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28 突撃! アルフの家

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「ここだ、さっさと入れ」

 平民街の中心、富裕層が多く住む地区に建つ二階建てのレンガ作りのアパートの前で俺は口をひん曲げて立っていた。
 それなりに予想はしてたけど、俺の予想を上回ってアルフは良い所に住んでやがった。一介の執事、しかも見習いがこんな良い所に住めるもんなのか?
 アルフも俺の家を見てビビっただろうが、俺も別の意味でビビってる。

「マジでここに住んでんのかよ。お前、大富豪かなんかの息子?」
「一般家庭だ。ジグゾーゼル辺境伯のお屋敷を紹介して下さった人が用意してくれたアパートで今だけだ。いつまでも住む訳じゃない」
「それでもだな……」

 一階は倉庫になっているらしく、住居部分の二階は天井も高くてベッドも家具も綺麗に配置されてモデルルームかなにかか? って感じにお洒落だ。アルフが言っていた通り風呂もトイレも建物内にあるし、一人暮らしだと考えると贅沢過ぎる程だ。

 前世の俺だったらこれ位の住居なら普通……と思えただろうけど、今この世界で長年貧困生活を送って来た俺には場違い過ぎて落ち着かねぇ。どこにどう立ったら良いのかすら分からん。
 
「座ったら良いだろ」
「いや! 俺汚ねぇし、そんな高そうなソファーに座ったら駄目な気がする。せめて、ラグの上……いや、それも汚しそうだ……ダメだ、俺もう帰っていいか? お前の家がどんなのか充分分かったし」

 帰りたい、マジで帰りたい。俺にはあのボロイ部屋が丁度良かったんだ。
 恋人設定の為に必要な情報は確認できたし、帰っていいんじゃないか、って俺は思うのにアルフ的には駄目らしい。

「ダメだ。夜も遅くなって来たし飯まで買って来たんだから泊って行け。風呂入れば汚いとか気にしないだろ。湯を沸かしてやるから大人しくしてろ」

 退路を断つ様に扉の前に仁王立ちで立ち塞がるアルフに、俺はガックリと項垂れるしかなかった。





 俺は今世、風呂と言えば井戸で行水。頑張った所で桶に水を張る位。正直、風呂らしい風呂に入った事が無い。
 そんな俺がアルフの家の風呂に入れるか、と聞かれれば無理……の一言だ。石鹸すら無く、オレンジの搾りカスで体を洗う俺に、風呂の使い方と石鹸の説明をされても分かる訳が無い。
 結局、戸惑う俺に業を煮やしたアルフが一緒に入る事になり、大量の泡で髪から体まで全身洗われてしまった。

 前世と違い、この世界の風呂は湯船に熱湯と水を注ぎ、丁度いい温度にして入るスタイルらしく、肩までたっぷり、みたいな大量のお湯は作れない。けど、狭い湯船の中、俺とアルフが一緒に入れば腹までは何とか浸かれる位にはあった。それだけあれば充分、半身浴を楽しめる訳で。
 
「お湯のある風呂、最っ高ぉ~。超気持ちいい~」

 あれだけ帰りたいってブチブチ文句言っていたのも何のその。むしろ、部屋に呼んでくれてありがとうって今は心から思ってる! 掌返しが酷い? 何とでも言ってくれ。
 実は、前世の記憶が蘇ってから風呂好き民族の魂が疼いてた俺は、滅茶苦茶風呂に入りたかったんだよ。
 アルフが石鹸で丹念に洗ってくれたおかげで体はツルツルして良い匂いがするし、温かい湯でポカポカになった体からは力が抜けてフニャフニャだし。俺もう、ここから離れたくない。
 後ろにいるアルフの足の間に入って凭れかかっちゃうのも狭いからしゃーないって事で許して。
 
「はぁ……疲れが取れる……。アルフ、今日は改めてありがとうな。ちゃんとお礼言えなかったけどさ、俺、あの時アルフが来てくれて、すげぇ嬉しかったんだ」
「別に……。旦那様が余りにも若奥様の性格を分かってねぇから……イライラしてたんだよ。若奥様、純真ぶってるけど絶対あれ計算だろ。お前の周りをウロチョロしてたのだって、何か目的があっての事なのみえみえだし」
「そうなんだよ!! そう! 流石アルフ、分かってんじゃん!! 若奥様は俺を当て馬にしたかったみたいなんだけど、俺が靡かないもんだから遂に強硬手段に出たみたいでさ。参るよなぁ」

 やっぱり、見る人が見れば若奥様の本性が計算高いってのが分かるんだよ! ああ、分かってくれる奴がいるのって、すげぇ嬉しい。安心するわ。
 そこまで分かってるから、アルフは旦那様を止めに来たんだな。一家臣として進言しただけ、とか何とか言ってたし。主人の為には苦言も呈する、って、実はアルフってめっちゃ有能なんじゃねぇの? さては執事の有望株だな。

「お前、そこまで分かってて若奥様を放置してたのかよ」
「分かっててもさぁ、俺みたいな下男じゃどうする事も出来ないじゃん。俺が下手に何かしたって無礼だ何だって怒られるし、俺の言う事なんて誰も信じないだろ? 今日なんて良い例じゃん。アルフが来てくれたから俺の話を聞いてくれたけど、それまで全否定だったんだし。だから、俺に出来る事は若奥様の言動を躱して誤魔化してって事位しか出来ねぇの」
「はぁ? なんだそれ、最悪じゃねぇか。それを分かってて、お前を利用しようとしていたんだとしたら。あの女……ぶっこ——」
「はいはいはいはい!! それ以上は止めような!!」

 主人の妻にそれ以上は駄目だって! 
 何故かアルフが急に憤り始めて背後から不穏な気配がして、堪ったもんじゃねぇ。こんな狭い湯船の中で一緒にいる俺の身にもなって欲しい。
 これ以上この話題は良くないな。

「なぁなぁアルフ、風呂ってすげぇなぁ~。ほら、見て見て俺の手! しわっしわ~。あ! 足もしわしわじゃん。やっぱ俺、風呂好きだわ~。もう、ここに住もっかなぁ。あははははは」

 無理やり話題を変えてふざけてもみたけど、ちょっとワザとらしかったかな? でも、風呂が好きなのは本当だしな~。どうせなら楽しく風呂入りたいじゃんな。
 まぁ、住むってのは冗談だけど、そんだけこの風呂が最高だって事だ。だから、ゆっくり入らせてくれ。

「住め」
「うはは、冗談じゃん。流石の俺でも風呂場には住めねぇわ」
「部屋に住むに決まってんだろ」
「お前なぁ……」

 またアルフが突拍子もない事を言い出したよ。恋人設定の次は同棲ってか? 
 折角まったりぬくぬく風呂を堪能してたっていうのに。ぐったり凭れてた体を起こしてアルフに向き直る。これ以上アルフの思い付きに振り回されては堪らねぇんだよ。

「あのなぁ、アルフ。これい……じょ…………」

 え? ……なんでコイツ、勃起してんの?

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