スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました

東束末木

文字の大きさ
245 / 278

第94話 そして辿り着いた或るパラダイス #2

しおりを挟む
お互い視線を絡み合わせるピノとケットラ。
目の前の獲物は自分よりも遥かに小さな少女だ。それこそ腕のたった一振りで吹き飛んでいきそうな。
だがケットラに動く気配はない。本能的にピノに何かを感じ、その得体の知れなさに警戒を解くことが出来ないのだ。そのあたりは流石最強ケットシーと言えよう。だが――

その察知能力はまだまだと言わざるを得ない。何しろもし正確に察知出来ていれば、選択肢は『即時撤退』以外無かったのだから。

「じゃあまずはあなたの強さを見せてもらおうかな。ギルドの受付嬢たる者、例え希少な魔物だとしても強さと危険度はきっちり把握しておかなきゃね」
そんな受付嬢の鑑みたいな事を口にするピノ。だが勘違いしないで欲しい。その『把握』を自分自身が身をもって行う必要など絶対に無い。無い筈だ。

しかしそれについてはこの場の誰もツッコむ事無く、当のピノも当然ヤる気に満ち溢れている。
そしてピノは――

自らの気配をすっと薄めた。

とその瞬間!
まるでアクセルとブレーキを踏み間違えたかのようにピノの前に飛び出した――いや、飛び出してしまったケットラ。己の意思に反して。

これは気配を利用したピノのフェイントである。
自分の気配をゆっくりと高め、それによりケットラを圧してゆく。知らずそれに対抗していったケットラから、突然その圧力が消え失せたら一体どうなるか……?
当然こうなる訳だ。

そんな気配による手押し相撲に敗れたケットラは、想定していなかった自らの反射的な動きに驚き焦るが時既に遅し。トルク重視のケットラ、そのゼロ発進はハンパないのだ!

だがそこはやはり最強種、切り替えは早い。
止まれぬ? ならば――止まらぬっ!

空中で姿勢を整え、ピノの目前に着地した瞬間に繰り出した最強の猫――いや虎ぱんち。フェイントに踊らされた過去の己を絶ち切るかのようなその一撃は、残像を残してピノまでの最短距離を疾り、そしてそのピノの身体を――

何の手応えもなくすり抜けた。

「――ガル!?」
何が起きたのか理解できない。不可解! 恐怖! だがこの一瞬で理解させられた!
手を止めた瞬間、自分のターンは終了する!

止めちゃダメだ! 止めちゃダメだ! 止めちゃダメだ!
左右からの連撃をひたすら繰り出し続けるケットラ。その一撃一撃が空気を押し退け唸りを上げる。

だが、全く当たる気配は無い。当たる予感すらしない。その絶望感は焦りを呼び、その焦りは全身に生命の危機を伝える。それはやがて極限を超え、速さと鋭さは兼ね備えた身体能力を遥かに超えてゆき、そしてとうとう歴代ケットラ史上最強の一撃に到達した。種族の限界を突破――凌駕したのだ!

と、その時である。

「ふむふむ……このくらいの速さだと喰らっちゃう冒険者さん結構多そうだなぁ。で、その衝撃の強さはどんなものかな、っと……」

ズドムッ!!
ボグッ!!
ビキッ!!
ッ!?

ケットラの体内に衝撃と破壊の音が響き渡った。
その瞬間、周囲に響いていたのは虎ぱんちの風切り音のみ。だがケットラは、確かに自らの身体の――いや、体内のあちらこちらから同時に鳴り響くその『音』を確かに聞いたのだ。

――そして己の眼前では!
目に写るその状況が頭で理解できない。
自分が繰り出した虎生じんせい最高の右ぱんちが、少女が差し出した手のひらでピタリと停止している? これは一体なに――!?

とここでケットラは我が身の違和感を感じ始める。
最初は右手。
力一杯殴ったその拳に感じたその感触は、まるで壊れる事のない固い壁だった。
つまりそれは……
ケットラのぱんちを受けたピノのてのひらが、インパクトの瞬間にすら微塵の揺らぎも起こさなかったという事。

それを認識した瞬間ケットラは気付く。
先ほど衝撃音が鳴り響いた全身のあらゆる箇所が、今度は猛烈な痛みを発し始めた事に。
己の放った最強の虎ぱんちに込められた全ての力が、衝撃となって己自身の身体にそのまま襲いかかった事に!

「――――ッ!!!!」

全身数十ヵ所の骨が砕け――
その骨を繋ぐ筋肉は断裂し――
身体を支える事が出来ない!

その危機的状況がケットラの脳に絶え間なく届き続け――
ただただ痛い!
途轍もなく痛い!
もうそれが痛みなのか何なのかすら理解出来ぬ程に……

ケットラは転げ回る事も出来ず、ただ口から泡を吹いてその場に倒れ伏した。

「ピノ! あんたそれやりすぎだよ!! 【中回復】だっ!」
マリアベルは慌ててケットラに【中回復】を発動。それによりケットラは際どいところで一命を取り留める事が出来た。

「そんな……だって私……ただ受け止めただけだもん……それだけだもん」
一同がほっと胸を撫で下ろす中、そう涙目で呟くピノ。気持ちはよく分かるが、目撃したケットラの惨状から同意出来ない一同の気持ちもまたよく分かる。

ケットラが放った過去最高の一撃――それは大地を蹴る足を起点とし、その全てを右手に乗せた美しい螺旋の動き。
確かに彼女の言う通り、ピノがケットラのぱんちを受け止めただけなのは間違いない。
だがその最強の虎ぱんちは、全身を完全に連動させたその動き故に、止められた反動もまた全身の破壊に及んだのである。



ケットラの身体は危機的状況を乗り超え、やがて筋肉の緊張も解れてゆく。
そんな中、痛みが引いた事に気付いたケットラが薄っすらとその目を開けた。

――あたたかい
――いたくない
――生きて、いる

そして自らの身体に魔力の残り香を感じ取る。自らを癒した、その魔力を。
そしてそれと同じ魔力に――マリアベルにその目を向ける。目が開いたばかりの赤子が、その視界に母親を求めるが如く。

やがてその瞳は光を取り戻す。
そんなケットラがマリアベルに向ける眼差しは、感謝から恋慕、そして憧憬を経て信仰へ――

「おや、目が覚めたようだね。何処か痛いところは残ってないかい?」
穏やかな視線と穏やかな声を自分に向けるその女神は、どうやら自分の身を案じてくれているようだ。
それに気付いた瞬間、ケットラは素早く立ち上がるとマリアベルの前に跪いた。
これ以上女神に心配を掛けるわけには行かない!

マリアベルはその突然の行動に驚きながらも、まなじりを下げながら優しく声を掛け、そして――
「ま、まあ元気になったようでよかったよ」
自然にその頭を――いや、頭から始まり全身を順にモフり始めた。
それを見れば他の乙女達もただ眺めているはずもなく――

「ししょーずるい! 私もっ!!」
「ベルベルさん、私も参加!」
ミレアとロベリーもケットラに突撃した。

穏やかな表情のケットラは、そんな二人を柔らかく迎え入れる。女神の仲間に失礼を働く訳にはいかないから。
「「んもっふぁーーっ……最っ高ぉ!」」

そしてもちろんピノも――
「じゃあ私も――」

ずざざざざざーーーーーーーっ!!

その反応は劇的だった。
ピノの声を聞いた瞬間、頭から尻尾まで全身の毛をビビビンッと逆立て、一瞬で遥か後方に飛び退いたケットラ。
だがまだ止まらない。走るほどの速度で更に後ずさり続けると背中からダンジョンの壁に激突。だがその足は尚もまだ後ずさろうと動き続ける。それ以上下がれないにも関わらずだ。

「うわっ、ピノ様ヒドい。ケットラちゃんがあんなに怯えちゃうなんて……」
ミレアが責めるような目でピノを見る。
「ええぇぇぇ……」

「ああ、可哀想に。よっぽど怖かったんだねぇ」
マリアベルもまた涙目のケットラに同情する側だ。
そして――

「ピノ様、彼から5メートル以内への接近を禁止します」
完全にケットラ側に立ったロベリーに至っては、ピノにそんな通告を投げ付けた。

「そ……そんな」
「諦めなピノ。あんたはそれだけの事をしちまったんだ」
「私何もしてないもんっ。ただ受け止めただけだもんっ!」

だがそんなピノの反論は当然受け入れられる筈もなく――

ピノに許されたのは、怯えるケットラにそっと歩み寄り優しくモフり倒す3人の様子を遠くから眺める事だけだった。

そして――
出会いの後には当然別れが訪れる。
名残を惜しむ3人、そしてとうとう最後までケットラの毛並みを堪能する事が出来なかったピノ。
彼女が得たのは、ケットラの虎ぱんちの感触だけ。そう、今も手に残る、あの肉球のすばらしい感触だけであった。
――ぷにっと。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

一流冒険者トウマの道草旅譚

黒蓬
ファンタジー
主人公のトウマは世界の各地を旅しながら、旅先で依頼をこなす冒険者。 しかし、彼には旅先で気になるものを見つけると寄らずにはいられない道草癖があった。 そんな寄り道優先の自由気ままなトウマの旅は、今日も新たな出会いと波乱を連れてくる。

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

極限効率の掃除屋 ――レベル15、物理だけで理を解体する――

銀雪 華音
ファンタジー
「レベル15か? ゴミだな」 世界は男を笑い、男は世界を「解体」した。 魔力も才能も持たず、万年レベル15で停滞する掃除屋、トワ。 彼が十年の歳月を費やして辿り着いたのは、魔法という神秘を物理現象へと引きずり下ろす、狂気的なまでの**『極限効率』**だった。 一万回の反復が生み出す、予備動作ゼロの打撃。 構造の隙間を分子レベルで突く、不可視の解体。 彼にとって、レベル100超えの魔物も、神の加護を受けた聖騎士も、ただの「非効率な肉の塊」に過ぎない。 「レベルは恩恵じゃない……。人類を飼い慣らすための『制限(リミッター)』だ」 暴かれる世界の嘘。動き出すシステムの簒奪者。 管理者が定めた数値(レベル)という鎖を、たった一振りのナイフで叩き切る。 これは、最弱の掃除屋が「論理」という名の剣で、世界の理(バグ)を修正する物語。気になる方は読んでみてください。 ※アルファポリスで先行で公開されます。

異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

葉泪秋
ファンタジー
「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー) ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。 神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。 そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。 ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。 早く穏やかに暮らしたい。 俺は今日も、規格外に育った野菜を手、皆の姿を眺めている。 【毎日18:00更新】 ※表紙画像はAIを使用しています

中年オジが異世界で第二の人生をクラフトしてみた

Mr.Six
ファンタジー
 仕事に疲れ、酒に溺れた主人公……。フラフラとした足取りで橋を進むと足を滑らしてしまい、川にそのままドボン。気が付くとそこは、ゲームのように広大な大地が広がる世界だった。  訳も分からなかったが、視界に現れたゲームのようなステータス画面、そして、クエストと書かれた文章……。 「夢かもしれないし、有給消化だとおもって、この世界を楽しむか!」  そう開き直り、この世界を探求することに――

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

不死王はスローライフを希望します

小狐丸
ファンタジー
 気がついたら、暗い森の中に居た男。  深夜会社から家に帰ったところまでは覚えているが、何故か自分の名前などのパーソナルな部分を覚えていない。  そこで俺は気がつく。 「俺って透けてないか?」  そう、男はゴーストになっていた。  最底辺のゴーストから成り上がる男の物語。  その最終目標は、世界征服でも英雄でもなく、ノンビリと畑を耕し自給自足するスローライフだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  暇になったので、駄文ですが勢いで書いてしまいました。  設定等ユルユルでガバガバですが、暇つぶしと割り切って読んで頂ければと思います。

処理中です...