ようよう白くなりゆく

たかせまこと

文字の大きさ
18 / 43

受験のススメ

しおりを挟む
 三日ほど前、急に空気が冷たくなって、いつものように熱が出た。
 おれにとってはいつものことでも、やっぱり迷惑と心配をかけてしまって、申し訳なくなる。
 こっちに来てからは、熱を出すのは二回め。
 解熱剤を飲めば動けないほどではないから大丈夫だと言ったけど、テルさんとシュンによって布団の住人にさせられている。

「ケフン」

 空咳が出て、喉の奥、喉仏のあたりを意識する。
 上手くイガイガを逃がさないと、そのまま連続で咳が出てしまうから。

「ぅぁー……」

 季節の変わり目は、苦手だ。

「いっくん、起きてる?」

 学校から帰ったらしいシュンが、障子からひょこんと顔を出す。
 そろそろ顔出してくれないかなと思っていたんだ。
 退屈していたわけでもないけど、ちょっとだけ人恋しかったから、ありがたい。

「……ぉかえり」
「ただいま。熱、下がった?」
「んー……あとちょっとかな」
「まだ、声枯れてるね」
「咳、出てるから」

 一緒に暮らしていてもおれは部外者だから、かわいいテルさんを見た夜から、関家の中でどういう話があったのかは知らない。
 この家で見るテルさんはやっぱりしっかり者で、シュンは変わらずちゃんと学校に通っている。
 最近、シュンは気を遣ってかおれの布団に入ってこない。

「宿題、ここでやっていい?」
「いいよ」

 そういうとシュンは準備していたプリントを出して、問題を解き始める。
 静かな時間。
 熱があって寝ているときは、なんとなくすうすうと寂しくなるんだけど、今は違う。
 窓ガラス越しに、青空が見えた。
 今日はいい天気だったらしい。
 しばらく手を動かしていたシュンは、ポイっと鉛筆を置いて、固まった。

「いっくん」
「ん?」
「前にさあ、テルちゃんはオレのこと好きって言ってたじゃん」
「うん」
「今でも、そうかな」
「そう思うけど……なんで、急に?」

 枕に頭を置いたままのおれの横で、ゴロンと横になって、シュンは天井を眺める。

「母ちゃんがさあ、来いって言うんだ」
「どこに?」
「家。父ちゃんと母ちゃんのとこ。そんで、受験していい学校に行けってさ」

 テルさんに教わった。
 ご両親は健在だけど、テルさんの時は育てられる環境になくて、シュンの時は仕事が忙しくて。
 どちらの時もそれなりの理由があって、寺の方に預けられたそうだ。
 テルさんが独り立ちするころに、おばあさん――住職の奥さんがご病気になって、それをきっかけにこの家でふたりで暮らすようになったって。

「ふうん。シュンはどう思ってるの?」
「行きたくない。中学はさ、どこでもいいんだ。受験してもしなくても、特にこだわりないから。でも、あっちに行くのはやだ」
「何で?」
「なんか、今更って思うし……母ちゃん、テルちゃんのこと悪く言うからやだ。テルちゃんがいいっていうなら、こっちにいたい」

 悪く?
 首を傾げていたら、シュンがまっすぐの目でおれを見ていた。

「オレ、いっくんが好き」

 はい?
 何だ急にと思ったけど、ありがたいことだから、お礼を言う。

「うん。ありがと。おれも、シュンが好きだよ」
「じーちゃんもテルちゃんも好きだけど、そうじゃなくて。いっくんは特別の好き。ずっと一緒にいて欲しい好きなんだ」

 ……――え?
 は?

「シュン?」
「テルちゃんとひーちゃんみたいに、仲良しになりたいって好き。って、母ちゃんに言ったら、テルちゃんがオレに悪影響を与えてるって言うんだ。だから、オレは母ちゃんのとこに行かなきゃいけないんだって。どう思う?」
「なんの冗談だって思う」

 今、すごい情報がどかどかっと来たよ?
 え、待って、今ちょっと頭の中ぼーっとしてて、受け止めきれない。
 好き?
 誰が、誰を?
 どんな好き?
 それを誰に言ったって?

「冗談てなにが?」
「色々……」
「ふうん。でも、オレ、冗談言ってないから」

 掛け布団を挟んで、おれの隣に転がって、シュンがオレを見る。

「テルちゃんの影響じゃなくて、オレの気持ちでいっくんが好き」
「そりゃあ、また……」

 揺らぎのない、まっすぐの視線がおれに向く。

「いっくんが一人で泣くのは嫌だって、思った。オレが居て、安心してくれるのは嬉しいと思った」
「はい?」
「前に、いっくん熱出したじゃん。あのとき『シュン、手を貸して』って言った」

 あー。
 高校時代に寝込んだ時、何度かチュンに手を握ってもらったことがある。
 どうしても寝付けなくて、手を握らせてもらってやっと寝付いたんだ。
 春先に熱が出た時、おれはかなりグラグラで記憶はあいまいなんだけど、熱に浮かされてそう言ったんだろう。
 『チュン、手を貸して』って。

「『ここにいて』『少しの間でいいから、手を握って』って、オレに言ってくれた。オレ……いっくんにしてあげられることがあるの、すごく嬉しかったんだ。いっくんがしんどいなら、いつでも手を握ってあげたい」

 でも、シュン。
 それは人違いだし、勘違いだよ。
 お前は優しい子で、自分がそこにいていいと言って欲しい子で、だから、おれに惑わされてるんだよ。
 そう言いたいのに、おれはバカで。
 まっすぐのシュンの視線を嬉しいと思ってしまった。

「だから、オレはここにいたい」

 ああ。
 だけどさ、そのまっすぐな目に、改めて思い知らされる。
 どうやったってお前は小学生だし、おれは大人なんだよなあ。

「だったらおれは、受験して来いって言うよ」
「いっくん?」
「だってお前まだ子どもなんだよ? まだまだこれから、育たなきゃ。いっぱいいろんな経験して、何がいいのかって言われたらちょっと困るけど……いい学校行って、たくさん勉強した方がいいよ」
「いっくん……」
「おれはお前のことかわいい子にしか思えないしさ……もし、お前がホントにおれのこと好きなら、いい学校に行っていい経験していい男になって、おれを惚れさせてみろって、言う」

 お前はいい子だから、おれになんて引っかかってちゃ、ダメだよ。
 だから、何かをするのにもしないのにも、おれが理由でなんてダメだ。

「行っといでよ、シュン」

 ごめん、テルさん。
 おれ、シュンを突き放すのにこう言うしか、思いつかなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

処理中です...