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竜人の子、旅立つ
14.注射は大嫌い
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アスディアの竜人騎士団の管轄下にある病院。
豊かな自然に囲まれ、神獣と呼ばれる鳥達の美しいさえずりが聞こえる、普段は閑静な場所。
しかしこの3日間、毎日のように大の大人が泣き叫ぶ声が響き渡っている。
「シローっ!もう無理だっ!俺を連れてミール王国に戻れ!!今すぐにっ!!」
本来の姿になったルーフの耳と尻尾は垂れ下がり、目に涙を溜めながら縋るようにシロに抱き付く。
シロは愛しそうにルーフを抱きしめ、優しくルーフの背中を撫でた。
「そうだね、ルーフ。すぐにミール王国に戻ろうね」
「ああ!荷物はまとめてある!ほら、行くぞ!!早くっ!」
「うん、うん。そうだね。とりあえず、注射打っちゃおうね」
シロの優しい微笑みにルーフの顔が強張る。
「ひっ!」
いつの間にかルーフの後ろに待機していた看護師は、素早い動作でルーフの腕に注射をプスッと刺した。
「ぎゃーっ!!!」
ルーフの叫び声に驚いた鳥達が羽ばたいた。
「やあ、シロ君。勉強中?」
病院の外のベンチで本を読んでいたシロに、スノウが声を掛けた。
「スノウさん、こんにちは。はい、看護師さんが医学書を貸してくれたんです」
シロは医学書をスノウに見せた。
「ああ、その医学書分かりやすいでしょ。騎士学校でも教材として使われてるんだよ」
スノウは「隣、座ってもいい?」と言って腰を掛けた。
「ルーフさん、今日も注射で泣いちゃったらしいね」
「はい。普段、酔っ払って怪我したり、ケンカしたりするくせに注射は大嫌いらしいです。…ふふ、あんなに強いのに」
注射に怯えていたルーフの姿を思い出し、シロは口元を隠しながら笑った。
ルーフは注射を打たれた後、シロと看護師を病室から追い出し、ショックとストレスでふて寝をする。その流れが、この3日間のルーティンだ。
ルーフの聖剣の傷跡の治療も経過は良好らしく、あと数日様子を見て問題なければ退院できる。
しかし竜人嫌いのルーフにとってアスディアにいるだけでストレスを感じるらしく、シロの顔を見るたびに「早く帰らせろ」と子供のようにせがむのだ。
暴れるルーフを抑えるのも大変だが、普段見せない弱った姿のルーフにせがまれると、シロの庇護欲は掻き立てられ、連れ去りたくなってしまう。
シロは、そんな自分の欲望を抑えるのも一苦労だった。
「正直、たまんないんだよなぁ…」
シロはルーフの泣き顔を思い出し、ポツリと呟いた。
「え?ごめん、聞こえなかった」
スノウが聞き返すと、シロは顔を少し赤くして「いや、何でもないです」と俯いた。
シロの反応に不思議そうな顔をしたスノウだったが、「あ!そういえば、ルーフさんの検査結果が出たよ」と封筒から書類を取り出した。
「経過は良好だね。2日後には退院できるよ」
「そうですか。良かった…」
シロは書類を受け取り、内容に目を通す。
「まあ、完治したわけじゃないけど、魔力さえ使いすぎなければ今まで通りの生活が送れるよ」
「…やっぱり、聖剣の傷跡は完治しないんですか?」
シロが聞くと、スノウは申し訳なさそうに頷いた。
「うん。今の治療魔法ではね。元々、魔族に対する治療魔法の研究ってあまりされてこなかったんだ。種族で対立していたからね。でも戦争が終わって、この数十年で魔族の治療魔法も研究されるようになった。騎士学校の医学部では、魔族に対する聖剣の治療方法も研究されているから、いずれ完治する方法も見つかると思うよ」
「…それが早く見つかる事を祈ります。でも…、俺は…」
シロは瞳を閉じて、深呼吸した。
この数日間、ずっと考えてきた事だ。
ルーフの傷跡の異変に気付けなかった不甲斐ない自分。レイズやスノウが使う高度な治療魔法をただ見ていることしかできなかった悔しい経験。
これからも一緒に暮らそうと言ってくれたルーフの気持ち。手放したくない幸せな日常。
ルーフと離れたくない。
絶対、離れたくないけど…。
だけど、自分にはやりたい事があるー…。
シロは目をゆっくり開いて、ルーフがいる病室の窓を見上げた。
「…俺は見守るだけなんてもう嫌だ。スノウさんやレイズ先生のような治療魔法を身に付けたい。…ルーフの傷跡を完治させたい。それが…、それが竜人騎士学校で学べるのなら、俺はそこに進学したいです」
豊かな自然に囲まれ、神獣と呼ばれる鳥達の美しいさえずりが聞こえる、普段は閑静な場所。
しかしこの3日間、毎日のように大の大人が泣き叫ぶ声が響き渡っている。
「シローっ!もう無理だっ!俺を連れてミール王国に戻れ!!今すぐにっ!!」
本来の姿になったルーフの耳と尻尾は垂れ下がり、目に涙を溜めながら縋るようにシロに抱き付く。
シロは愛しそうにルーフを抱きしめ、優しくルーフの背中を撫でた。
「そうだね、ルーフ。すぐにミール王国に戻ろうね」
「ああ!荷物はまとめてある!ほら、行くぞ!!早くっ!」
「うん、うん。そうだね。とりあえず、注射打っちゃおうね」
シロの優しい微笑みにルーフの顔が強張る。
「ひっ!」
いつの間にかルーフの後ろに待機していた看護師は、素早い動作でルーフの腕に注射をプスッと刺した。
「ぎゃーっ!!!」
ルーフの叫び声に驚いた鳥達が羽ばたいた。
「やあ、シロ君。勉強中?」
病院の外のベンチで本を読んでいたシロに、スノウが声を掛けた。
「スノウさん、こんにちは。はい、看護師さんが医学書を貸してくれたんです」
シロは医学書をスノウに見せた。
「ああ、その医学書分かりやすいでしょ。騎士学校でも教材として使われてるんだよ」
スノウは「隣、座ってもいい?」と言って腰を掛けた。
「ルーフさん、今日も注射で泣いちゃったらしいね」
「はい。普段、酔っ払って怪我したり、ケンカしたりするくせに注射は大嫌いらしいです。…ふふ、あんなに強いのに」
注射に怯えていたルーフの姿を思い出し、シロは口元を隠しながら笑った。
ルーフは注射を打たれた後、シロと看護師を病室から追い出し、ショックとストレスでふて寝をする。その流れが、この3日間のルーティンだ。
ルーフの聖剣の傷跡の治療も経過は良好らしく、あと数日様子を見て問題なければ退院できる。
しかし竜人嫌いのルーフにとってアスディアにいるだけでストレスを感じるらしく、シロの顔を見るたびに「早く帰らせろ」と子供のようにせがむのだ。
暴れるルーフを抑えるのも大変だが、普段見せない弱った姿のルーフにせがまれると、シロの庇護欲は掻き立てられ、連れ去りたくなってしまう。
シロは、そんな自分の欲望を抑えるのも一苦労だった。
「正直、たまんないんだよなぁ…」
シロはルーフの泣き顔を思い出し、ポツリと呟いた。
「え?ごめん、聞こえなかった」
スノウが聞き返すと、シロは顔を少し赤くして「いや、何でもないです」と俯いた。
シロの反応に不思議そうな顔をしたスノウだったが、「あ!そういえば、ルーフさんの検査結果が出たよ」と封筒から書類を取り出した。
「経過は良好だね。2日後には退院できるよ」
「そうですか。良かった…」
シロは書類を受け取り、内容に目を通す。
「まあ、完治したわけじゃないけど、魔力さえ使いすぎなければ今まで通りの生活が送れるよ」
「…やっぱり、聖剣の傷跡は完治しないんですか?」
シロが聞くと、スノウは申し訳なさそうに頷いた。
「うん。今の治療魔法ではね。元々、魔族に対する治療魔法の研究ってあまりされてこなかったんだ。種族で対立していたからね。でも戦争が終わって、この数十年で魔族の治療魔法も研究されるようになった。騎士学校の医学部では、魔族に対する聖剣の治療方法も研究されているから、いずれ完治する方法も見つかると思うよ」
「…それが早く見つかる事を祈ります。でも…、俺は…」
シロは瞳を閉じて、深呼吸した。
この数日間、ずっと考えてきた事だ。
ルーフの傷跡の異変に気付けなかった不甲斐ない自分。レイズやスノウが使う高度な治療魔法をただ見ていることしかできなかった悔しい経験。
これからも一緒に暮らそうと言ってくれたルーフの気持ち。手放したくない幸せな日常。
ルーフと離れたくない。
絶対、離れたくないけど…。
だけど、自分にはやりたい事があるー…。
シロは目をゆっくり開いて、ルーフがいる病室の窓を見上げた。
「…俺は見守るだけなんてもう嫌だ。スノウさんやレイズ先生のような治療魔法を身に付けたい。…ルーフの傷跡を完治させたい。それが…、それが竜人騎士学校で学べるのなら、俺はそこに進学したいです」
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