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第6章 選択

040 あの場所で

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 空を見上げると、雪が舞っていた。
 寒い筈だ。
 そう思い、微笑んだ。




 雑居ビルの屋上。
 雅司と初めて出会った場所で、ノゾミは待っていた。
 どれぐらいで、この場所に辿り着けるだろう。
 まずはいつもの公園に向かって。一緒に歩いた街路樹を探して。
 ひょっとしたら、あの遊園地にも行ってるかもしれない。

 雅司と過ごした日々を思い返す。
 どれを思い出しても、心が温かくなっていく。
 色んなこと、あったな。
 でも……足りないよ。

 もっともっと、思い出を重ねたかった。
 一緒に行きたいところ、まだまだいっぱいあった。
 そう思い、白い息を吐く。

 肩が震える。
 この震えはどっち?
 寒いから?
 それとも……




「少しだけ時間、いいかな」

 声に振り向く。
 いつも。どんな時でも。
 傍にいてほしいと願った人。
 誰よりも苦悩を抱え、涙した人。
 そして。
 誰よりも優しく、誰よりも私を認めたくれた人。

 雅司がそこにいた。
 缶コーヒーを手に。
 笑顔で。

「そのセリフ、覚えてたんだ」

「俺たちの出会いの言葉だ。忘れるもんか」

「そうね、そうだった。ふふっ」

 缶コーヒーを受け取り口にする。優しい温もりが染み渡ってきた。

「これが契約だったかもしれないのよね」

「だな。でもそれでもいいかと思えるぐらい、ほっとするだろ?」

「そうね、ふふっ」

 いつもと変わらぬ口調、穏やかな笑顔。
 これから起こることを知っていて、どうしてあなたはそうなの? そう思った。
 本当、不思議な人ね。

「もし契約がこれだったら……今みたいな思い、しなくてもよかったのよね」

「そうだな。お前にとっては、その方がよかったのかもしれない」

「……馬鹿」

「ただ……勝手な言い草だけど、そうしなくてよかったと、今は思ってる」

「本当?」

「ああ。本当だ」

 その笑顔に。ノゾミの胸が熱い何かで満たされる。




「この場所にいるって、分かってくれたんだね」

「俺たちの関係を思ったら、ここしかないだろ」

「他の場所にも行った?」

「いや。ここ以外、ないと思ってた」

「……そうなんだ」

 ノゾミがそう言って、嬉しそうに微笑む。

「もう大丈夫なの?」

「ああ。そこまで飲んでないしな」

「そうじゃなくて。ほら、利用者さんのことよ」

「利用者さん……ひょっとして、山本さんのことか?」

「ええ、そう。あの日から雅司、ずっと思いつめた顔をしてたから」

「気付かれない様にしてたんだが……ばれてたのか」

「それだけ雅司が、人間っぽくなったってことよ」

「ひどいな。俺って、そんなにおかしかったか」

「当たり前でしょ。これまでずっと、悪魔の私をからかって、惑わせて。こんなひねくれた人間、そうそういないわよ」

「お前の反応が可愛くてな。つい意地悪したくなるんだよ」

「でも……そんなあなたが少しずつ、当たり前の感情を見せるようになっていって」

「自分では分からないけど、そうなんだな。でもそれはきっと、お前やメイのおかげだぞ」

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

「しかしここで、山本さんの話が出るとはな」

「どうして?」

「俺の人生はここで終わるんだ。今更そんなこと、どうでもいいかと思ってな」

「そんなことない。例え終わる命だとしても、自らに問い続ける。それがあなたでしょ」

「……」

「あなたはかつて、ここで命を断とうとした。私が契約の話を持ち掛けても、望みすら口にしなかった」

「ああ」

「でもそれは、投げやりになっていたからじゃない。命を軽んじていた訳でもない。あなたはこの場所に立つまで、ずっと自問し続けていた。その結果、これが最善の選択だと判断した。だから全てを受け入れて……全てを諦めた。辿り着いた結論に、誇りすら持っていた、そう言えるかもしれない」

「俺よりも俺のこと、理解してくれたんだな」

「だからあなたは今も、問い続けている筈よ。違うかしら」

「……参ったな」

 雅司がそう言って、自虐的な笑みを浮かべた。
 しかしすぐに真顔になり、頬を叩いた。

「すまん。嫌な顔だったな」

「私はずっと、あなたを見てきた。そして今の様な笑みを見せた時、あなたが何を思っているか分かるようになっていった。それなのに……
 こんな時でも、あなたは私のことを考えてくれるのね」

「それも含めて、全部自分の為だよ」

「かもしれない。でも、それでも……そんなあなたのことを、私は誇らしく思う」

「ありがとう」

「でも私の前でくらい……今くらいは、自分に正直になってもいいんじゃない?」

 そう言って、ノゾミが笑顔を向けた。


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