私以外居なくなってた―職場改革のはざまで

田中葵

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CHAPTER 4

◆社内の小さな事故/「一人用」を続ける選択

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 社内の小さな事故


 それは、事故と呼ぶには小さすぎた。


 朝、ナコハが出社すると、
 共有フォルダの一部が消えていた。

 正確には、「権限がありません」と表示される。

 最初は、設定ミスだと思った。
 IT部門に問い合わせようとして、ふと気づく。

 ――アクセスできないのは、自分だけだ。

 代わりに、見慣れない名前が管理者として表示されている。
 数日前に残留した、別部署の男性社員だった。

「設定、変えました?」

 昼休みに声をかけると、
 彼は少しだけ肩をすくめた。

「ああ。
 このデータ、もう全員で触る必要ないかなって」

「私、今まで――」

「今まで、は今までですよね」

 語尾が、きれいに切り落とされる。

「新体制なんで。
 効率化ってやつです」

 効率化。
 その言葉を、ナコハはもう何度も聞いていた。

 彼は、悪びれていなかった。
 むしろ、どこか正当性を帯びている。

「選ばれた人だけで回す方が、
 不正も起きにくいですし」

 新社長の言葉を、
 ほんの少し歪めて借りてきたような言い方だった。


 その日の午後、
 ナコハは、必要な作業を別ルートで片づけた。

 回り道。
 だが、できてしまう。


「困ってないなら、問題ないですよね」

 誰かが、そう言った。

 ナコハは否定しなかった。
 否定する理由を、もう持っていなかった。

    ―――

 事故は、声になった。

「なんで、あの人は残ってるんですか?」

 選ばれなかった側の反発だった。
 正面切っての抗議ではない。
 雑談の形をした、不満。

 制度は正しい。
 だから、誰かを責められない。

 ナコハは、その場で初めて何もしなかった。
 仲裁もしない。
 説明もしない。

 事故は、自然に収束した。
 だが、空気は確実に変わった。





「一人用」を続ける選択
 ―失われた彼女の後日談
 


 社内の社食フロア、人の密集エリアから離れた一角。

 ナコハは一人用の快適さを満喫していた。
 手作り弁当は、相変わらず美味しい。
 こんなときくらい自画自賛してもいい、とさえ思っていた。

 彼女は、輪っぱの弁当箱を使い続けていた。
 魚沼産のコシヒカリ。
 自分の好きなおばんざい。
 ここ最近は彩りよくおかずを詰めることも多くなり、
 月末なら数の子と黒煮豆と西京漬も入れるようになった。
 そんなこんなで、デパ地下デビューも果たした。

 誰にも遠慮しない量。
 誰の目も気にしない選択。

 それは、驚くほど快適だった。

 反面、怖かった。

「慣れてしまう」と思った。
 このまま、誰も気にしなくなる自分を。
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