ようよう白くなりゆく

たかせまこと

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ナオからの封書

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 少しずついろんなところに折り合いがついていって、気持ちが過去になっていく。
 いつもそうだった。
 どれだけ苦しくても、そうやって、やり過ごしてきた。

 だから、郵便受けに知らせが届いた時は、そりゃあもう、驚いたわけよ。
 自分の顔を見ることができてたら、きっと、すっごい変な顔してたろうなって思う。
 いやあ、確かに出欠確認はこの時期に――挙式のほぼ一か月前にするものだし、リストからおれの名前を外せなかったんだろうって、察するけど。
 だけど、実際に届いてみると、すっげえ微妙な気分。
 テーブルの上にあるのは、往復はがきと白封筒。
 差出人欄は、ナオの名前と知らない女の名前。
 披露宴と二次会だってよ。
 何を考えて、おれに出してよこした。
 しかも、どの面下げて参列しろと。
 おれはナオとつきあってたんだよな?
 しかも有耶無耶のうちに捨てられたんだよな?
 なんだって別れた男の結婚式に、行かなきゃならないんだ。
 こんなの欠席一択だろう。
 っていうかおれの名前を、招待客リストから外せよ。
 それくらい、しろよ。
 悲しいとか辛いとか苦しいとか、そういうのを通り越していく。
 お前、ホントにどうしたいわけ?
 あんなに世話になったのに、仲良くしていたのにって、つるんでいるメンバーに言われるのは承知の上で、おれは返事を書く。



 欠席します。


 
 社会人の常識みたいなやつで、『謹んで』とか『残念ながら』を書き足す、なんていうのも習ったけど、いいだろう。
 そこは、なんというか、書く気にならない。
 『おふたりの幸せな新生活を祈念します』なんていうのも、誰が書くか。
 意地、なのかな。
 常識なしと言われても、これで勘弁してほしいところだ。



 そういうのは、おれにとってだけ大ごとで、他の誰にとっても大したことじゃない。
 返信も投函して、記憶から消し去るとこにした数日後、布団の中でまどろんでいたら、ぶるぶると枕元でスマホが震えた。
 夜、まだ浅い時間。
 いい歳の大人がなぜこんな早い時間に寝ていると言われても、不思議じゃない時間だけど、俺はすでに布団の中。
 手を伸ばして画面を見たら、チュンの名前だった。
 一旦切れるのを待って、メッセージを送る。

「声が出ない。文字でよろ』

 飯の誘いだったら、申し訳ないけど断ろう。
 おれは、ただいま絶賛風邪ひき中なのだ。

『お、風邪?』
『多分』
『生きてるか?』
『熱はない。咳。あと、声が出ない』
『見舞いは?』
『いらね』
『りょ』

 チュンは慣れているので、これで通じるのがありがたい。
 昨日、シュンから連絡があったときは大騒ぎされて、そういえば慣れない人はこうなるもんだったなと思い出した。
 あやうくテルさんが派遣されてくるとこで、『おれにとってこの程度の風邪は、割と日常茶飯事だから大丈夫』と、慌てて断った。
 あんまり納得してない感じだったから、今度、フォローしておかなきゃな、と思う。
 チュンからの連絡は案の定、ナオに出した返事のことで、披露宴と二次会、どっちも欠席とはどういうことだろうっていう確認だった。
 幹事が気を遣って『生方が欠席なんだけど、なんかあったんだろうか』って、チュンに連絡したらしい。

『もちろん間違ってねえよな?』
『当然だろ。どの面下げて出席しろと?』
『だよな』
『招待状来たのも、ビビった』
『草生える』
『つか、マジで仕事で行けない』
『そうなん』
『そう』

 関家の寺から見つかった史料を、正式に仕事として保存管理することになったのだ。
 ただ、何故か条件が厳しかった。
 持ち出し禁止。
 機材搬入可。
 作業員はおれがご指名で、手伝いは誰が何人入ってもいいけど、とにかくおれに来い、っていう。
 なので職場と調整した結果、期間一年の現地派遣となったのだ。

『三月に引っ越すから、その準備』
『何、転職?』
『出張派遣』
『長い?』
『とりあえず一年。なんで、一旦ここ引き払う』
『まあ、無理すんな』
『あざっす』
『じゃ』
『また』

 チュンとのやり取りを終えて、身体を起こす。
 なんか、目がさえた。
 買い置きしてある食料をつまんで、スポーツ飲料で水分補給をする。
 薬を飲んで、用を足して、加湿器の様子を確認した。
 慣れた手順。
 ちょっとだけ動き回った感じだと、明日はもう少し楽になっているだろう。
 まだ寒さの厳しい時期だから、油断はできないけど。
 音がないのが寂しい気がしたから、テレビのスイッチを入れる。
 変な笑い声の入るバラエティは苦手。
 丁度、どこか知らない国の紀行番組があったので、チャンネルを合わせて二時間ほどで切れるように、タイマー設定した。

 あと少し、眠ろう。
 起きたら元気になっているはずだから。



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