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家出する拾われる
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何にもない、どっかの田舎町の駅前。
終電も終わっちゃって、ポツンと置き去りでどうすんのおれ。
って言ったって、どうしようもないわけだけど。
「単線だったもんなぁ……」
そういえば道中、何度か駅で電車がすれ違い待ちしてたよなって、思い出す。
しかも、一両編成だったし。
つまりはそれだけ利用客が少ないってことで、そりゃあ、早じまいもするでしょうなって、納得する。
したとこで置き去りになった自分をどうするか、なんだけど。
まあ、当然バスターミナルがあってもバスは動いてないわけで。
「ん~……」
こういう場合の妥当な手段は、タクシーを呼ぶ、ってことなんだろうけど……なんかそのタクシーすらあるのかなって気がするよなあ。
ほてほてと歩いて、バスターミナル……というか、駅前広場? を横切る。
今ではなかなか見ることもなくなった、電話ボックスの電話機の横に、いくつかタクシー会社のカードが置かれていた。
一枚手に取って、番号を見る。
ふふふ。
個人タクシーじゃねえか。
絶対この時間じゃつかまらないだろ。
さてどうしようかな。
とにかく建物の中に入らないことには、この寒さじゃ、絶対にヤバいことになる。
風邪っぴきですめばありがたい、なんてのは、避けたいよなあ。
カードを元に戻して、スマホを出して検索。
この際、コンビニでもホテルでも喫茶店でも飲み屋でもなんでもいいから、なんかないか探してみなくちゃ。
検索しながら、足は駅の改札方向に向かう。
ザシって、何かが路面を滑る音がして、がんって衝撃がきた。
「あっ!」
気がついたら、空を見上げてた。
キレイな星空。
「あ、鼓星」
「何それ? ていうか、大丈夫?」
声がかけられる。
ガシャン、カラカラと、音がする方を見たら、なんか切羽詰まった顔をした少年が、自転車を引っ張り起こしてスタンドを立ててた。
ああ、なるほど。
どうもおれは自転車に乗っていた少年とぶつかったらしい。
よっこいせ、と体を起こした。
「あの……」
「ごめん。おれにぶつかっちゃったんだよね? 大丈夫? ケガはない?」
「オレは平気。おにいさんこそ、ひっくり返っちゃってたけど、大丈夫?」
ふるふると頭を振ってみた。
うん、痛みはない。
手足も無事そう。
「ありがと、大丈夫」
地面に座り込んだおれの横にかがみこんで、少年は心配そうな顔をする。
くっきりした黒目が、おれを見ていた。
先に立ちあがってみせると、少年はほっとしたようにおれの前に立つ。
「ごめんね、誰もいないと思ってたから、スピード出してた……あ、擦り剥いてる……」
「ん?」
言われて掌を確認する。
おお。
擦り傷なんて久しぶりに見た。
「洗わなきゃ……こっち」
少年はおれの手をひいて駅へ向かう。
洗うって、駅、閉まってんだけど、どうすんの?
ぐいぐいと手をひいていく少年のつむじが、ちょうどおれの目の高さだなって思った。
「なあ、駅は閉まってんじゃないの?」
「こっちに水道ある」
いやあ、この寒空の下で水触るのはちょっと……って思ったけど、すごい真剣な空気を醸し出してる少年にどう言ったものかと言葉を探す。
駅前の清掃用なんだろう、駅舎の外側にある小さな水道に連れて行かれて、ためらっているうちに傷口を洗われた。
冷たい。
洗ってから、ハンカチがないことに気づいたのか、少年は困った顔をした。
うん、そういうもんだよね。
おれも子どものころ、あんまりちゃんとハンカチ持ってなかったよ。
おれはポケットから出したハンカチを少年にわたす。
「おにいさんは?」
「傷がある。ティッシュの方が、いいから」
「そっか。ありがと」
さて、それで、だ。
終電後の夜中に、ひと気のない駅にいるおれがあまり他人のこといえないのはまあ認めよう。
だが、それでも一応は先人している大人なわけで、夜中に一人でいるどう見ても十代の少年を、このまま見過ごすのは気が引けるわけだよ。
なので、お礼に自販機で飲み物をごちそうする名目で、引き留めてみました。
おれはあまり考えずに缶コーヒーを買って、少年は少し考えた後、缶の汁粉を選んだ。
自転車を端に停めなおし、改札前の階段に並んで座る。
「ありがとございます」
「どういたしまして。こっちこそ、洗ってくれて、ありがとう」
「傷はそのままにしちゃダメだって、テルちゃんが言ってたんだ」
「そう」
少年よ、テルちゃんって誰なわけ?
ツッコみたいけど、ちょっと留まった。
ストレートに聞いてもいいもんかな。
こんな夜中にどうしたの、ってことも。
生真面目な顔で少年はふうふうと汁粉を冷ましながら飲んでいる。
「さっき……」
「ん?」
「おにいさん、さっき『鼓星』って言ったけど、何?」
思い出したかのように、こっちを見て聞かれた。
そういえば地面に寝転んだ時に、ちょうどキレイに見えていたんだっけ。
「口に出してた?」
「ばっちり聞こえた」
「そっかあ。すごく星がキレイだったからさあ」
「星? 今も見えてるの? どれ?」
「あれ。あそこの、三ツ星」
真上というには、ちょっと低いところにある、わかりやすく三つ並んだ星。
おれが指さした方向を見てから、少年は不思議そうな顔をした。
「オリオン座?」
「そう。オリオン座。昔の日本では鼓星。三連星《みつらぼし》、ともいうね」
学校で習うのはギリシア神話を元にした、西洋との共通の星座だから、日本での昔の星座や呼び名は習わないもんなあ。
耳慣れないのも、無理はない。
「三連《みつら》っていうのは『三つ並んだ』って意味だから、見たまんまね。鼓っていうのは日本の楽器。見たことないかな? こう、肩に担いで『かっぽん』って鳴らす太鼓」
「あ、知ってる!」
「オリオン座も鼓星も三連星も、どれも、あの星座のことだよ」
「へえ……」
すげえなあって、少年は空を見上げる。
キラキラした目。
いくつくらいなんだろう。
まだまだこれから育ちますって感じの体つきだ。
こんな時間に外にいさせるのは、やっぱりよくないよな、うん。
自転車に乗っていたと言ってたけど、握られた手はそれほど冷たくなかったし、駅の水道の場所を知っていたくらいだから、きっと少年の家はこの近くのはず。
「それ、飲んだら送るから家に帰りなね」
「え?」
「もう、夜も遅いから」
おれの言葉に、む、と少年は唇を引き結ぶ。
「家出でもする予定だった? だとしても、おれに関わっちゃったからタイミングじゃないってことで、今回は帰った方がいい」
「なにそれ? なんで、おにいさんに関わったらタイミングじゃないの?」
「初めにケチついたら、ゲンが悪いっていうじゃん」
「へんなの~」
ふへへって笑って、少年の身体から力が抜けた。
かわいいな。
「オレが帰ったら、おにいさんどうするの?」
「どうしようか?」
「え??」
真顔で問われて真顔で返す。
いや、ホントにね、そこを迷っているわけで。
少年に聞いてもどうしようもないのだけど。
おれの返事を聞いて、少年は呆れたような顔をした。
「っていうかさ、おにいさんこそ、ここで何してたの」
「実は迷子になってて、今夜の宿をどうしようかと、困っていたんだ」
あ、でも不審者じゃないからね。
ただ単に、うっかりここまで来たけど、ここがどこだかわからないだけだから。
何とかなるよと、缶コーヒーを飲み干したら、何か考えていた少年がきっぱりと言った。
「じゃ、うちに泊まればいいよ」
「は?」
いいことを思いついたって顔で、少年も汁粉を飲み干して、おれの手から缶をひったくり、捨てに行ってしまう。
今なんて言った?
うちに泊まれ?
「ちょ、待って。それはいくらなんでも家の人に悪い!」
おれは慌てて立ち上がって、少年の後ろを追う。
「大丈夫、場所はあるし、うちに人が泊まるのはよくあるから。布団がなくてダメっていうなら、オレのベッドで一緒に寝ればいいじゃん」
「それは大丈夫じゃないよ。家の人、困らせちゃう」
「いいんだよ。だって、オレ、テルちゃんを困らせたくて外に出たんだもん。おにいさんを連れて帰ってテルちゃんが困るなら、それでいいんだ」
ドヤって顔で言いきる少年。
え、それはおれ、家族の喧嘩に巻き込まれたっていうやつですか?
少年は片手に自転車、片手におれの右手、の状態でにっこりと笑った。
「じゃ、行こっか!」
終電も終わっちゃって、ポツンと置き去りでどうすんのおれ。
って言ったって、どうしようもないわけだけど。
「単線だったもんなぁ……」
そういえば道中、何度か駅で電車がすれ違い待ちしてたよなって、思い出す。
しかも、一両編成だったし。
つまりはそれだけ利用客が少ないってことで、そりゃあ、早じまいもするでしょうなって、納得する。
したとこで置き去りになった自分をどうするか、なんだけど。
まあ、当然バスターミナルがあってもバスは動いてないわけで。
「ん~……」
こういう場合の妥当な手段は、タクシーを呼ぶ、ってことなんだろうけど……なんかそのタクシーすらあるのかなって気がするよなあ。
ほてほてと歩いて、バスターミナル……というか、駅前広場? を横切る。
今ではなかなか見ることもなくなった、電話ボックスの電話機の横に、いくつかタクシー会社のカードが置かれていた。
一枚手に取って、番号を見る。
ふふふ。
個人タクシーじゃねえか。
絶対この時間じゃつかまらないだろ。
さてどうしようかな。
とにかく建物の中に入らないことには、この寒さじゃ、絶対にヤバいことになる。
風邪っぴきですめばありがたい、なんてのは、避けたいよなあ。
カードを元に戻して、スマホを出して検索。
この際、コンビニでもホテルでも喫茶店でも飲み屋でもなんでもいいから、なんかないか探してみなくちゃ。
検索しながら、足は駅の改札方向に向かう。
ザシって、何かが路面を滑る音がして、がんって衝撃がきた。
「あっ!」
気がついたら、空を見上げてた。
キレイな星空。
「あ、鼓星」
「何それ? ていうか、大丈夫?」
声がかけられる。
ガシャン、カラカラと、音がする方を見たら、なんか切羽詰まった顔をした少年が、自転車を引っ張り起こしてスタンドを立ててた。
ああ、なるほど。
どうもおれは自転車に乗っていた少年とぶつかったらしい。
よっこいせ、と体を起こした。
「あの……」
「ごめん。おれにぶつかっちゃったんだよね? 大丈夫? ケガはない?」
「オレは平気。おにいさんこそ、ひっくり返っちゃってたけど、大丈夫?」
ふるふると頭を振ってみた。
うん、痛みはない。
手足も無事そう。
「ありがと、大丈夫」
地面に座り込んだおれの横にかがみこんで、少年は心配そうな顔をする。
くっきりした黒目が、おれを見ていた。
先に立ちあがってみせると、少年はほっとしたようにおれの前に立つ。
「ごめんね、誰もいないと思ってたから、スピード出してた……あ、擦り剥いてる……」
「ん?」
言われて掌を確認する。
おお。
擦り傷なんて久しぶりに見た。
「洗わなきゃ……こっち」
少年はおれの手をひいて駅へ向かう。
洗うって、駅、閉まってんだけど、どうすんの?
ぐいぐいと手をひいていく少年のつむじが、ちょうどおれの目の高さだなって思った。
「なあ、駅は閉まってんじゃないの?」
「こっちに水道ある」
いやあ、この寒空の下で水触るのはちょっと……って思ったけど、すごい真剣な空気を醸し出してる少年にどう言ったものかと言葉を探す。
駅前の清掃用なんだろう、駅舎の外側にある小さな水道に連れて行かれて、ためらっているうちに傷口を洗われた。
冷たい。
洗ってから、ハンカチがないことに気づいたのか、少年は困った顔をした。
うん、そういうもんだよね。
おれも子どものころ、あんまりちゃんとハンカチ持ってなかったよ。
おれはポケットから出したハンカチを少年にわたす。
「おにいさんは?」
「傷がある。ティッシュの方が、いいから」
「そっか。ありがと」
さて、それで、だ。
終電後の夜中に、ひと気のない駅にいるおれがあまり他人のこといえないのはまあ認めよう。
だが、それでも一応は先人している大人なわけで、夜中に一人でいるどう見ても十代の少年を、このまま見過ごすのは気が引けるわけだよ。
なので、お礼に自販機で飲み物をごちそうする名目で、引き留めてみました。
おれはあまり考えずに缶コーヒーを買って、少年は少し考えた後、缶の汁粉を選んだ。
自転車を端に停めなおし、改札前の階段に並んで座る。
「ありがとございます」
「どういたしまして。こっちこそ、洗ってくれて、ありがとう」
「傷はそのままにしちゃダメだって、テルちゃんが言ってたんだ」
「そう」
少年よ、テルちゃんって誰なわけ?
ツッコみたいけど、ちょっと留まった。
ストレートに聞いてもいいもんかな。
こんな夜中にどうしたの、ってことも。
生真面目な顔で少年はふうふうと汁粉を冷ましながら飲んでいる。
「さっき……」
「ん?」
「おにいさん、さっき『鼓星』って言ったけど、何?」
思い出したかのように、こっちを見て聞かれた。
そういえば地面に寝転んだ時に、ちょうどキレイに見えていたんだっけ。
「口に出してた?」
「ばっちり聞こえた」
「そっかあ。すごく星がキレイだったからさあ」
「星? 今も見えてるの? どれ?」
「あれ。あそこの、三ツ星」
真上というには、ちょっと低いところにある、わかりやすく三つ並んだ星。
おれが指さした方向を見てから、少年は不思議そうな顔をした。
「オリオン座?」
「そう。オリオン座。昔の日本では鼓星。三連星《みつらぼし》、ともいうね」
学校で習うのはギリシア神話を元にした、西洋との共通の星座だから、日本での昔の星座や呼び名は習わないもんなあ。
耳慣れないのも、無理はない。
「三連《みつら》っていうのは『三つ並んだ』って意味だから、見たまんまね。鼓っていうのは日本の楽器。見たことないかな? こう、肩に担いで『かっぽん』って鳴らす太鼓」
「あ、知ってる!」
「オリオン座も鼓星も三連星も、どれも、あの星座のことだよ」
「へえ……」
すげえなあって、少年は空を見上げる。
キラキラした目。
いくつくらいなんだろう。
まだまだこれから育ちますって感じの体つきだ。
こんな時間に外にいさせるのは、やっぱりよくないよな、うん。
自転車に乗っていたと言ってたけど、握られた手はそれほど冷たくなかったし、駅の水道の場所を知っていたくらいだから、きっと少年の家はこの近くのはず。
「それ、飲んだら送るから家に帰りなね」
「え?」
「もう、夜も遅いから」
おれの言葉に、む、と少年は唇を引き結ぶ。
「家出でもする予定だった? だとしても、おれに関わっちゃったからタイミングじゃないってことで、今回は帰った方がいい」
「なにそれ? なんで、おにいさんに関わったらタイミングじゃないの?」
「初めにケチついたら、ゲンが悪いっていうじゃん」
「へんなの~」
ふへへって笑って、少年の身体から力が抜けた。
かわいいな。
「オレが帰ったら、おにいさんどうするの?」
「どうしようか?」
「え??」
真顔で問われて真顔で返す。
いや、ホントにね、そこを迷っているわけで。
少年に聞いてもどうしようもないのだけど。
おれの返事を聞いて、少年は呆れたような顔をした。
「っていうかさ、おにいさんこそ、ここで何してたの」
「実は迷子になってて、今夜の宿をどうしようかと、困っていたんだ」
あ、でも不審者じゃないからね。
ただ単に、うっかりここまで来たけど、ここがどこだかわからないだけだから。
何とかなるよと、缶コーヒーを飲み干したら、何か考えていた少年がきっぱりと言った。
「じゃ、うちに泊まればいいよ」
「は?」
いいことを思いついたって顔で、少年も汁粉を飲み干して、おれの手から缶をひったくり、捨てに行ってしまう。
今なんて言った?
うちに泊まれ?
「ちょ、待って。それはいくらなんでも家の人に悪い!」
おれは慌てて立ち上がって、少年の後ろを追う。
「大丈夫、場所はあるし、うちに人が泊まるのはよくあるから。布団がなくてダメっていうなら、オレのベッドで一緒に寝ればいいじゃん」
「それは大丈夫じゃないよ。家の人、困らせちゃう」
「いいんだよ。だって、オレ、テルちゃんを困らせたくて外に出たんだもん。おにいさんを連れて帰ってテルちゃんが困るなら、それでいいんだ」
ドヤって顔で言いきる少年。
え、それはおれ、家族の喧嘩に巻き込まれたっていうやつですか?
少年は片手に自転車、片手におれの右手、の状態でにっこりと笑った。
「じゃ、行こっか!」
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