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第二章 落ちこぼれとエリート
それぞれの想い
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別の綻びを探しに行くと飛び立った辰輝を見送ると、結衣は鬼丸と共に清子を訪ねた。
掛け軸と共に発見した品々を手渡すと、清子は驚き目を見開いた。震える手でそれらを受け取ると、まるで赤子を愛でるように優しく撫でていた。微笑みを浮かべるその瞳には、キラリと光る雫が滲んでいた。
「本当に大事にしていたものなんだね。無事に清子さんの手元に戻ってよかったよ。私にできることは限られているけど、やっぱりこの仕事が好きだなぁ」
「そうだな」
うーん、と伸びをしながら歩く帰り道を優しい月光が照らしている。天を仰げば、澄んだ冬の空に無数の星が瞬いている。すっかり夜になってしまった。
「七緒はもう向こうに帰っちゃったよね。また毛糸を返しに行かなくちゃ」
「手土産にどら焼きでも持っていけばいい。あいつは甘味が好きだからな」
「ふふ、そうだね。三人分買って行こうか」
七緒に借りた毛糸は、綺麗に糸を巻き直して結衣の鞄にしまっている。
屋敷に着いて、そっと庭を抜けて離れに帰宅すると、いつものように時子が湯を沸かして待っていた。
「今日こそ背中流してあげようか?」
「いらん!」
冗談まじりで結衣が問いかけると、わずかに耳を赤く染めた鬼丸がピシャンと扉を閉めて出ていってしまう。相変わらずつれない鬼丸である。
◇◇◇
「はあぁ、初日からよう働いたでえ」
薄暗い宝月家の母屋の廊下を、今日のノルマを終えて帰宅した辰輝が腕を回しながら歩いている。鴉天狗の黒田坊は既に隠世に戻っている。用が済めば隠世に帰る。これが使い魔の常識である。
「それにしても、やっぱりあの鬼の小僧、気になるなぁ」
「お疲れ様」
「おわぁっ!?」
一人思考に耽っていると、気配もなく背後に現れた亜衣の声に飛び上がった。
「お前なぁ! いきなり出てくんな! 心臓止まるかと思うたわ」
バクバクと嫌な音を刻む胸を握りしめながら、辰輝が吠える。
「うるさいわね……あなたが気を抜きすぎなのよ」
「阿呆、家に戻ってきたら気ぐらい抜くわい」
「……それもそうね」
珍しく亜衣が引き下がり、辰輝は、おや? と首を傾げる。どこか寂しげにも見えるが、廊下は薄暗くて亜衣の表情をうまく読み取れない。
「ああ、そういえば、今度結衣とパフェ食いに行くことになったで。ええやろ」
「……は?」
ともかく何か話題をと思って振ったのが結衣の話であったのだが、亜衣の声音は氷点下まで冷え切ってしまう。
「ま、経緯までは内緒やけど。どうせあの鬼の小僧も着いてくるんや、デートっちゅうわけちゃうから安心しい」
「何よそれ。私が嫉妬するとでも思ったの?」
「しやんのかいな」
「しないわよ。馬鹿らしい。明日も朝から飛ぶんでしょう? 早く寝たら」
「あ、おい! おやすみ!」
終始不機嫌そうに会話をしてから、亜衣は自室に向かって廊下を進んでいった。その背中に就寝の挨拶をするも、何も言葉は返ってこなかった。
「あーあ、話題選びしくじったなあ。ほんま、どないせえっちゅうねん」
ため息と共に吐き出した弱音は、夜風に攫われていく。
本音をぶつけ合いたい相手はただ一人なのだが、辰輝もまた長年拗らせた想いを持て余しているのだった。
◇◇◇
辰輝の元を立ち去った亜衣は、自室に入ると背中からベッドへと倒れ込んだ。
辰輝の先ほどの言葉と笑顔を思い返す。
結衣と出かけることをとても嬉しそうに語った辰輝。その顔にも声にも「どうだ、羨ましいだろう」という心のうちが滲んでいた。
「やっぱり、辰輝くんは……あの人が許嫁だったらよかったと思っているのね」
顔を覆うように両手を交差すると、誰にも聞こえない声音で呟いた。
亜衣は気づいていた。幼い頃、姉の結衣に意地悪ばかりしていた辰輝であったが、それが好きな子にする類のものであると。金魚の糞のように大好きな姉に着いて回っていた亜衣が、辰輝の気持ちに気がつかないわけがない。
辰輝の初恋は間違いなく結衣だ。本人に自覚があるかは定かではないが。
それなのに、結衣が力を失ったために、辰輝の結ばれるはずだった初恋は儚く散ることとなった。
まだ幼い辰輝が許嫁の変更を聞かされた時はどう思ったのだろうか。絶望しただろうか。落ち込んだのだろうか。
亜衣にはどうしても聞くことができなかった。
先ほどの話を聞く限り、きっと辰輝はまだ結衣を想っている。
昔は良き兄といった風に亜衣を可愛がってくれていたが、許嫁となってからは言い合いをすることが増えた。ほんの些細なことが気に入らなくて、お互いに見栄を張り合うように口喧嘩をした。細かく苦言を呈してはこないが、内心亜衣のことをどう思っているのやら。
「だから嫌だったのよ。合同任務だなんて」
辰輝と結衣と同じ空間にいれば、嫌でも二人の姿が目に入る。本来結ばれるはずだった二人の仲を割ってしまった自分という存在が浮かび上がる。
どうしてこうも自分は人の幸せを奪う運命にあるのか。どうしても自身の存在を呪わずにはいられなかった。
「はあ……私も早く寝よう」
こうして一人悶々と考えていても良い方向には向かない。
冬の夜は冷える。亜衣は勢いよく立ち上がると寝巻きに着替えて布団の海へと潜り込んでいった。
掛け軸と共に発見した品々を手渡すと、清子は驚き目を見開いた。震える手でそれらを受け取ると、まるで赤子を愛でるように優しく撫でていた。微笑みを浮かべるその瞳には、キラリと光る雫が滲んでいた。
「本当に大事にしていたものなんだね。無事に清子さんの手元に戻ってよかったよ。私にできることは限られているけど、やっぱりこの仕事が好きだなぁ」
「そうだな」
うーん、と伸びをしながら歩く帰り道を優しい月光が照らしている。天を仰げば、澄んだ冬の空に無数の星が瞬いている。すっかり夜になってしまった。
「七緒はもう向こうに帰っちゃったよね。また毛糸を返しに行かなくちゃ」
「手土産にどら焼きでも持っていけばいい。あいつは甘味が好きだからな」
「ふふ、そうだね。三人分買って行こうか」
七緒に借りた毛糸は、綺麗に糸を巻き直して結衣の鞄にしまっている。
屋敷に着いて、そっと庭を抜けて離れに帰宅すると、いつものように時子が湯を沸かして待っていた。
「今日こそ背中流してあげようか?」
「いらん!」
冗談まじりで結衣が問いかけると、わずかに耳を赤く染めた鬼丸がピシャンと扉を閉めて出ていってしまう。相変わらずつれない鬼丸である。
◇◇◇
「はあぁ、初日からよう働いたでえ」
薄暗い宝月家の母屋の廊下を、今日のノルマを終えて帰宅した辰輝が腕を回しながら歩いている。鴉天狗の黒田坊は既に隠世に戻っている。用が済めば隠世に帰る。これが使い魔の常識である。
「それにしても、やっぱりあの鬼の小僧、気になるなぁ」
「お疲れ様」
「おわぁっ!?」
一人思考に耽っていると、気配もなく背後に現れた亜衣の声に飛び上がった。
「お前なぁ! いきなり出てくんな! 心臓止まるかと思うたわ」
バクバクと嫌な音を刻む胸を握りしめながら、辰輝が吠える。
「うるさいわね……あなたが気を抜きすぎなのよ」
「阿呆、家に戻ってきたら気ぐらい抜くわい」
「……それもそうね」
珍しく亜衣が引き下がり、辰輝は、おや? と首を傾げる。どこか寂しげにも見えるが、廊下は薄暗くて亜衣の表情をうまく読み取れない。
「ああ、そういえば、今度結衣とパフェ食いに行くことになったで。ええやろ」
「……は?」
ともかく何か話題をと思って振ったのが結衣の話であったのだが、亜衣の声音は氷点下まで冷え切ってしまう。
「ま、経緯までは内緒やけど。どうせあの鬼の小僧も着いてくるんや、デートっちゅうわけちゃうから安心しい」
「何よそれ。私が嫉妬するとでも思ったの?」
「しやんのかいな」
「しないわよ。馬鹿らしい。明日も朝から飛ぶんでしょう? 早く寝たら」
「あ、おい! おやすみ!」
終始不機嫌そうに会話をしてから、亜衣は自室に向かって廊下を進んでいった。その背中に就寝の挨拶をするも、何も言葉は返ってこなかった。
「あーあ、話題選びしくじったなあ。ほんま、どないせえっちゅうねん」
ため息と共に吐き出した弱音は、夜風に攫われていく。
本音をぶつけ合いたい相手はただ一人なのだが、辰輝もまた長年拗らせた想いを持て余しているのだった。
◇◇◇
辰輝の元を立ち去った亜衣は、自室に入ると背中からベッドへと倒れ込んだ。
辰輝の先ほどの言葉と笑顔を思い返す。
結衣と出かけることをとても嬉しそうに語った辰輝。その顔にも声にも「どうだ、羨ましいだろう」という心のうちが滲んでいた。
「やっぱり、辰輝くんは……あの人が許嫁だったらよかったと思っているのね」
顔を覆うように両手を交差すると、誰にも聞こえない声音で呟いた。
亜衣は気づいていた。幼い頃、姉の結衣に意地悪ばかりしていた辰輝であったが、それが好きな子にする類のものであると。金魚の糞のように大好きな姉に着いて回っていた亜衣が、辰輝の気持ちに気がつかないわけがない。
辰輝の初恋は間違いなく結衣だ。本人に自覚があるかは定かではないが。
それなのに、結衣が力を失ったために、辰輝の結ばれるはずだった初恋は儚く散ることとなった。
まだ幼い辰輝が許嫁の変更を聞かされた時はどう思ったのだろうか。絶望しただろうか。落ち込んだのだろうか。
亜衣にはどうしても聞くことができなかった。
先ほどの話を聞く限り、きっと辰輝はまだ結衣を想っている。
昔は良き兄といった風に亜衣を可愛がってくれていたが、許嫁となってからは言い合いをすることが増えた。ほんの些細なことが気に入らなくて、お互いに見栄を張り合うように口喧嘩をした。細かく苦言を呈してはこないが、内心亜衣のことをどう思っているのやら。
「だから嫌だったのよ。合同任務だなんて」
辰輝と結衣と同じ空間にいれば、嫌でも二人の姿が目に入る。本来結ばれるはずだった二人の仲を割ってしまった自分という存在が浮かび上がる。
どうしてこうも自分は人の幸せを奪う運命にあるのか。どうしても自身の存在を呪わずにはいられなかった。
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