政略のために捧げられた聖女ですが、ウブな魔王に溺愛されているようです

水都 ミナト

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「君に呼ばれたら飛んでくるのは当然のことだ」

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 そして太陽が月に主役を譲り、辺りはすっかり暗くなった。
 雲一つない星空は、眩い月に圧倒されて控えめに淡い瞬きを放っている。


「リ、リリ、リリリリリリリ……ごほん。君、こんな時間にど、どうかしたのか?」

「ロディ様。夜分にお呼び立てして申し訳ございません。来ていただいてありがとうございます」

「君に呼ばれたら飛んでくるのは当然のことだ。気にするな」


 夕食後、メアリを通じてロディ様を自室に呼び出した私は、早速ベランダに視線を向けた。


「今日は月が綺麗ですよ。ベランダに出ませんか?」

「ベランダに?」


 所在なさげにソワソワしているロディ様は、突然の誘いに首を傾げている。


「はい。美しい夜空を、ロディ様と一緒に見たいのです」

「よし、ベランダに出よう。すぐに出よう。夜は冷えるからな、こ、これを羽織っていなさい」

「あ、ありがとうございます……」


 即答してくれたロディ様は、バサリと外套を外して私の肩にかけてくれた。
 ほんのり温かくて、ロディ様の温もりだろうかと考えると自然と頬が緩んでしまう。

 そのままロディ様にエスコート(手は触れてくれない)されて、並んでベランダに出た。あっさりロディ様をベランダへ連れ出すことに成功してしまった。
 ベランダには丸テーブルが用意されていて、その上には昼間にメアリが見せてくれたトレーが置かれている。トレーにはなみなみと水が注がれており、まんまるな月が水面で揺蕩っている。


「ロディ様、見てください。今宵は満月ですよ」

「ああ……美しいな……ん? こ、これは!? 何故こんなところに!?」


 さりげなくトレーの側にロディ様を誘導し、二人して水面に映り込むような位置につけた。
 優しい表情で夜空を仰いでいたロディ様だけれど、ふと視線を下げてトレーを視界に捉えたらしい。ギョッと小さく飛び上がり、慌ててトレーに手を伸ばした様子から、これが何なのかご存じのようだ。しかし、ロディ様がトレーに触れるより早く、ゆらゆら揺れていた水面の月がぐにゃんと円を描くように歪んだ。


「ああっ!」


 ロディ様の悲痛な叫び声が響くと同時に、水面にパッと映像が映し出された。
 場所はどうやら森の中だろうか。天から俯瞰するような視点で映像が流れ、やがて一人の女性を映し出した。


(え? これって……)


「私?」


 そこにいたのは、簡素な服装をしたかつての自分だった。
 足首を隠すほど長いワンピースが汚れることを厭わずに、川辺で山積みのタオルをゴシゴシ洗濯していた。元は白かったはずのワンピースは、すっかり土色に褪せていた。
 聖女とは名ばかりで、兵士の怪我を癒しの力で治療するだけではなく、炊事や洗濯、さらには薪割りも私たちの仕事だった。生家にも帰れず、戦地を転々として基本は野営をする生活。そんな生活に身を置いていた頃の私がそこには映っていたのだ。


「あ、あ、あああ……」


 隣のロディ様は、両手で顔を覆いながらも指の間からチラチラと水面の映像を盗み見ている。
 とりあえず映像はまだ続いているようなので、引き続き水面に視線を落とす。


「あれ?」


 大量のタオルを洗い終えた私が、額の汗を拭って立ち上がったところに、腕を負傷した一人の魔族が現れた。
 彼のことはよく覚えている。確か、そう。二年ほど前のことだ。彼の怪我を治療して、初めて癒しの力が魔族にも効果があることを知ったのだ。

 映像の中の私が何か魔族の男に声をかけている。初めは警戒していた彼も、恐る恐るといった調子で腕を差し出した。そして白い光が弾け、次の瞬間には魔族の男の怪我は見る影もなく治っていた。

 なるほど、どうやらこれは過去の記憶を映し出しているのか。けれど、どうしてあの時の記憶が映し出されているのだろう。

 うーん、と首を傾げていると、ロディ様が「もういいだろう」と消え入りそうな声でトレーを持ち上げた。そしてベランダからザーッと水を流してしまったので、続きを見ることが叶わなくなってしまった。


「あっ……もう少し見たかったのに……」


 しゅん、と肩を落とすと、ロディ様は「ぐふぅ」と数歩後退りした。そして胸を押さえながら、懺悔するように口を開いた。


「うう、すまない。俺が耐えられなかった。あの時は、うっかり不注意で怪我をしてしまったのだ。そんな情けない姿を見られたくなくてだな……」


 ……うん?
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