その婚約破棄、校則違反です!〜貴族学園の風紀委員長は見過ごさない〜

水都 ミナト

文字の大きさ
1 / 3

1. 婚約破棄は校則違反です!

しおりを挟む
「アレクシア! 今この時をもって、お前との婚約を破棄――」


 ピーーーーーーッ!


 賑わう大衆の面前で突如始まろうとした婚約破棄劇場は、虚しくも高らかな笛の音によってかき消されてしまった。

 場所は華の貴族学園の美しき中庭。
 声の主は、ロイ・ヴィールド――この国の第一王子である。彼の前には毅然とした姿勢で佇む婚約者アレクシア・カーロ公爵令嬢の姿がある。


「な、なんだ……? ふん、仕切り直して――アレクシア! 俺はお前との婚約を」


 ピピーーーーーーッ!!


 再び高らかな笛の音が響き渡る。
 周囲はザワザワと音の発生源を探すように辺りを見回している。

 二度も決め台詞を妨げられ、苛立った様子のロイが三度みたび声を荒げた。


「アレクシア! 俺は! お前との婚約を破」


 ピッピッピッピッピッピーーーッ!!!


「だああ! なんなんだ! 誰だ!」


 三度目の正直に至らず、怒りに任せて眩いブロンドヘアを掻きむしったロイが叫ぶと同時に、人混みが二つに割れた。

 その中をコツコツと軽やかな靴音を鳴らしながら、笛を片手に持った一人の女子生徒が進み出た。


「エリクシーラ様よ!」
「今日もお美しいわ……!」
「彼女がなぜここに?」


 情景の眼差しを一身に受け、バサリと漆黒の艶やかなストレートヘアを靡かせながら現れたのは、エリクシーラ・リリエント侯爵令嬢。その腕に燦然と輝くのは『風紀委員長』と書かれた腕章である。

 コツ、と小気味良い音を鳴らしてロイの前で立ち止まったエリクシーラは、美しいお辞儀を披露した。


「ご機嫌麗しゅう、殿下。わたくし、当学園の風紀委員長を務めておりますエリクシーラ・リリエントですわ。僭越ながら申し上げますが、殿下が今なさろうとしていることは、学園規則第二十三条二項『学園内において不当な婚約破棄を堅く禁ずる』に違反しておりますわ。この国の王子殿下であり、生徒の模範となるべきあなたが、校則すら守ることができないのでしょうか?」


 エリクシーラの言葉に、ロイは途端に目を泳がせ始める。


「は……? 校則? そんなもの知らんぞ」

「愚か者!」

「ぶっ!」


 そう言ってエリクシーラがロイの顔面に叩きつけたのは、辞書ほどの分厚さもあろうかという一冊の本。その表紙には『王立サンタマリア学園規則』と達者な字で記されている。


「相手が誰であろうと学園規則の前では皆平等。校則違反は等しく処分を下しますわ! 殿下がしでかそうとしたことは、これだけの生徒が目にしているのです。言い逃れはできませんわよ。ですが、あなたの愚行につきましては幸い未遂で済ませることができましたので、一週間の謹慎で勘弁して差し上げましょう。その間に改めてアレクシア嬢とのご関係をじっくり考え直しなさい」

「ぐう……」


 婚約破棄の証人として大勢の生徒の前を選んで事に及んだことが裏目に出た。
 ロイは奥歯を噛み締めながらエリクシーラに反論できずにいる。
 チラチラと焦りの滲む眼差しで、婚約者のアレクシアに視線を投げている。概ね、が水に流れたことに動転しているのだろうが、そもそもロイは手段を誤ったのだ。


「ああ、謹慎明けに『校則に関するテスト』を実施いたしますので、謹慎期間中に先ほどお渡しした本にしっかり目を通してくださいね」

「…………え、この分厚い本に関するテスト、か?」


 テストと聞いて、ロイは慌てて両手で抱える『王立サンタマリア学園規則』に視線を落とした。その顔は真っ青を通り越して真っ白になっている。


「ええ。この学園に通う以上、校則を知らないなんて言語道断ですわ!」


 周囲の生徒たちが一斉にエリクシーラから視線を逸らした。
 実のところ、学園規則は細かすぎて、メジャーな内容しかたいていの生徒は理解していないのだ。
 王国最高峰の教育機関に通う生徒の体たらくに、エリクシーラは気づいていない。彼女は、全生徒が校則全文を暗唱できると思っている。


「殿下には婚約破棄に関する禁止事項が記された第二十三条、そして婚約者の扱いについて述べられた第二十五条から目を通されることをお勧めいたしますわ」

「…………そう、だな」


 エリクシーラに食ってかかるわけでもなく、ロイは肩を落としながらも素直に罰則を受け入れた。
 エリクシーラが、何か言おうとロイに歩み寄り――ピタリと足を止めた。そして両手を耳に当てて、耳を澄ませる。


「――ハッ! 向こうから校則違反の気配を感じますわ! 副委員長、この場は任せましたわ!」

「はい、委員長。いってらっしゃいませ」


 いつの間にかエリクシーラの背後に現れた藍色の髪に丸眼鏡の男子生徒が、眼鏡をクイッ上げて微笑んだ。その腕には『風紀副委員長』の腕章が陽光を反射して輝いている。


「いってまいりますわ!」


 エリクシーラは艶やかな黒髪を翻して、学園の平和を守るべく颯爽と現場へと向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

要望通り、悪女を逆ハーレムルートにしました

ラブリス
恋愛
 目を覚ますと、乙女ゲームのヒロインフィーナになっていた。でも、ヒロインの立場は悪女エレノアに奪われてしまった。  そっちが望むなら、逆ハーレムルートにしてあげる。こうなった責任を取って貰いましょう。

それは立派な『不正行為』だ!

恋愛
宮廷治癒師を目指すオリビア・ガーディナー。宮廷騎士団を目指す幼馴染ノエル・スコフィールドと試験前に少々ナーバスな気分になっていたところに、男たちに囲まれたエミリー・ハイドがやってくる。多人数をあっという間に治す治癒能力を持っている彼女を男たちは褒めたたえるが、オリビアは複雑な気分で……。 ※小説家になろう、pixiv、カクヨムにも同じものを投稿しています。

悪役令嬢(濡れ衣)は怒ったお兄ちゃんが一番怖い

下菊みこと
恋愛
お兄ちゃん大暴走。 小説家になろう様でも投稿しています。

王太子を寝取って成り上がるヒロインなんてなれるわけがない

みやび
恋愛
玉の輿を寝取ってハッピーエンドに持ち込むのは大変すぎるだろっていう話 婚約破棄ってしちゃダメって習わなかったんですか? https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/123874683 ドアマットヒロインって貴族令嬢としては無能だよね https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/988874791 婚約破棄する王太子になる前にどうにかしろよ https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/452874985 と何となく世界観が一緒です。

婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?

無色
恋愛
 子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。  身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

悪役令嬢ズが転生者だったとある世界

よもぎ
恋愛
よくある貴族学園を舞台にした乙女ゲームで「婚約破棄される悪役令嬢たち全員が転生者だったら?」を形にしました。学園での話は割とすぐに終わります。その後のお話が主体です。 ざまぁはここにないのでないですね。

処理中です...