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ナオからの電話
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気がついた。
否。
ホントはずっと、知っていた。
おれが寺で年末年始の手伝いをしている間、何度も何度も、スマホが震えていたこと。
夜、布団に入るときに確認したら、同じ発信元が表示されていたこと。
ずらりと並んだその番号を見て、途方に暮れる。
どうにかしないといけないなと思ったけど、今更な気もした。
メッセージを受信することも、折り返すこともできなくて、着信拒否も無理で、結局おれはその番号を無視した。
なあ。
何で?
何でこんなことすんの。
お前はおれから離れるんだろ?
並んだ着信履歴を眺めて、思う。
おれは、どうしたらいいんだろう。
正月休みの最後の日、おれはチュンを呼び出していた。
待ち合わせは、ショッピングモールの中にあるカフェ。
多少天気が悪くても大丈夫なところを選ぶのは、いつものこと。
「よお、ぶー。元気そうじゃん」
「なにそれ、元気に決まってんじゃん」
「うん、思ったよりってこと。もっとしんなりしてるかと思った」
「しんなりって」
おれは青菜か。
あとから来たチュンは、コートを椅子の背にかけてから、座った。
「風邪も引いてなさそうだし、ちゃんと食って寝てたみたいだな。ま、元気そうで、ほっとしたわ」
「おおげさな」
「それ、自分の行動振り返って言えよ」
一見笑っているけど、目の奥が笑ってない顔で、チュンがすごんでくる。
ハイ、ソウデスネ。
昔から知られているだけに、あまり強くは言えない。
寮の同室時代、何度か寝込んだおれを看病してくれたのは、間違いなくチュンだ。
わかってるよしょうがないなあ、と言うように、チュンが肩をすくめる。
「で、なによ?」
「いや、なんもないけど……」
「けど?」
「スマホ買い替えんのに、暇つぶし、つきあってもらおうと思ってさ」
チュンから『休みの間に一度は顔を見せろ』と、新年の挨拶と共にメッセージが入っていた。
だから呼び出しただけで、特に何があるわけじゃない。
ついでにスマホを新規契約しようと思い立った。
ナオの番号を着信拒否にはできない。
だけど、もう、連絡を取り合う気にはなれないんだよ。
「ぶー?」
呆れたようにチュンがおれの名を呼ぶ。
「オレは、お前に『話し合え』って言った気がするんだよな」
「ああ……」
そうだった。
でも、したくなかった。
気まずくて、視線を逸らす。
「休みの間に、岡田から連絡があった」
急にチュンがそう言った。
「え?」
連絡?
ナオから?
「結構、あわててたぞ」
「は? なんで?」
意外なことを言われて、コーヒーを飲みかけていた手がとまる。
「『郁が行方不明になった』」
「なにそれ」
「電話での岡田の第一声。職場は休み、部屋にもいない、電話もつながらない。親の連絡先も知らない。岡田はお前の事情も知ってるし、その時点で手詰まりになって、オレにかけてきた」
ナオがおれのことで手詰まりになったら、確かにチュンにしか連絡できない。
おれとナオがつきあっている、ってことは、おおっぴらにはしていなかった。
ナオはむしろ隠していたと思う。
知っていたのは、チュンくらい。
だから、仲がいいとは思われていても、おれの安否を騒ぎ立てるようなことはできない。
結婚話が広まってる今なら、尚のこと、そうだろう。
「事情って、ただ単に実家がないってだけじゃん」
溜息ひとつ。
バカみたいだ。
「実家のことだけじゃないだろ。有耶無耶にしたとはいっても、一応は、ちゃんとお前とつきあってたって意識はあったんじゃねえの?」
「どこに?」
おれに内緒で他の女と結婚しようとした奴の、どこに?
「お前の安否を気にするあたり?」
「おれがポックリいったら、自分が気まずいからだろ」
「気まずいってことは、自分が悪者だって意識があるってことだから」
ああ、ナオが罪悪感を持っているってことか。
誠実ではなくても、悪いことをしたとは思っているんだ。
「外面が良いだけじゃね?」
「ま、それはそうだろうな。とりあえず、休み中は出かけてるってことと、行き先は知ってるから大丈夫ってことは言っといた」
へらっとチュンが笑うから、こっちもつられて笑う。
そうだな、それでいいんだろう。
おれは元気に生きていて、もう、ナオと関わる気はない。
「さんきゅ」
「おう」
動揺はしたけど、心臓が握りつぶされるような気持ちには、ならなかった。
あんなに好きだったのに、どうでもいい人になってしまった。
どうでもいい人だと思ったこともどうでもよくて、そのことがなんだか悲しくなった。
「なあ、これからどうすんの?」
「どうもしない」
「わざわざスマホ変えなくても、着信拒否しちまえよ。操作できないんならオレがしてやろうか?」
ホレよこせ、とチュンが手をひらひらさせる。
「話し合えって言ってたくせに?」
「お前にする気がねえなら、どうしようもないじゃん。着信拒否で済むんだから、新規契約なんて無駄な労力使うなって。基本的に省エネで生きてるくせに」
「悪かったな、省エネで」
自分のことは自分で面倒見るしかないじゃないか。
それがわかっているから、おれは普段はできるだけ無理をしない。
無理しないように気をつけていたって、残業が続いたりちょっと夢中になって生活を適当にしたら熱が出る。
そんな身体と付き合っていかなきゃだから、意識できるところは意識する。
待ち合わせは暖かいところにするし、生活には気を遣う。
徹夜をしない、きちんと食べる、しっかり眠るのは、マスト。
それをチュンは『省エネ生活』だという。
関家にたどり着いたこの間の行動は、ものすごく珍しいことなんだ。
正月の予定を話すのに必要で、チュンにそのことを話したら『お前たまに暴走するから』と笑われた。
「いんや? 煮詰まると暴走する癖に、暴走しても範囲が知れてるから、いいんじゃね?」
「なんかムカつく」
そう言いながら、おれはチュンにスマホを預ける。
多分、これが正解。
そんな気がしたから。
否。
ホントはずっと、知っていた。
おれが寺で年末年始の手伝いをしている間、何度も何度も、スマホが震えていたこと。
夜、布団に入るときに確認したら、同じ発信元が表示されていたこと。
ずらりと並んだその番号を見て、途方に暮れる。
どうにかしないといけないなと思ったけど、今更な気もした。
メッセージを受信することも、折り返すこともできなくて、着信拒否も無理で、結局おれはその番号を無視した。
なあ。
何で?
何でこんなことすんの。
お前はおれから離れるんだろ?
並んだ着信履歴を眺めて、思う。
おれは、どうしたらいいんだろう。
正月休みの最後の日、おれはチュンを呼び出していた。
待ち合わせは、ショッピングモールの中にあるカフェ。
多少天気が悪くても大丈夫なところを選ぶのは、いつものこと。
「よお、ぶー。元気そうじゃん」
「なにそれ、元気に決まってんじゃん」
「うん、思ったよりってこと。もっとしんなりしてるかと思った」
「しんなりって」
おれは青菜か。
あとから来たチュンは、コートを椅子の背にかけてから、座った。
「風邪も引いてなさそうだし、ちゃんと食って寝てたみたいだな。ま、元気そうで、ほっとしたわ」
「おおげさな」
「それ、自分の行動振り返って言えよ」
一見笑っているけど、目の奥が笑ってない顔で、チュンがすごんでくる。
ハイ、ソウデスネ。
昔から知られているだけに、あまり強くは言えない。
寮の同室時代、何度か寝込んだおれを看病してくれたのは、間違いなくチュンだ。
わかってるよしょうがないなあ、と言うように、チュンが肩をすくめる。
「で、なによ?」
「いや、なんもないけど……」
「けど?」
「スマホ買い替えんのに、暇つぶし、つきあってもらおうと思ってさ」
チュンから『休みの間に一度は顔を見せろ』と、新年の挨拶と共にメッセージが入っていた。
だから呼び出しただけで、特に何があるわけじゃない。
ついでにスマホを新規契約しようと思い立った。
ナオの番号を着信拒否にはできない。
だけど、もう、連絡を取り合う気にはなれないんだよ。
「ぶー?」
呆れたようにチュンがおれの名を呼ぶ。
「オレは、お前に『話し合え』って言った気がするんだよな」
「ああ……」
そうだった。
でも、したくなかった。
気まずくて、視線を逸らす。
「休みの間に、岡田から連絡があった」
急にチュンがそう言った。
「え?」
連絡?
ナオから?
「結構、あわててたぞ」
「は? なんで?」
意外なことを言われて、コーヒーを飲みかけていた手がとまる。
「『郁が行方不明になった』」
「なにそれ」
「電話での岡田の第一声。職場は休み、部屋にもいない、電話もつながらない。親の連絡先も知らない。岡田はお前の事情も知ってるし、その時点で手詰まりになって、オレにかけてきた」
ナオがおれのことで手詰まりになったら、確かにチュンにしか連絡できない。
おれとナオがつきあっている、ってことは、おおっぴらにはしていなかった。
ナオはむしろ隠していたと思う。
知っていたのは、チュンくらい。
だから、仲がいいとは思われていても、おれの安否を騒ぎ立てるようなことはできない。
結婚話が広まってる今なら、尚のこと、そうだろう。
「事情って、ただ単に実家がないってだけじゃん」
溜息ひとつ。
バカみたいだ。
「実家のことだけじゃないだろ。有耶無耶にしたとはいっても、一応は、ちゃんとお前とつきあってたって意識はあったんじゃねえの?」
「どこに?」
おれに内緒で他の女と結婚しようとした奴の、どこに?
「お前の安否を気にするあたり?」
「おれがポックリいったら、自分が気まずいからだろ」
「気まずいってことは、自分が悪者だって意識があるってことだから」
ああ、ナオが罪悪感を持っているってことか。
誠実ではなくても、悪いことをしたとは思っているんだ。
「外面が良いだけじゃね?」
「ま、それはそうだろうな。とりあえず、休み中は出かけてるってことと、行き先は知ってるから大丈夫ってことは言っといた」
へらっとチュンが笑うから、こっちもつられて笑う。
そうだな、それでいいんだろう。
おれは元気に生きていて、もう、ナオと関わる気はない。
「さんきゅ」
「おう」
動揺はしたけど、心臓が握りつぶされるような気持ちには、ならなかった。
あんなに好きだったのに、どうでもいい人になってしまった。
どうでもいい人だと思ったこともどうでもよくて、そのことがなんだか悲しくなった。
「なあ、これからどうすんの?」
「どうもしない」
「わざわざスマホ変えなくても、着信拒否しちまえよ。操作できないんならオレがしてやろうか?」
ホレよこせ、とチュンが手をひらひらさせる。
「話し合えって言ってたくせに?」
「お前にする気がねえなら、どうしようもないじゃん。着信拒否で済むんだから、新規契約なんて無駄な労力使うなって。基本的に省エネで生きてるくせに」
「悪かったな、省エネで」
自分のことは自分で面倒見るしかないじゃないか。
それがわかっているから、おれは普段はできるだけ無理をしない。
無理しないように気をつけていたって、残業が続いたりちょっと夢中になって生活を適当にしたら熱が出る。
そんな身体と付き合っていかなきゃだから、意識できるところは意識する。
待ち合わせは暖かいところにするし、生活には気を遣う。
徹夜をしない、きちんと食べる、しっかり眠るのは、マスト。
それをチュンは『省エネ生活』だという。
関家にたどり着いたこの間の行動は、ものすごく珍しいことなんだ。
正月の予定を話すのに必要で、チュンにそのことを話したら『お前たまに暴走するから』と笑われた。
「いんや? 煮詰まると暴走する癖に、暴走しても範囲が知れてるから、いいんじゃね?」
「なんかムカつく」
そう言いながら、おれはチュンにスマホを預ける。
多分、これが正解。
そんな気がしたから。
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