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3. 人のことを言えません
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「あら、副委員長。お疲れ様ですわ。殿下の件はつつがなく終わりまして?」
「ええ、もちろんです。彼の真っ赤な顔をお見せしたかったです」
「ふふふ。謹慎期間に心を入れ替えていただきたいものですわ」
ミハイルが風紀委員室に戻ると、そこにはすでにエリクシーラの姿があった。彼女は猛然とペンを動かして書類の山を片付けている。
この学園の校則は随分と細かい。
それは、今後国を担う優秀な人材を世に送り出すため、そしてそんな人材が思春期の気の迷いで自らの将来に傷を付けることがないようにするためでもある。
だからこそ、エリクシーラはこの仕事に誇りを持っているし、少しの校則違反も見逃さない。そのお陰でエリクシーラが風紀委員長に着任してから、大きな事件はすべて未然に防がれている。
「ロイ殿下はアレクシア様のことが大好きなのでしょう。彼の目を見れば一目瞭然でしたわ。気高く聡明な彼女の気持ちを確かめるために、わざわざ協力者を仕込んで婚約破棄を演じようとするなんて……なんとか阻止できましたが、最悪の場合、すれ違ったまま本当に婚約破棄――そしてロイ殿下は国王陛下のお怒りを買って廃嫡、となってもおかしくありませんでしたわ」
「恋は盲目と言いますが、殿下の猪突猛進っぷりにも困ったものですね」
先ほどの一幕だけを見れば、とんだ愚か者に見えるロイであるが、本来、人望に厚く、外国語や他国の文化にも造詣が深い。成績も優秀で、王子として相応しい人物なのだ。
そんなロイを血迷わせるほど二人の中は拗れていたのだろう。何せお互い言葉が足りず見栄っ張り。想い合っているのに素直になれない性格をしているのだ。
まあ、きっと今頃はお互いに気持ちを確かめ合って収まるところに収まっているのだろうが。
ミハイルはやれやれ、と小さく肩をすくめた。
恋は拗らせると途端に厄介なことになる。
だから、愛する人には真っ直ぐに愛を伝えるべきなのだ――自分のように。
そんなことを考えていると、目にも止まらぬ速さで動いていたエリクシーラのペンが止まった。
「本当に……どうして簡単に婚約破棄などできるのでしょうか。不当な婚約破棄を禁ずる条項が事細かに記されているということは、過去に同類の事件が起こったということですわ。家のための婚約であれ、お相手がいることです。よき夫婦となるために、互いに歩み寄る心持ちが大切ですのに……」
「……そうだよねえ。本当、理解できないよ」
ミハイルは、丸眼鏡を外して長めの前髪を掻き上げた。隠されていたアメジストの瞳が煌めき、先ほどまでと打って変わって砕けた口調になる。
肩を落とすエリクシーラに歩み寄り、美しい黒髪を一房掬い上げる。
「まあ、僕に関しては……子供の頃に一目惚れして、必死のアプローチが実ってようやく掴んだ婚約者の座だからね。ちょっとやそっとじゃ退いてやるつもりはないよ」
エリクシーラの漆黒の髪を指で遊ばせ、悪戯な笑みを浮かべながら艶やかな毛先にそっと唇を落とした。
「~~っ! ちょっ、ちょっと! 学園で過度なスキンシップはよしなさいと再三言っておりますでしょう!? 学園規則第二条『学園内での男女の過度な接触は禁ずる』に違反しますわ!」
エリクシーラは、ブンッとミハイルを振り返り、鋭く睨みつける。その頬は熟れたリンゴのように真っ赤だ。
「今は二人きりだし大目に見てよ。それに、これぐらいで『過度』とは言わないんだよ。シーラにはもう少しお勉強してもらう必要がありそうだね……よし、今日は君の家に遊びに行くとしよう。その時、『過度なスキンシップ』が何たるかをしっかり教えてあげるから、楽しみにしていて?」
「んなあ~~~っ!?」
「ふふっ、可愛い」
みんなの憧れの的、風紀委員長であり気高きリリエント侯爵家のエリクシーラは、実は押しが強く腹黒い婚約者に翻弄される日々を送っているのである。
「じゃあ、僕はロイ殿下の一件を報告書にまとめるから、仕事が終わったら一緒に帰ろうね」
ミハイルは素早くエリクシーラの額に唇を落とすと、鼻歌を歌いながら自分の席に着いた。
このあとのことを思い、エリクシーラの頭からは湯気が立ち上っていた。
大好きな婚約者との触れ合いが嫌なわけがない。
けれど、そんなことは恥ずかしすぎて口にはできない。
(ロイ殿下のことを言えませんわね……)
ここにも素直になれないご令嬢が一人。
そんなエリクシーラが秘めた想いを当人に伝えられるのは、まだ先のことである。
――もちろん、彼女の想いもすべて知った上で今の関係をも楽しんでいるミハイルなのだが。
エリクシーラが学園の秩序を守るために奔走しつつ、ミハイルに翻弄される日々はこれからも続きそうだ。
おしまい
ーーーーー
最後まで読んでくださりありがとうございます!
ノリと勢いで書いた短編です( ˘ω˘ )
エリクシーラが可愛いね(親バカ)
しっかりものの委員長(実は押しに弱い)×地味でおとなしい副委員長(実は押しが強く腹黒い)の組み合わせいいですよね。
昨日完結した「元強面騎士団長様は可愛いものがお好き~虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる~」もよろしければ読んでください!(直球)
「ええ、もちろんです。彼の真っ赤な顔をお見せしたかったです」
「ふふふ。謹慎期間に心を入れ替えていただきたいものですわ」
ミハイルが風紀委員室に戻ると、そこにはすでにエリクシーラの姿があった。彼女は猛然とペンを動かして書類の山を片付けている。
この学園の校則は随分と細かい。
それは、今後国を担う優秀な人材を世に送り出すため、そしてそんな人材が思春期の気の迷いで自らの将来に傷を付けることがないようにするためでもある。
だからこそ、エリクシーラはこの仕事に誇りを持っているし、少しの校則違反も見逃さない。そのお陰でエリクシーラが風紀委員長に着任してから、大きな事件はすべて未然に防がれている。
「ロイ殿下はアレクシア様のことが大好きなのでしょう。彼の目を見れば一目瞭然でしたわ。気高く聡明な彼女の気持ちを確かめるために、わざわざ協力者を仕込んで婚約破棄を演じようとするなんて……なんとか阻止できましたが、最悪の場合、すれ違ったまま本当に婚約破棄――そしてロイ殿下は国王陛下のお怒りを買って廃嫡、となってもおかしくありませんでしたわ」
「恋は盲目と言いますが、殿下の猪突猛進っぷりにも困ったものですね」
先ほどの一幕だけを見れば、とんだ愚か者に見えるロイであるが、本来、人望に厚く、外国語や他国の文化にも造詣が深い。成績も優秀で、王子として相応しい人物なのだ。
そんなロイを血迷わせるほど二人の中は拗れていたのだろう。何せお互い言葉が足りず見栄っ張り。想い合っているのに素直になれない性格をしているのだ。
まあ、きっと今頃はお互いに気持ちを確かめ合って収まるところに収まっているのだろうが。
ミハイルはやれやれ、と小さく肩をすくめた。
恋は拗らせると途端に厄介なことになる。
だから、愛する人には真っ直ぐに愛を伝えるべきなのだ――自分のように。
そんなことを考えていると、目にも止まらぬ速さで動いていたエリクシーラのペンが止まった。
「本当に……どうして簡単に婚約破棄などできるのでしょうか。不当な婚約破棄を禁ずる条項が事細かに記されているということは、過去に同類の事件が起こったということですわ。家のための婚約であれ、お相手がいることです。よき夫婦となるために、互いに歩み寄る心持ちが大切ですのに……」
「……そうだよねえ。本当、理解できないよ」
ミハイルは、丸眼鏡を外して長めの前髪を掻き上げた。隠されていたアメジストの瞳が煌めき、先ほどまでと打って変わって砕けた口調になる。
肩を落とすエリクシーラに歩み寄り、美しい黒髪を一房掬い上げる。
「まあ、僕に関しては……子供の頃に一目惚れして、必死のアプローチが実ってようやく掴んだ婚約者の座だからね。ちょっとやそっとじゃ退いてやるつもりはないよ」
エリクシーラの漆黒の髪を指で遊ばせ、悪戯な笑みを浮かべながら艶やかな毛先にそっと唇を落とした。
「~~っ! ちょっ、ちょっと! 学園で過度なスキンシップはよしなさいと再三言っておりますでしょう!? 学園規則第二条『学園内での男女の過度な接触は禁ずる』に違反しますわ!」
エリクシーラは、ブンッとミハイルを振り返り、鋭く睨みつける。その頬は熟れたリンゴのように真っ赤だ。
「今は二人きりだし大目に見てよ。それに、これぐらいで『過度』とは言わないんだよ。シーラにはもう少しお勉強してもらう必要がありそうだね……よし、今日は君の家に遊びに行くとしよう。その時、『過度なスキンシップ』が何たるかをしっかり教えてあげるから、楽しみにしていて?」
「んなあ~~~っ!?」
「ふふっ、可愛い」
みんなの憧れの的、風紀委員長であり気高きリリエント侯爵家のエリクシーラは、実は押しが強く腹黒い婚約者に翻弄される日々を送っているのである。
「じゃあ、僕はロイ殿下の一件を報告書にまとめるから、仕事が終わったら一緒に帰ろうね」
ミハイルは素早くエリクシーラの額に唇を落とすと、鼻歌を歌いながら自分の席に着いた。
このあとのことを思い、エリクシーラの頭からは湯気が立ち上っていた。
大好きな婚約者との触れ合いが嫌なわけがない。
けれど、そんなことは恥ずかしすぎて口にはできない。
(ロイ殿下のことを言えませんわね……)
ここにも素直になれないご令嬢が一人。
そんなエリクシーラが秘めた想いを当人に伝えられるのは、まだ先のことである。
――もちろん、彼女の想いもすべて知った上で今の関係をも楽しんでいるミハイルなのだが。
エリクシーラが学園の秩序を守るために奔走しつつ、ミハイルに翻弄される日々はこれからも続きそうだ。
おしまい
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最後まで読んでくださりありがとうございます!
ノリと勢いで書いた短編です( ˘ω˘ )
エリクシーラが可愛いね(親バカ)
しっかりものの委員長(実は押しに弱い)×地味でおとなしい副委員長(実は押しが強く腹黒い)の組み合わせいいですよね。
昨日完結した「元強面騎士団長様は可愛いものがお好き~虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる~」もよろしければ読んでください!(直球)
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
長編にして欲しいくらい面白かったです。
副委員長最高です。
ありがとうございますー!嬉しい(;ω;)
二人の関係は作者も気に入ってます♡