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たかせまこと

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弱い人

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「ねえさん、最近、ゆきちゃんどうですか?」

 職場での昼休みに、あたしをつかまえた椎くんが、ちょっとばかり真面目な顔でそう言った。
 思っていたよりあっさりと梅雨が明けて本格的な夏が始まって、身体が暑さに慣れてきた頃。

「どうって?」
「俺、しばらくコンタクトとってないんで、元気かなと」
「普通に元気にしてると思うけど?」

 緩く飲み友達としてのお付き合いをしていて、気がついたことがある。
 ゆきさんは、すごく優しいけど、すごく危なっかしい。
 ふわふわしていて捉えどころがない、って言ったらいいのかな。
 目を離したらいつの間にかふわっといなくなってしまいそうな感じ……っていうか、実はいなかったのかもしれないって、思ってしまう感じ。

「ちゃんと、食ってます?」
「ほとんど呑みの席だから……うん、まあ、多分いろいろと口にはしてると思うわよ」
「痩せた感じとかないですか」
「あの人、元々細いじゃない……何? ゆきさん、どっか悪いの?」

 椎くんの心配っぷりにちょっとビビる。
 そう言えば前にも、食べているかどうか確認していたなって、思い出したから尚更。

「悪い……っていうか、まあ、弱いの方が正確なんですけど」
「弱い?」
「ちょっと……」
「どゆこと?」

 椎くんの心配顔を見て、こっちの眉間に皺がよっちゃうのは、仕方ないと思うの。
 だって呑み友達だって以上に、ゆきさんはあたしの恩人だ。
 何かあたしができることで助けになるなら、そう思うじゃない。

「んー、ねえさんならいいかな。あのですね、あの人、精神的にモロイ人なんで、放っとくと食べるの忘れんですよ」
「は?」

 食べるのを、忘れる?

「そういうのって、忘れるモノなの?」
「らしいですよ」
「だって、三大欲求の一つよ?」

 何かに夢中になって寝食を忘れるっていうのは、たまに聞く話だけれど……それでも、どっかで我に返るものだと思う。
 確認するあたしに、椎くんは肩をすくめて答えた。

「元から食が細い人なんです。で、自分が食べることにはあんまり興味がないらしくて」
「はあ」
「誰かに食わせるのは好きみたいで、でも、誰でもいいってわけじゃなくて。その辺、よくわかんないんですけど……それで、何度か救急搬送されてます」
「食べないで?」
「はい。栄養失調とか脱水とか……とにかく、その辺の理由で」

 ちょっと、開いた口がふさがらない感じ。
 そういう危なっかしいところがあっても不思議じゃない人だけど、いつも大量に料理を作っているから、食にはこだわりがあると思っていた。

「あたしといる時は、そんな感じないけど……」
「そうですか。よかった」
「何かまた食べなくなるようなことに、思い当たる節でもあるの?」

 もしあたしが気を付けられることなら、気を付けておこう。
 そう思って聞いたら、椎くんはすっと表情を消した。
 こういう顔を彼がするときは、自分の中でぐるぐると考えている時。
 しばらくそのまま返事を待つ。

「椎くん?」

 ちゃんと話しなさい。
 そう思って名前を呼んだら、椎くんは困った顔になりながらも、ちゃんと応えてくれた。

「連絡が、途切れてるんです……ゆきちゃんが依存している人から」
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