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第一章 代行稼業と迷い猫
結衣と鬼丸③
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ある日突然力を失ってから、色鮮やかだった結衣の生活は一変した。
これまでは次期当主として、歴代一の力を持つ子として、それはもう持て囃されて育ったものだ。父は厳しかったが、期待や愛情を日々感じていた。
それがある日突然、左手首に封印の紋と思しき紋様が浮かび上がり、結衣の置かれる立場はあっという間に変化した。
紋を刻めるあやかしは、高位のあやかしだと知られている。
宝月家に代々伝わる家訓に、『高位のあやかしに関わるべからず。出会えば速やかに隠世にお帰りいただき、決して怒りを買うこと勿れ』というものがある。
幼き結衣は、手首に紋様を刻まれた時のことを全く覚えていなかった。恐らく、膨大な力と一緒に前後の記憶までも封印されたのだろうと推測された。
身に覚えもなく、突然力を失った結衣は不安で押し潰されそうになっていた。
親に縋り、大丈夫だと優しく頭を撫でて欲しかった。
きっと、結衣を大事に育ててくれた両親ならば、そうしてくれる。
そう信じていたのに――手首の紋を見た父は、結衣を酷く叱責した。
高位のあやかしの怒りを買ったのだと、家訓に背き、禁忌を犯したのだと、そう酷く罵られた。そして力の衰えを知るや否や、次期当主に妹の亜依を指名し、結衣と関わる時間が無駄だとばかりに遠ざけた。
そして、親の怒りを買い、将来有望と謳われた力までも失った結衣は、失意のうちに母屋の一等室から屋敷の最奥の離れへと居住を移された。仕える使用人もたったの一人。結衣を見かねて志願してくれた、彼女の乳母、時子だけだった。
一人寂しく、何年も離れで暮らしていた結衣。時子だけは変わらずに結衣を大切に扱ってくれ、読み書きや算術を教えてくれた。
そんな結衣の最後の希望は、十五歳になったら執り行われる【契約の儀】であった、
宝月家の家系に生まれた子供が、初めてあやかしを呼び寄せて使い魔契約をする儀式。
巫力の強さに応じて、より高位のあやかしを呼び寄せることができる。儀式の日、結衣は期待と不安で胸がはち切れそうになっていた。力を失った自分に、あやかしを呼び寄せる力があるのか、と。
刺すような視線を一身に受けながら、結衣は【契約の儀】に臨んだ。
召喚の魔法陣の中心に立ち、あやかしに呼びかける。主人の声に応じたあやかしが、晴れて使い魔として契約することができるようになる。
どうか、誰でもいいから、呼びかけに応えて――!
そうして、悲痛な結衣の願いに応えるかのように、姿を現したのが鬼丸だったのだ。
なぜ、高位の鬼を呼び寄せることができたのかは分からない。
結衣だけでなく、儀式に立ち会った父や重鎮たちも驚き目を見開いていた。
『お、鬼じゃ……』
『だが、子供、なのか?』
『よもや鬼を呼び寄せるとは……だが、鬼があの落ちこぼれと契約を結ぶとは思えん』
動揺に騒めく大人たち。その言葉は結衣の心に重たくのしかかった。
そうだ。どうして呼び寄せることができたかは分からないけれど、あやかしの上位に君臨する鬼が、落ちこぼれの自分と契約してくれるわけがない。
きっと、気まぐれにやってきただけ。期待してはならない。どろりとした暗い気持ちが足元から這い上がってくるように結衣を呑み込んでいく。
けれど、鬼丸は結衣と使い魔契約を結んでくれた。
『娘、名を何と言う』
幼いながらも威圧感のある鬼の子を前に、結衣は不思議と懐かしさを感じた。
『結衣……私の名前は、宝月結衣』
結衣は鬼を前にしても萎縮することなく、名乗った。
『結衣、か。俺のことは、そうだな。【鬼丸】と呼ぶがいい。今日からお前の使い魔となってやろう』
『えっ! ほ、本当に……?』
まさか、鬼と使い魔契約をすることになろうとは。
結衣だけでなく、その場の誰もが驚愕した。一族の汚点である封印の紋を刻まれた少女が鬼と契約するなんて。もしや、幼き日の希望に満ち溢れた力を取り戻すのでは、そう推測する者もいた。
だが、鬼の子と契約したものの、結衣の力が戻る兆候はなかった。
本家の人間は、結衣の扱いを見直すべきか密かに話し合いを重ねたが、結果、様子見とし、これまでの待遇が改善されることはなかった。
腫れ物のように扱われようと、これからは鬼丸がいる。
鬼丸の存在が、空っぽだった結衣の心の穴を埋めてくれたのだ。
これまでは次期当主として、歴代一の力を持つ子として、それはもう持て囃されて育ったものだ。父は厳しかったが、期待や愛情を日々感じていた。
それがある日突然、左手首に封印の紋と思しき紋様が浮かび上がり、結衣の置かれる立場はあっという間に変化した。
紋を刻めるあやかしは、高位のあやかしだと知られている。
宝月家に代々伝わる家訓に、『高位のあやかしに関わるべからず。出会えば速やかに隠世にお帰りいただき、決して怒りを買うこと勿れ』というものがある。
幼き結衣は、手首に紋様を刻まれた時のことを全く覚えていなかった。恐らく、膨大な力と一緒に前後の記憶までも封印されたのだろうと推測された。
身に覚えもなく、突然力を失った結衣は不安で押し潰されそうになっていた。
親に縋り、大丈夫だと優しく頭を撫でて欲しかった。
きっと、結衣を大事に育ててくれた両親ならば、そうしてくれる。
そう信じていたのに――手首の紋を見た父は、結衣を酷く叱責した。
高位のあやかしの怒りを買ったのだと、家訓に背き、禁忌を犯したのだと、そう酷く罵られた。そして力の衰えを知るや否や、次期当主に妹の亜依を指名し、結衣と関わる時間が無駄だとばかりに遠ざけた。
そして、親の怒りを買い、将来有望と謳われた力までも失った結衣は、失意のうちに母屋の一等室から屋敷の最奥の離れへと居住を移された。仕える使用人もたったの一人。結衣を見かねて志願してくれた、彼女の乳母、時子だけだった。
一人寂しく、何年も離れで暮らしていた結衣。時子だけは変わらずに結衣を大切に扱ってくれ、読み書きや算術を教えてくれた。
そんな結衣の最後の希望は、十五歳になったら執り行われる【契約の儀】であった、
宝月家の家系に生まれた子供が、初めてあやかしを呼び寄せて使い魔契約をする儀式。
巫力の強さに応じて、より高位のあやかしを呼び寄せることができる。儀式の日、結衣は期待と不安で胸がはち切れそうになっていた。力を失った自分に、あやかしを呼び寄せる力があるのか、と。
刺すような視線を一身に受けながら、結衣は【契約の儀】に臨んだ。
召喚の魔法陣の中心に立ち、あやかしに呼びかける。主人の声に応じたあやかしが、晴れて使い魔として契約することができるようになる。
どうか、誰でもいいから、呼びかけに応えて――!
そうして、悲痛な結衣の願いに応えるかのように、姿を現したのが鬼丸だったのだ。
なぜ、高位の鬼を呼び寄せることができたのかは分からない。
結衣だけでなく、儀式に立ち会った父や重鎮たちも驚き目を見開いていた。
『お、鬼じゃ……』
『だが、子供、なのか?』
『よもや鬼を呼び寄せるとは……だが、鬼があの落ちこぼれと契約を結ぶとは思えん』
動揺に騒めく大人たち。その言葉は結衣の心に重たくのしかかった。
そうだ。どうして呼び寄せることができたかは分からないけれど、あやかしの上位に君臨する鬼が、落ちこぼれの自分と契約してくれるわけがない。
きっと、気まぐれにやってきただけ。期待してはならない。どろりとした暗い気持ちが足元から這い上がってくるように結衣を呑み込んでいく。
けれど、鬼丸は結衣と使い魔契約を結んでくれた。
『娘、名を何と言う』
幼いながらも威圧感のある鬼の子を前に、結衣は不思議と懐かしさを感じた。
『結衣……私の名前は、宝月結衣』
結衣は鬼を前にしても萎縮することなく、名乗った。
『結衣、か。俺のことは、そうだな。【鬼丸】と呼ぶがいい。今日からお前の使い魔となってやろう』
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