私以外居なくなってた―職場改革のはざまで

田中葵

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CHAPTER 4

◆選ばないことを選び、誰かを失う(並行して進む空気/選ばないという選択肢の芽)

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 並行して進む空気


 昼休み。

 輪っぱの弁当箱を開ける。
 魚沼産の米は、今日も静かに湯気を立てていた。

 周囲には、誰もいない。

 以前なら、
 この沈黙に、理由を探していた。

 今日は、探さなかった。

 ――私の昼だ。

 そう思った瞬間、
 罪悪感が、ほんの少し遅れてやってくる。

「誰かと分けなくていい」
「遠慮しなくていい」

 それは、
「誰も必要としていない」と、
 どこかで裏返っている。

 ナコハは、米を一口、噛みしめた。

 美味しい。

 美味しいことが、
 こんなに判断を鈍らせるとは、思わなかった。


    ―――


 午後、コピー機の前で、
 別の社員が苛立った声を上げる。

「これ、前はクズミさんがやってくれてたよね?」

 名前を呼ばれて、
 ナコハは一瞬、足を止める。

 ――やろうと思えば、できる。

 でも、
「やらない」選択も、今はできる。

「ごめん。
 それ、私の担当から外れてて」

 嘘ではなかった。

 相手は、少し驚いた顔をして、
 それ以上何も言わなかった。

 その沈黙が、
 小さな線を引く。

 ナコハは、
 その線を、跨がなかった。


    ―――


 夕方、社内チャットに
 短い通知が流れる。

 > 業務分担の見直しに伴い、
 一部プロセスを簡略化します



 誰の名前も出ていない。
 だが、
 誰が“外れたか”は、皆わかっている。

 ナコハは、
 自分のデスクに戻り、
 今日のタスクを静かに終わらせた。

 早く帰れる。

 それは、
 以前なら、少し後ろめたいことだった。

 今は、
 ただの結果だ。

 帰り際、
 ふと視線を上げると、
 新社長がフロアを見渡しているのが見えた。

 目が合う。

 一瞬、
 ほんのわずかな間。

 新社長は、何も言わない。
 ただ、
 ナコハの足元から、机の上、弁当袋までを、
 一息で見て、
 それから視線を外した。

 ――気づいている。

 ナコハは、そう確信した。

 自分が、
「一人用」を選び続けていることを。

 それでも、
 止める気はないのだとも。

 ナコハは、会社を出る。

 夜風が、
 ひとり分だけ、心地よかった。





 選ばないという選択肢の芽


 最初は、ほんの思いつきだった。

 評価会議の前日、ナコハは一覧表を見ていた。
 いつもなら、ここで一人、名前が消える。

 だが今回は、消さなかった。

「今回は……保留、という形にしませんか」

 会議室でそう言ったとき、空気が一瞬止まった。
 新社長は、すぐに理由を求めなかった。

「切らない、ということ?」

「はい。正確には、選ばない、です」

 数値上はギリギリだった。
 だが、配置を少し変えれば成立する。

「前例になりますよ」

「ええ。でも、小さく試すなら、今です」

 ナコハの声は静かだった。
 熱も、正義感も、そこにはない。

 新社長は数秒考え、頷いた。

「一度だけ、やってみましょう」

 そのとき、誰も失われなかった。
 少なくとも、そう見えた。

 ナコハは、胸の奥で小さく息をついた。
 選ばない、という選択肢が、存在しうると知った気がした。


 ※この先、二つの選択に分かれます。
 ・【A】選ばないことで失われたもの▶13
 ・【B】選んだことで壊れたもの▶14

 どちらから読んでも構いません。
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