進んでいないことを王妃様が洩らしてしまい馬鹿にされた。他にも嫌なことがあった。ルシンダはピンク色が大好きでドレスもピンク色が多い。みんな知っているはずなのに同じ色のドレスを着ている子を見つけた。あれはルシンダを見下して対抗しているんだ。取り巻きの女の子が彼女を責めた。ルシンダはそれに乗じてその子のドレスにジュースをかけた。するとその子は涙を浮かべ走って逃げていった。なんとか留飲を下げることが出来たが不愉快だ。

(泣くくらいなら私に対抗しなければいいのに)

 最近は何もかも上手くいかない。妃教育では怒られ続け、ハリスンは慰めてくれない。何だか嫌な物でも見るように自分を見る。

(悲しい。どうしてこんなことになってしまったの)

 ところがある夜会でハリスンがいつもの彼に戻っていた。優しくてルシンダを大事にしてくれた頃の彼だった。元の二人の戻れると心の底から喜び浮かれた。

「ルシンダ。君はもう成人だ。これを飲んでごらん」

 彼の手から受け取ったのは琥珀色の液体が入ったグラスだった。お酒だ。ハリスンに大人として認めてもらえたということだ。嬉しくてドキドキしながらまずは一口飲んだ。

「甘くて、美味しい!」

「それはよかった」

 そのまま残りを飲み干した。しばらくすると体が火照ってきた。全身が熱い。

「ルシンダ。少し顔が赤いな。休憩室で休んできた方がいいだろう」

「はい。では少し休んできます」

 侍女の手を借りて休憩室へ向かう。部屋に着くころには息が上がって来た。目が回りベッドで横になり目を閉じると眠ってしまった。

 ――夢を見た。

 ハリスンに抱かれている。今世では清らかな乙女だが前世の記憶では結婚していたので男女の交わりがどういうものかを知っている。それがとても気持ちいいということも。お腹の奥が疼く。もっと、もっと、もっと……。

「ハリスン様~もっと奥まで突いて。気持ちいいの。あああん。あ……あ……」

 彼の手は巧みでルシンダの官能を引き出しては高みに導く。背中を弓なりに反らしては腰を震わせる。ハリスンは激しく腰を打ち付けてくる。何度も何度も。これは何度目の絶頂だろうか。するとバンッ!! と大きな音がした。

「これはどういうことだ!!」

 誰かの怒声に目を開けると目の前には騎士服を着た知らない男がルシンダの両足を抱え剛直を突き入れていた。男はハリスンじゃない。

(どうして? 私はハリスン様と抱き合っていたはずなのに)

「誰? あ……これは何がおこっているの?」 

 肘をついて自分に体を見れば裸だった。体液でべとついている。男は体を離すと慌てて部屋を出て行った。ルシンダは一人ベッドの上に取り残され呆然とした。足の間からはねっとりとした液体が溢れている。純潔を失い中に出されている……。部屋の入り口でハリスンがこちらを睨んでいる。

 ルシンダは不貞を働いたとハリスンとの婚約を破棄された。そして戒律の厳しい修道院に行くことになった。冬になると凍死者が出るほどの厳しい寒さの土地だ。何不自由なく生きて来たのにそこでの生活に耐えられるだろうか。自分を愛してくれていたはずの家族はルシンダを恥さらしだと罵倒し顔も見たくないと追い出した。助けてくれる人はいない……。

「何がどうして、こんなことに……」

 質素な馬車の乗り心地は揺れが酷く最悪だ。ドレスではなく平民の服を着て酷く惨めだった。そして昨日までの幸せを思い返す。ルシンダは何度も考えた。何を間違えたのか、どうして自分は全てを失ってしまったのか。

(分からない……)

 ひとつだけ分かったのはハリスンから受け取って飲んだお酒に何かが入っていたこと。そしてハリスンがルシンダを陥れたこと。

「私はまた、王子様のお嫁様になれなかったわ……」

 彼はいつから自分を疎んでいたのだろう。馬車の窓から見える景色は田畑が広がりのどかな景色になっていく。人よりも放牧されている家畜を多く見かけた。自分はもう王都に戻ることはないのだと思った。




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