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四:明治村・後編
四の六:明治村後編/―15年―
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「お前らに教えておく。俺が面接の場をなぜこの〝明治村〟にしたのかをな」
俺は沈黙でうなずく。
カツも冷静にエイトの顔を見ている。
フォーはなにも言わぬままにエイトの言葉を待っていた。
「今から15年前だ。ある広域暴力団の総長が長寿の祝にと、直接の子分たちのはからいで旅行に出ることになった。行き先は下呂温泉とその総長がかねてから行きたがっていた〝明治村〟だった」
エイトが数歩、歩くと周囲を見回しながら続ける。
「とはいえ、総長クラスの人間が動くとなれば簡単には行かねぇ、つながりのある関西系のヤクザ組織に協力を願い出ると、地元の中京系の暴力団組織にも仁義を入れて、関東ヤクザが足を踏み入れる事を黙認してもらった。そしてもうひとつ――」
エイトは足元を踏みしめて続ける。
「――当時、関東の大都市圏に縄張りを手に入れようとしていた台湾ヤクザ崩れが総長の命を狙っている事がわかった。そのため、名古屋旅行は極秘裏のうちに済ませる必要が出てきた。だが自分たちのオヤジの大切な長寿の祝だ。曲げるわけには行かねぇ。子分連中の総力をあげての隠蔽工作が始まった。水入らずの極秘裏の名古屋旅行を成功させるためにな」
そしてエイトは天を仰いだ。
「それが15年前の運命の日。この明治村に来た時にとんでもない事が起きた――」
「とんでもない事?」
俺は思わず問いかける。だがエイトは振り向かなかった。
「――旅行の日程がバレてたんだ。敵対連中にな」
それが何を意味するのか。俺もカツも蒼白にならざるを得ない。
「襲撃場所はここ。品川灯台の前だ。退路を絶たれてとりかこまれてあっという間だ。総長の護衛を兼ねて同行していた直属子分は11人――、そのうち8人が死亡し、総長は重体ながら生き残った。残る二人は重症ながら無事にすんだ。だがその生き残りの片割れが――」
そして俺は脳裏に最悪の答えを導き出していた。
「――榊原礼二ですか?」
震えながらの俺の声にエイトは頷いた。
「そのとおり」
そしてフォーも問いかけてくる。
「まさか、極秘情報をリークしたのって?」
「あぁ、お察しのとおりだ。例のごとく物証は無いがな。そして――」
もう一つ考えられる結末があった。俺はエイトに問いただす。
「残る一人の生き残りって――まさか?」
それがそう告げればエイトの頭部のガトリングの砲身がかすかに回転する。
「言うな。もうとっくに捨てた過去なんだよ」
だがそれでも、エイトには強い思いがあったのだろう。振り向きながら俺たちにこう言ったのだ。
「それでも俺はケジメを付けなきゃならねえ。15年前のあのケジメを――」
それまでジャケットのポケットに突っ込んでいた右手を出すと手のひらを上に向けて広げて俺たちの方へと向ける。
「おやじを護りきれなかった。兄弟たちが死んじまった。裏切り者が心の中でベロを出して生きているのを、俺は歩くこともままならねぇ体で黙ってみているしかなかった。だが――」
エイトは傍らのフォーへと視線を向ける。
「――身動きならない体でなんとか使いこなしていたネット空間で知り合えた縁がきっかけだった。悪魔がほほえんだのか、神様が見逃したのかは知らねぇ。だが俺はネット上にも闇社会があることを知り、そしてコイツらのような連中が居るサイレントデルタへと接触した。そして数年越しで俺は組織の幹部の地位へと上り詰めた。すべてはそう――」
そして俺はエイトと言う漢の思いを知る。
「――全ては15年前のケジメのためですね?」
俺の言葉にうなずくとエイトは右手の握りしめながら言った。
「そうだ」
エイトの傍らのフォーが言う。
「おっさんがサイレントデルタでやってきたのはすべてそのためか?」
それは仲間を身を案じると言うより、俺とカツのように、互いに契りを交わしあった兄弟分としての兄貴分を思いやる身内の者ならではの兄弟愛のようであった。
「これが叶ったら死んでもいいなんて思っちゃいねえだろうな?」
命をかけて戦おうとしているやつがいる。その者に世話になり救われたやつがいる。そして、その身を心から案じている。だらこその問い詰めるような声にもエイトはしっかりと答えていた。
「死なねえよ。まだやらなきゃならねえ事があるんだよ」
俺にはエイトの語る言葉の意味がよくわかった。
エイトにとって、このフォーと言う若者はまさに〝後継者〟――自らの生きた道を託せる存在なのだろう。
人は思いを抱く。そして、その思いを次なる人に託して去っていく。その〝託せる人物〟が一人前になるまでは、たとえどんなに苦難に塗れようとも死ねないのだ。
そして、それこそが〝人〟なのだから。その時、カツが言う。
「俺にも、その思い、背負わせてください」
真面目な落ち着いた声だった。一心にエイトの方を見つめている。
「榊原の奴に踏みにじられた奴らの無念を晴らすためにも」
「あぁ――」
エイトはカツの方へと歩みよると右手を差し出す。その右手にカツも自らの右手を差し出し返す。
「――よろしく頼むぜ」
エイトとカツが握手を交わす傍らで、俺もフォーのやつが差し出す右手に自らの右手を差し出していた。
「それじゃ交渉成立と言う事で」
「あぁ」
こうして俺たち緋色会とサイレントデルタの〝話し合い〟は結論を得た。
だが、さらなる地獄が待っていることを、俺達はまだ知らなかったのである。
俺は沈黙でうなずく。
カツも冷静にエイトの顔を見ている。
フォーはなにも言わぬままにエイトの言葉を待っていた。
「今から15年前だ。ある広域暴力団の総長が長寿の祝にと、直接の子分たちのはからいで旅行に出ることになった。行き先は下呂温泉とその総長がかねてから行きたがっていた〝明治村〟だった」
エイトが数歩、歩くと周囲を見回しながら続ける。
「とはいえ、総長クラスの人間が動くとなれば簡単には行かねぇ、つながりのある関西系のヤクザ組織に協力を願い出ると、地元の中京系の暴力団組織にも仁義を入れて、関東ヤクザが足を踏み入れる事を黙認してもらった。そしてもうひとつ――」
エイトは足元を踏みしめて続ける。
「――当時、関東の大都市圏に縄張りを手に入れようとしていた台湾ヤクザ崩れが総長の命を狙っている事がわかった。そのため、名古屋旅行は極秘裏のうちに済ませる必要が出てきた。だが自分たちのオヤジの大切な長寿の祝だ。曲げるわけには行かねぇ。子分連中の総力をあげての隠蔽工作が始まった。水入らずの極秘裏の名古屋旅行を成功させるためにな」
そしてエイトは天を仰いだ。
「それが15年前の運命の日。この明治村に来た時にとんでもない事が起きた――」
「とんでもない事?」
俺は思わず問いかける。だがエイトは振り向かなかった。
「――旅行の日程がバレてたんだ。敵対連中にな」
それが何を意味するのか。俺もカツも蒼白にならざるを得ない。
「襲撃場所はここ。品川灯台の前だ。退路を絶たれてとりかこまれてあっという間だ。総長の護衛を兼ねて同行していた直属子分は11人――、そのうち8人が死亡し、総長は重体ながら生き残った。残る二人は重症ながら無事にすんだ。だがその生き残りの片割れが――」
そして俺は脳裏に最悪の答えを導き出していた。
「――榊原礼二ですか?」
震えながらの俺の声にエイトは頷いた。
「そのとおり」
そしてフォーも問いかけてくる。
「まさか、極秘情報をリークしたのって?」
「あぁ、お察しのとおりだ。例のごとく物証は無いがな。そして――」
もう一つ考えられる結末があった。俺はエイトに問いただす。
「残る一人の生き残りって――まさか?」
それがそう告げればエイトの頭部のガトリングの砲身がかすかに回転する。
「言うな。もうとっくに捨てた過去なんだよ」
だがそれでも、エイトには強い思いがあったのだろう。振り向きながら俺たちにこう言ったのだ。
「それでも俺はケジメを付けなきゃならねえ。15年前のあのケジメを――」
それまでジャケットのポケットに突っ込んでいた右手を出すと手のひらを上に向けて広げて俺たちの方へと向ける。
「おやじを護りきれなかった。兄弟たちが死んじまった。裏切り者が心の中でベロを出して生きているのを、俺は歩くこともままならねぇ体で黙ってみているしかなかった。だが――」
エイトは傍らのフォーへと視線を向ける。
「――身動きならない体でなんとか使いこなしていたネット空間で知り合えた縁がきっかけだった。悪魔がほほえんだのか、神様が見逃したのかは知らねぇ。だが俺はネット上にも闇社会があることを知り、そしてコイツらのような連中が居るサイレントデルタへと接触した。そして数年越しで俺は組織の幹部の地位へと上り詰めた。すべてはそう――」
そして俺はエイトと言う漢の思いを知る。
「――全ては15年前のケジメのためですね?」
俺の言葉にうなずくとエイトは右手の握りしめながら言った。
「そうだ」
エイトの傍らのフォーが言う。
「おっさんがサイレントデルタでやってきたのはすべてそのためか?」
それは仲間を身を案じると言うより、俺とカツのように、互いに契りを交わしあった兄弟分としての兄貴分を思いやる身内の者ならではの兄弟愛のようであった。
「これが叶ったら死んでもいいなんて思っちゃいねえだろうな?」
命をかけて戦おうとしているやつがいる。その者に世話になり救われたやつがいる。そして、その身を心から案じている。だらこその問い詰めるような声にもエイトはしっかりと答えていた。
「死なねえよ。まだやらなきゃならねえ事があるんだよ」
俺にはエイトの語る言葉の意味がよくわかった。
エイトにとって、このフォーと言う若者はまさに〝後継者〟――自らの生きた道を託せる存在なのだろう。
人は思いを抱く。そして、その思いを次なる人に託して去っていく。その〝託せる人物〟が一人前になるまでは、たとえどんなに苦難に塗れようとも死ねないのだ。
そして、それこそが〝人〟なのだから。その時、カツが言う。
「俺にも、その思い、背負わせてください」
真面目な落ち着いた声だった。一心にエイトの方を見つめている。
「榊原の奴に踏みにじられた奴らの無念を晴らすためにも」
「あぁ――」
エイトはカツの方へと歩みよると右手を差し出す。その右手にカツも自らの右手を差し出し返す。
「――よろしく頼むぜ」
エイトとカツが握手を交わす傍らで、俺もフォーのやつが差し出す右手に自らの右手を差し出していた。
「それじゃ交渉成立と言う事で」
「あぁ」
こうして俺たち緋色会とサイレントデルタの〝話し合い〟は結論を得た。
だが、さらなる地獄が待っていることを、俺達はまだ知らなかったのである。
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