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第二章 新しい生活
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しおりを挟むルーカスがシルファを選んだ理由の一つに、退行魔法の解除があった。
シルファが定期的にルーカスの退行魔法の術式に込められた魔力を吸収する。そういう話であったはずだ。
「ああ、そうだな。君の業務が終わった頃か……就寝前にでも頼もうかな」
「承知しました」
その後も和やかに昼食の時間は進み、食後の紅茶を飲んでから、ひと足先にルーカスは執務室に戻っていった。やはり筋金入りの仕事人間のようだ。
シルファはすでに自分の仕事を片付けているため、エリオットに申し出て食器の片付けを手伝った。エリオットは助力を素直に受け取ることができるようで、シルファとしてもありがたい。
汚れを流した食器を拭いて、食器棚に片付ける。
それから執務室に戻り、ルーカスに何か手伝えることはないかと尋ねた。
「そうだな。まずは書類仕事を覚えてもらおう。エリオットに付いて学んでくれ」
「はい。エリオット様、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
というわけで、午後はエリオットの邪魔をしないように彼の仕事について回った。
おやつの時間には糖分補給のために甘いものを用意しているようで、今日はエリオットの手作りクッキーをルーカスに差し入れていた。
どうやらルーカスは甘いものに目がないらしい。
出されたクッキーは瞬く間にルーカスの口の中に消えていった。
その後、エリオットは階下に用事があると言って螺旋階段を降りていった。もちろん、シルファは執務室から出て階下に行くことはできないため、エリオットが下に降りる際は教えてもらった内容を反芻したり、書庫で魔法の入門書を読んだりして過ごした。
シルファは今日の仕事を振り返りつつノートにまとめていく。
新しい知識を吸収するのがこんなに楽しいなんて。
継母に学ぶ機会を奪われたあの日諦めたものを取り戻すように、入門書に没頭した。
そして定時を直前に控え、エリオットがようやく執務室に戻ってきた。
「お疲れ様です。って、何かありましたか?」
扉付近まで出迎えると、いつも澄まし顔のエリオットの表情に疲労の色が滲んで見えた。
「ああ……どうやらルーカス様とシルファ様の結婚の知らせが届いたようで、魔塔は今その話で持ちきりです。興味本位で地下のメンテナンス部を覗く輩も多く、少し沈静化の手伝いをしてきました」
「ええっ、サイラス大丈夫かしら」
「ああ。彼にはしばらく一つ下の階にある私の研究室を貸し与えることにしました。毎回魔導具を地下まで運ぶのも大変ですしね。彼も仕事に集中できる環境の方がいいでしょう」
シルファの事情にサイラスを巻き込んでしまったと申し訳ない気持ちに苛まれたが、どうやらエリオットがうまく取り計らってくれたようだ。さすが仕事のできる男である。
「よかった……ご配慮いただきありがとうございます」
「いえ、仕事ですから」
そうは言いつつも、眼鏡を押し上げるエリオットはどこか照れているようにも見える。
第一印象は無表情な隙のない人だと思ったのだが、存外表情豊かなのかもしれない。
「デイモンの様子はどうだった」
突然ルーカスが話に入ってきて、述べられた名前にドキリとする。
此度の婚姻の話は、執拗にシルファを囲おうと誘ってきたデイモンからすれば面白くない話に違いない。
「いえ、それが大人しいものでしたよ。騒めく職員たちを落ち着かせるように寛容に振る舞っていましたし」
「不気味だな」
「まあ、元々外面はいい男ですから」
デイモンは人目があるところではシルファに言い寄ることはしなかった。
せいぜいメンテナンス部の部屋の中か、シルファと二人きりになった時だけ、肩や手に触れたり、甘い言葉を囁いたりしてきた。
その時のことを思い出してゾクリと背筋が凍る。
「まあ、当面は色々と詮索する奴も出てくるだろう。デイモンも流石に諦めるとは思うが、極力接触しない方がいい。シルファには窮屈な思いをさせるが、ほとぼりが覚めるまでは最上階で過ごしてもらう」
「はい、ありがとうございます」
シルファとしてもその方がありがたい。ルーカスに必要以上の迷惑をかけないためにも、ここはお言葉に甘えることにする。
その後、エリオットはキッチンに入って夕食の準備を始めた。シルファも手伝おうと足を向けかけて、グイッと腕を引かれてたたらを踏んだ。
「わっ」
下にグッと引かれたため、危うくバランスを崩しそうになった。
振り返らなくてもここにはルーカスしかいないので、腕を引いたのはもちろん彼だった。
「すまない。今日はエリオットに準備は任せて、今のうちに魔力の吸収を試してみたいのだが、いいだろうか」
「はい。分かりました」
ルーカスに手を引かれたまま、デスク前のソファに連れて行かれる。二人並んで腰掛けると、ルーカスは両手でシルファの手を包み込んだ。
まだ線が細く、シルファよりも小さな手。
――本当の彼の手は、一体どんな感じなのだろう。
きっと骨張っていて、シルファの手なんてすっぽりと包み込んでしまうほど大きいはずだ。
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