ようよう白くなりゆく

たかせまこと

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朝の風景

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 朝の光。
 まぶしい。
 部屋のカーテン、閉め忘れたっけ?

「んう……」

 寝返りをうって、いつもの布団と手触りが違うことに気がついた。
 慣れない香り。
 馴染みのない、音。
 目が覚めたら、ぬっくぬくの布団の中でした。
 旅館とかじゃなくて、誰かの家だなってわかる和室。
 そこにのべられた布団の中にいた。
 着ているのはおれには全くサイズの合っていない、大きなスウェット。
 寝間着代わりのスウェットは借り物で、着ていた服は洗濯しておくからと取り上げられた。
 それから、ええと……そうだ。
 ぼんやりと天井を眺めながら思い出す。
 昨夜、なんかいろいろと無理だって唐突に思ってしまって、行先も確かめないで電車に乗ったんだ。
 別に行方をくらませようとか、世を儚もうとか、そういうんじゃなくて。
 うん、なんかホントに唐突にどこかに行きたくなったので、そうしてみた。
 そうそう。
 それで行きついた先で電車がなくなって、困っていたところを自転車で轢かれて、加害少年の家に泊まることになったんだっけ。
 おれを自転車で轢いた少年は、名乗りもせずにぐいぐいとおれを家に連行していったのだ。
 連れてこられた家にいたのは、少年が『テルちゃん』と呼ぶ相手で、保護者。
 面差しはよく似ていたと思うから、多分父親。
 おれよりは多分いくつか年上で、がっしりした体格の優しそうなその人は、関照好《せき てるよし》という名前だと、名乗ってくれた。

「……っ」

 ケフン、と喉が鳴って、やばいなって気がついた。
 昨晩冷やしたせいか……ちょっと喉がイガイガしている気がする。
 口元を手で覆って、ゆっくり息をする。
 うん、まあ、気をつけていれば大丈夫なレベル、かな。
 目に入る光加減が、少しだけ変わる。

「ん?」

 顔を向けたら、障子の隙間からひょこんとのぞく顔。

「……おはよ」
「オハヨウゴザイマス」

 じっとこっちを見てくる様子は、年齢相応にあどけない。
 きりりとした眉。
 けど、目がくるんとしてて、たぶん関さんよりはっきりした顔立ち。
 昨夜家に連れてこられて年齢を聞いた時は、引き留めて家に帰るように言ったおれグッジョブ! って思った。
 小学五年生だって言うんだよ?
 いや、ホントにおれ、グッジョブ。
 昨夜チラリとしか会ってないけど、関さんがおっとりした熊だとしたら、こっちは好奇心旺盛な洋種の子犬。

「テルちゃんが、起きてたら朝ご飯一緒にどうですかって」

 興味津々、でも、どうしたらいいのかわからない。
 そんな感じで障子から顔だけのぞかせて、少年が言う。

「ありがたく、いただきます」
「じゃあ、台所に来て。こっち」

 うなずくと少年が手招いたので、案内されて台所に向かう。
 昭和レトロな雰囲気の家。
 廊下は少し寒くて、ぶるりと身体が震える。

「寒い?」
「ちょっとだけ。寒いのは苦手なんだ」
「ふーん」

 引き戸を開けて中に入ると、ほわっと暖かかった。

「テルちゃん、呼んできた」
「おう、サンキュ。箸並べてって」
「はーい」

 ガスコンロの前に立つ、関さん。
 卵焼きと味噌汁がテーブルに並べられてた。
 時計の代わりにでもしているのかテレビがつけっぱなしになっていて、耳にうるさくない音量で「今日は傘の出番はなさそうです」なんて、お天気のお姉さんが話してる。
 冷蔵庫の扉には、学校の書類と思われるプリントがマグネットで止められていて、壁にはなんかの賞状が貼ってあって。
 雑然としてるけど、すごくしっくりする雰囲気で、生活してるんだなあって感じた。

「おはよ」

 おれの顔を見て、関さんが笑う。
 ラグビーとかやってますかって聞きたくなるような、背が高くてがっちりした体型の人が、台所でエプロンつけて朝の準備してるのが、なんだか妙にサマになっていてほほえましくて、おれもつられて頬が緩む。
 テレビの中でしか見たことのない、朝の風景がそこにあった。

「おはようございます」
「好き嫌い、ない?」
「はい」
「よかった。これくらいしかないけど、どうぞ」

 示された席に座ると、目の前に白飯が追加された。
 それからしんなりしたキャベツと鰹節を混ぜた小鉢。
 箸を並べ終えた少年は、姿を消したと思ったら戻ってきて、おれの背に綿入り半纏を乗せた。

「あ、ありがと」

 少年はコクンとうなずくと、自分の席に着く。

「シュン、時間は?」
「今日から冬休み」
「あ……そっか……じゃ、昼飯がいるんだ」
「いいよ、適当にやっとくから」

 手を合わせてから、ありがたく朝飯をいただく。
 すげえなあ、ちゃんとした朝食だなあって、しみじみしながら箸を進めた。
 自分一人だと、いいとこせいぜい野菜ジュースにトースト。
 下手すりゃ牛乳一杯、なんて日もある。
 遙か過去に、家族と暮らしていた時にだって、こんな朝の食卓をむかえたことなんてなかった。
 いやまず、家族で食卓を囲んだ記憶がないんだけど。
 おれが一人で勝手に感動しながら食事をする間に、二人はサクサクと食べながら会話してる。
 そしていつの間にか、ヒートアップしてた。

「だから、テルちゃん、出かけてきなって言ってるじゃん」
「行かない」
「何で」
「時間がわからない。夜になるなら、お前一人で留守番させとくわけにもいかないじゃないか」
「遅くなったって大丈夫、オレ、留守番してるし! テルちゃんがどうしてもイヤだって言うんなら、じいちゃんのとこに行っててもいいし」
「そういうわけにはいかないだろ」
「何で」
「いいんだよ。お前が気にすることじゃない」
「オレがいて、テルちゃんがひーちゃんに会えないなら、オレ、じいじのとこに行くって言ったよね」
「その必要はないって言った」
「テルちゃんのわからずや! ごちそうさま!」

 ものすごい勢いで言葉が交わされていて、おれが驚いている間に、少年は席を立つ。
 すごい。
 何がすごいって、あれだけしゃべっていたのにきれいに食べ尽くされていること。
 それから、プンスカしているのに、挨拶をして食器を下げてから部屋を出ていくこと。
 いや、君、行儀よすぎじゃね?
 驚いて見つめていたら、関さんが眉を下げた。

「変なところを見せたね。申し訳ない」
「いえ……や、あの、謝られることじゃ……びっくりはしたけど、羨ましいなというか、すごいなって」

 うん。
 あれだけ言い合えるのも、なんか、すごい。

「羨ましい?」

 関さんと少年にだいぶ遅れて食事を腹におさめきったおれは、二人に倣って手を合わせる。
 関さんは、おれの使った食器をひいて、熱い茶を出してくれた。

「おれは経験したことないから、なんていうか……いい関係だなって思って」

 言葉がこぼれる。
 思わず出た言葉なのに、目を見張った関さんは、照れくさそうに笑って息をついた。

「ありがとう」

 一宿一飯の礼、じゃないけど、申し出て朝食の片づけをさせてもらう。
 その間に関さんは掃除洗濯。
 さっきの言い合いはなかったように、しれっと少年は居間の机で宿題らしきプリントを広げている。

「シュン、部屋でしろよ」
「寒いもん」
「じゃ、ちょっとの間ケツあげて」
「ん」

 息ぴったりに動きながら掃除機かけているのが、ほほえましい。
 食器は洗ってカゴに伏せておいてくれたらいい。
 そう言われていたので、それだけをして、少年の横に座る。
 関さんは別の部屋に行っていて、手持ち無沙汰で、壁に掛けられている額に目をやった。
『照好』『春暁』
 丁寧に墨で書かれて並んでいる二枚の額。
 少年の手元にあるノートには、『関 春暁』とバランスが悪いけど、筆圧の高そうな角のある字で書かれている。
 そうか、これ、二人の名前なんだ。

「しゅんぎょう……君、『シュン』って呼ばれてたのは、しゅんぎょうって名前だったからなんだ」
「読めるの?」

 驚いたように、少年がおれをみた。

「読めるよ。いい名前だね」
「へえ……なかなか、読める人いないんだよ。すごいね」

 そう言って、自分も額に目をやる。

「名前、じいじが決めて、あれを書いてくれた……ホントは『はるあき』って読むけど、オレ、シュンギョウの方が好き」

 きゅ、っと口元を引き締めて、シュンが言う。
 生真面目な顔。
 声をかけようか迷ったところで、関さんが戻ってきた。

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