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第三話 仲良し家族
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どこから嗅ぎ付けてくるのか、フィーナは私とクロヴィス様が二人でいるところには大抵居合わせる。といっても、物陰から隠れてこちらの様子をギラギラした目で窺っているのだ。
領地の街に出向いたなんて――
「アネット、足元が不安定だ、手を」
「は、はい」
馬車から降りる際にエスコートしてくれるのはいつものことだったのだけど、その日は馬車を降りてからも繋いだ手を離してくれなかった。どうしたのかしら、と様子を窺っていると、クロヴィス様はこちらを見ずにスルリと私の指に自身の指を絡めてきた。
「えっ、あ、あの……?」
「……この街を案内するのは初めてだろう。活気ある街だ。その、はぐれないように……」
そう言って気まずそうに視線を外すクロヴィス様の耳が赤い。つられて私も真っ赤になる。
もう夫婦だというのに、どうしても初々しさが抜けなくて、屋敷の使用人たちからはとてもあたたかな目で見られてしまう。
「◯月×日、お父様とお母様、夫婦になって初めての恋人繋ぎ……っと」
ホワホワとした幸福感に浸っていると、背後から小さいながらも真剣な声がしたので慌てて振り向いた。
フィーナがどこから取り出したのか、ものすごい速さで手元のメモにペンを走らせている。四歳児ってこんなにスラスラと文字を書けるものなの!? 凄いわね!? 文字を読むのは教え始めていると聞いていたけれど、もう書けるなんて知らないんだけど!?
フィーナは手元のメモを満足げに見ると、いそいそとドレスのポケットにメモとペンを収納していた。最近特注で作ったドレスだったけど、まさかポケットをつけていたなんて……
フィーナのお世話を任せているクロエはもう見慣れた光景だと言わんばかりに動じずに隣に控えているので感心する。
「まったく……何をしている。フィーナも、ほら」
フィーナの様子を呆れた様子で見ていたクロヴィス様だったけれど、その目はとても優しい。私と繋いだ手と反対の手をフィーナに差し出している。
「……! おとうたま!」
フィーナは目をまんまるに見開いてから、パァッと花が咲いたような笑顔でクロヴィス様の手を取った。
親子三人で並んで歩く街は、いつもよりもキラキラと輝いて見えた。
そしてお昼時、事前に予約していたレストランへ向かうと専用の個室へと案内された。アンソン家御用達のレストランなのだ。
料理も季節に合わせてシェフが腕によりをかけてくれるので、すべてお任せしている。
料理の到着を待つ間、私たちは街で見た物や人の話に花を咲かせた。
「旦那様」「おとうたま」という私たちの呼びかけに、クロヴィス様はどこか嬉しそうに笑みを深めている。そんなクロヴィス様を見て、私も自然も笑顔になってしまう。
「――旦那様と呼ばれるのも悪くはない……けれど、やはり名前で呼んで欲しいものだ」
和やかな団欒の雰囲気の中、一瞬生じた沈黙を破るようにとんでもない言葉が耳に届いた。
「なっ」
「えっ」
クロヴィス様!? と一瞬でかあっと顔が真っ赤に染まるが、声を似せていてもその声音はとても愛らしいもので――
「んんっ、フィーナ? 今のはどういうつもりだ?」
咳払いをしたクロヴィス様が、彼の声真似をしたであろうフィーナを諌めている。
フィーナは、くふふっと可愛い笑い声を漏らしてから、真っ直ぐにクロヴィス様を見つめて答えた。
「おとうたまのこころのこえをだいべんいたちました!」
「ゴッホゴッホ!」
「ずぼしでしたか?」
盛大にむせ返るクロヴィス様に追い打ちをかけるように、フィーナは不敵な笑みを浮かべている。四歳児の表情ではないわね。
「お、お前……いや、間違ってはいないが……あっ! いや、その」
フィーナに呆れるやら感心するやらでポケッとしていると、クロヴィス様が真っ赤な顔をしてこちらを向いた。せっかく熱が引いていたというのに、伝染したように私の頬も再び熱くなっていく。
「え、えっと……お、お名前でお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「~~っ、ま、まかせる」
お互い真っ赤に顔を染めながら、気恥ずかしさに目を逸らすと、フィーナが両手で顔を押さえて天井を仰いでいる様子が目に入った。
「フィー?」
目にゴミが入ったのかと心配になり呼びかけるも、
「ぐう、尊い……」
「とうと……え?」
また何やらおかしなことを言っている様子。
首を傾げる私に、話題を変えたいらしいクロヴィス様が露骨な咳払いをした。
「あー……フィーナ? もうすぐ五歳の誕生日だろう? 何か欲しいものはあるか?」
「はい! フィーは、おとうとかいもうとがほちいです!」
「げっほげっほ!」
「クロヴィス様!? 大丈夫ですか!?」
せっかく話題をかえたのに、とんでもないカウンターを食らったクロヴィス様がガタン、とテーブルに肘をついてしまった。
「あ、ああ……すまない。ごほん、フィーナ? その、なんだ。ぜ、善処はするが、他にも何か考えておきなさい」
「ぜんしょ! むふふ……わかりまちた!」
望む答えが得られたようで、フィーナは今日一番の笑顔を見せた。
ああ……やっぱりフィーナの笑顔には敵わないわ。
不器用ながらも優しい夫に、不可解な行動や大人びた言動をする愛らしい娘。
素敵な家族に恵まれた私は、本当に幸せ者なのだろう。
このあと、続々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、私たちは再び三人手を繋いで街へと繰り出した。私は長く伸びる影を見ながら、今この時の幸せを噛み締めた。
領地の街に出向いたなんて――
「アネット、足元が不安定だ、手を」
「は、はい」
馬車から降りる際にエスコートしてくれるのはいつものことだったのだけど、その日は馬車を降りてからも繋いだ手を離してくれなかった。どうしたのかしら、と様子を窺っていると、クロヴィス様はこちらを見ずにスルリと私の指に自身の指を絡めてきた。
「えっ、あ、あの……?」
「……この街を案内するのは初めてだろう。活気ある街だ。その、はぐれないように……」
そう言って気まずそうに視線を外すクロヴィス様の耳が赤い。つられて私も真っ赤になる。
もう夫婦だというのに、どうしても初々しさが抜けなくて、屋敷の使用人たちからはとてもあたたかな目で見られてしまう。
「◯月×日、お父様とお母様、夫婦になって初めての恋人繋ぎ……っと」
ホワホワとした幸福感に浸っていると、背後から小さいながらも真剣な声がしたので慌てて振り向いた。
フィーナがどこから取り出したのか、ものすごい速さで手元のメモにペンを走らせている。四歳児ってこんなにスラスラと文字を書けるものなの!? 凄いわね!? 文字を読むのは教え始めていると聞いていたけれど、もう書けるなんて知らないんだけど!?
フィーナは手元のメモを満足げに見ると、いそいそとドレスのポケットにメモとペンを収納していた。最近特注で作ったドレスだったけど、まさかポケットをつけていたなんて……
フィーナのお世話を任せているクロエはもう見慣れた光景だと言わんばかりに動じずに隣に控えているので感心する。
「まったく……何をしている。フィーナも、ほら」
フィーナの様子を呆れた様子で見ていたクロヴィス様だったけれど、その目はとても優しい。私と繋いだ手と反対の手をフィーナに差し出している。
「……! おとうたま!」
フィーナは目をまんまるに見開いてから、パァッと花が咲いたような笑顔でクロヴィス様の手を取った。
親子三人で並んで歩く街は、いつもよりもキラキラと輝いて見えた。
そしてお昼時、事前に予約していたレストランへ向かうと専用の個室へと案内された。アンソン家御用達のレストランなのだ。
料理も季節に合わせてシェフが腕によりをかけてくれるので、すべてお任せしている。
料理の到着を待つ間、私たちは街で見た物や人の話に花を咲かせた。
「旦那様」「おとうたま」という私たちの呼びかけに、クロヴィス様はどこか嬉しそうに笑みを深めている。そんなクロヴィス様を見て、私も自然も笑顔になってしまう。
「――旦那様と呼ばれるのも悪くはない……けれど、やはり名前で呼んで欲しいものだ」
和やかな団欒の雰囲気の中、一瞬生じた沈黙を破るようにとんでもない言葉が耳に届いた。
「なっ」
「えっ」
クロヴィス様!? と一瞬でかあっと顔が真っ赤に染まるが、声を似せていてもその声音はとても愛らしいもので――
「んんっ、フィーナ? 今のはどういうつもりだ?」
咳払いをしたクロヴィス様が、彼の声真似をしたであろうフィーナを諌めている。
フィーナは、くふふっと可愛い笑い声を漏らしてから、真っ直ぐにクロヴィス様を見つめて答えた。
「おとうたまのこころのこえをだいべんいたちました!」
「ゴッホゴッホ!」
「ずぼしでしたか?」
盛大にむせ返るクロヴィス様に追い打ちをかけるように、フィーナは不敵な笑みを浮かべている。四歳児の表情ではないわね。
「お、お前……いや、間違ってはいないが……あっ! いや、その」
フィーナに呆れるやら感心するやらでポケッとしていると、クロヴィス様が真っ赤な顔をしてこちらを向いた。せっかく熱が引いていたというのに、伝染したように私の頬も再び熱くなっていく。
「え、えっと……お、お名前でお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「~~っ、ま、まかせる」
お互い真っ赤に顔を染めながら、気恥ずかしさに目を逸らすと、フィーナが両手で顔を押さえて天井を仰いでいる様子が目に入った。
「フィー?」
目にゴミが入ったのかと心配になり呼びかけるも、
「ぐう、尊い……」
「とうと……え?」
また何やらおかしなことを言っている様子。
首を傾げる私に、話題を変えたいらしいクロヴィス様が露骨な咳払いをした。
「あー……フィーナ? もうすぐ五歳の誕生日だろう? 何か欲しいものはあるか?」
「はい! フィーは、おとうとかいもうとがほちいです!」
「げっほげっほ!」
「クロヴィス様!? 大丈夫ですか!?」
せっかく話題をかえたのに、とんでもないカウンターを食らったクロヴィス様がガタン、とテーブルに肘をついてしまった。
「あ、ああ……すまない。ごほん、フィーナ? その、なんだ。ぜ、善処はするが、他にも何か考えておきなさい」
「ぜんしょ! むふふ……わかりまちた!」
望む答えが得られたようで、フィーナは今日一番の笑顔を見せた。
ああ……やっぱりフィーナの笑顔には敵わないわ。
不器用ながらも優しい夫に、不可解な行動や大人びた言動をする愛らしい娘。
素敵な家族に恵まれた私は、本当に幸せ者なのだろう。
このあと、続々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、私たちは再び三人手を繋いで街へと繰り出した。私は長く伸びる影を見ながら、今この時の幸せを噛み締めた。
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